心揺れる噂

名探偵コナン

噂というのは、対象によって流れる速度が違う。
ゆっくりと静かに流れる噂とあっという間に騒ぎたつ噂、江戸川コナンの噂は後者であった。

夜、一応として入れているクラスのLINEがひっきりなしに通知を鳴らしている。
何事なのかと、スマホをスライドさせれはトークの数は既に200近くになっていて、哀は何が起きたのかと目を瞠った。
今更、見るのがいやになる膨大な会話に哀はため息を吐いた。一体なんなのかと途中から見れば、江戸川コナンの話題というべきか……。

「………………へぇ…」

呟かれた声音は言葉とは裏腹にとても動揺していたが、哀はスマホを充電器に設置すると、バサリとタオルケットを被った。
その間も次々と鳴るスマホに哀は通知オフにすると、再び横になった。寝てしまおうと考えたが、逆に目が冴えてしまい、意味もなくベッドの上でゴロゴロと何度も寝返りをうったのだった。

「…………工藤…蘭、か」

LINEに書かれていた苗字と名前に驚きを隠せなかったからか、哀はボソリと呟いた。
クラスLINEでは誰かがご丁寧に写メを載せていたし、名前まであげていた。
以前、江戸川くんの事で話をしてきた人たち、その中でも1人だけに目がいったのは、彼女が彼の"幼なじみ"に似ていたからだ。
その時は、彼女の名前なんて知らなかったのだ。
まさか、

(まさか、名前まで同じだなんてね……)

ふふっと笑ったつもりだったが、胸が苦しくなったのが分かるし、眦が熱くなるのを感じた。
人差し指で拭えば、爪先に水滴が付いているのが分かった。
彼はやはりあのような女の子が好みなんだろう。
綺麗に手入れされているだろう、ストレートのロングヘア。
首もとの毛先に手を触れて、クスリと笑いが出た。
──滑稽ね
そんな事を気にしたって意味がないというのに。
ゆっくりと瞼を閉じて、哀は眠ることにした。明日は朝から晴れだと言っていた。ならば洗濯をしてから学校へ行こう。そんな事を考えて、ため息をついたのだった。





翌朝、雲ひとつない青空を眺めながら、哀は学校へと歩いている。今朝はコナンは朝練があるらしく、別々に登校している。別に一緒に登校することもないのだが、同じ時間に朝食を摂り、身支度も然程変わらない。だいたい同じ時間に家を出るのだ。
まして、人懐こい彼が朝から一緒なのに、わざわざ離れて歩いてはくれなかった。
今朝はそうじゃなくて良かった、と思いながら少しだけ右側が寂しく思えたのだった。
学校に着けば、女の子たちが少しだけ騒がしい気がするのは気のせいではないのだろう。

『江戸川くんがいきなり名前で呼んだんだって』

『えー、嘘〜』

『江戸川くんが名前で呼ぶのあの娘だけだよね』

『でも吉田さんは友達だって、コナンくん言ってたよ』

『うん、吉田さんも笑いながら友達だよ〜って言ってた』

『じゃあ、なに、あの工藤さん、江戸川くんとどういう関係なの?』

『告白したんでしょ?』

噂というのは本当に早い。昨日の今日らしいが、女生徒たちはひっきりなしにあちこちでそんな会話をしている。
『灰原さんは…』と聞こえたがそのまま聞かないで通りすぎる。
教室に入る前、隣のクラスを通りすぎた時に人だかりが出来ていたが気にしないで教室に入る。
刹那、時間が止まったように静寂があった。
哀は首を傾げて、クラスメイトに「おはよう」と声を掛けた。
すると、止まっていた彼らはカチリと秒針がずれるように「おはよう」「おはようございます」「灰原さん、おはよう」と返してくれたのに、いつものように頷いた。
哀は気づいていないが、その仕草は少しだけ口端が上がるために、クラス内では『灰原さんの微笑み』と称されていたりする。それを見れた者は1日幸せになるというよくわからない話になっているが、割愛する。
哀が自分の席へと荷物を置き、バッグから教科書などを机に入れていると、体育や実験などで同じ班になる子たちが近づいてきた。

「灰原さん、おはよう」

「おはよう、灰原さん」

「……おはよう、どうかした?」

教科書をしまい、バッグから小説を出して読もうとしているのを遮るまでした彼女たちに哀は問いかけた。

「えっと………灰原さん、夕べLINE見た?」

「あぁ、気づいた時はすごい数になっていたからびっくりして、全部は見ていなかったわ、ごめんなさい。何かあった?」

「う、ううん!見たんだね、そうだよね、もうトーク追うのも大変だったよ、ね!」

「う、うん」

「それで、どうかした?」

「そ、それでね。江戸川くんの話……本当なのかなって思って……」

「灰原さんなら、知ってるかなって思ってたんだけど……」

「灰原さん、トークに参加しなかったから」

なるほど、彼女たちは真実を知りたかったのだろう。しかし、哀は何も聞かされていないのだ。

「そうだったの、ごめんなさい。気づいたのは寝る前ですごく眠かったからそのまま目を通しただけだったのよ」

目の前の二人だけではなく、クラスの女子たちは哀の言葉を聞き逃さないように聞き耳を立てている。

「だから、江戸川くんが誰かと付き合っているとかは聞いてないわ」

そう伝えた途端、ワッと女生徒たちが哀の席の周りに寄ってきた。

「灰原さん、聞いてないの?」

「じゃあ、デマなのかな?」

「でもあの子の友達は、名前で呼ばれたからOKしたはずだとな言ってたよ」

「でも灰原さんが聞いてないって」

「江戸川くんだって話さない事あるよ、ね」

「──彼はいつも秘密主義だから、私は知らないことばかりよ」

肩を竦めて笑う哀に「じゃあもしかするかも」「えー、コナンくん彼女出来たのぉ〜」と騒ぐか嘆くかのクラスメイトに哀は小さくため息を吐いた。

噂は、江戸川コナンは女の子に告白されOKしたというものから、名前を呼んでその場で抱きしめたとか、キスをしたとか、一緒に帰っていったとか、多種多様だ。
普段の哀ならば、気にしないだろう。
しかし、相手が相手だった。
彼の"幼なじみ"に良く似た、同じ名前を持つ少女
それだけで、哀の心は揺れ動いていた。

───私には、関係ないわ

彼に直接聞いてもいなければ、話されてもいない。
所詮、そんなものなのかもしれない。わざわざ哀に報告する義務はないのだから。

それでも噂に揺れ動く、この気持ちは何なのかしら……。
哀は担任がやってくるまで騒がしい教室内でただただ持ってきた小説を眺めていた。



To be Continued…?

2017/07/09


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