例えば君に恋人が出来たら

名探偵コナン

江戸川コナンは辟易していた。
あの"幼なじみ"に似た、"幼なじみ"と同じ名前の女子から告白されてから一夜、学校に来てみればとんでもない噂が飛び交っている。
朝練があった為に、まだ人少ない時間に登校したからか朝練をしている最中は気にもしなかったが、今思えば部員がチラチラとこちらを見ていたり、マネージャーたちはヒソヒソと話していた記憶がある。
極めつけは、練習が終わり校舎へと入った時にその女生徒が「コナンくん、お疲れ様」とタオルを渡して来たのを無意識に受け取ったのが悪かった──らしい。
受け取った瞬間に「「「きゃあああああ!!」」」と悲鳴が上がり、なんだ、事件か!?と思ってしまった。
次の瞬間には「江戸川くん、やっぱりあの子と付き合ってるのー?」だの「いやぁ!!付き合わないでぇ!」だの「本当なのー?!」と大騒ぎになった。
その女生徒と言えば、何故か嬉しそうに隣に立っているし、コナン自身はもう訳が分からなかった。
予鈴が鳴った事で、ようやく教室に入れば今度はクラスメイトがどういう事なのかと問い詰めてくるし、その筆頭たる歩美は笑顔なのに目が全然笑ってなくて、親友からとんでもない威圧の仕方を教わったのかと逃避したくなるくらい、怖かった。
担任が現れた事で冷ややかな微笑みからは逃れられたものの、何がどうしてこうなっているんだと、コナンは頭を抱えていた。


告白された時、ときめかなかったと言えば嘘になる。
なんたって初恋である毛利蘭に姿が似ている上に、名前までも同じだというのだ。
名前に驚いて思わず「蘭」と呟いてしまったのだが、彼女からすれば呼ばれたと勘違いしてしまったようだ。
然り気無く「付き合う気はない」と告げたものの、「じゃあ、友達からお願いします」と言われたのだ。流石に友達になるくらいならば、と「別に構わないけど…」と答えれば、それはそれは嬉しそうに笑ったのだ。笑った顔もまた"蘭"に似ていた。


解毒剤が出来ないと、灰原に告げられた時に往生際悪く罵ったりしたが両親に叱られ、灰原が倒れる程無理をしたのを知ってから、無理なんだと身に沁みた。
でも簡単に諦められる訳ではなく、工藤邸に戻ってからも蘭がいる探偵事務所には顔を出していた。
大学に入った蘭は持ち前の明るさと優しさでキャンパスでは人気があったらしい。
園子が言うには何人からもアタックされているが、煮え切らないらしい。

『………新一くんの事、忘れられないんでしょうね』

呟いた園子もまた寂しそうだったことに、幼なじみを失って悲しいのは蘭だけではなかったのだと思った。園子は蘭をずっと支えてきたのだ、蘭と同じで工藤新一の幼なじみだったのに。
悲しむ蘭を励ましながらも、たまに悲しそうな顔をしていたような気がする。
それでも持ち前の明るさで元気よくしていたのだ。
大学での蘭はあんなに長かった髪を肩まで切ると、空手をしながらも、ボランティアなどに目を向けていた。特に人を喪った人たちが立ち直れるようにといったものだと聞かされた。
そんな蘭を見て立ち直ってきたのだと、ホッとしつつも彼女の事を見つめていた。
二十歳を過ぎた頃、蘭はお付き合いしてる人が出来たと告げてきた事に驚いたのは言うまでもない。

(なんで、だって、工藤新一を忘れられないんじゃなかったのか──!)

だけど、今の俺は『江戸川コナン』であって、『工藤新一』は過去の人間であり、蘭はその事を知らない。知るはずもない。

「………蘭ねぇちゃん、僕、蘭ねぇちゃんが好きだよ」

「私もコナンくん大好きよ」

その返事ににっこりと微笑む彼女を見上げ「あぁ、自分はその対象として見てもらえない」のだとハッキリ理解した。
そりゃそうだ、あんなに『江戸川コナン』と『工藤新一』は別人なんだと、灰原や服部、怪盗KIDが変装をしてくれたりしたのだ。同じ場所に二人いるように、と。
俺の初恋は『工藤新一』も、『江戸川コナン』も呆気なく玉砕したのだった。
蘭に会う回数を減らし、探偵団の奴らと遊ぶ事を増やした。その頃に歩美から告白されたりした。
だけど、実質年齢が10歳も離れているせいか、歩美の事は妹としか見たことはなかった。
ごめん……と謝れば、まだ蘭お姉さんが好きなのか、と問われた。返答に詰まったのは何故だったの。

(…………もう吹っ切れたと思っていたんだけどな、)

『蘭ねぇちゃん』と相変わらず呼んでいるのは、それが一番らしい気がしたからだ。
自分の中で、『蘭』は『蘭ねぇちゃん』という形に変わっている。
返答に詰まったのは歩美がそんな事を言うなんて思わなかったから、成長しているんだな、と思ったからかもしれない。
いつからか、自分の時は止まった気でいたのかもかしれない。それは周りも同じだと思っていた。しかし周り止まってなんかいなかった。
逆らって生きてきたのは、自分ともう一人だけだ。

(…………そういえば、まだ避けられてるよなぁ……)

距離が出来たせいで、周りから色々言われるようになったのだ。

『江戸川!最近、灰原さんと一緒にいねぇけど、別れたのか?』

『………そもそも付き合ってねぇよ』

『じゃあさ、俺が告白しても大丈夫かな?』

『灰原さんがオメェと付き合う訳ねーだろ!』

『いや!付き合うなら俺だろ』

『オメーだって無理だっつの!』

部活内でぎゃあぎゃあと騒ぐ友人らに、ため息と共に肩を落とした。

(………灰原が誰かと付き合う、ねぇ……)

あまり考えた事がない。そもそも彼女こそ実質年齢が俺より1つ歳上であるし、中学生を相手にするような奴ではない。

(……じゃあ、誰ならばいいのだろうか)

相変わらず、比護さんのファンではあるが彼は数年前に海外のチームに移籍し、一般女性と結婚したという。
沖野ヨーコちゃんとの熱愛報道の際はショックを受けていたが、それは誤解だと知った時は本当に嬉しそうにしていた。
結婚報道の時はガッカリはしていたが、相手は有名人で、灰原自身は一般人である以上どうしようもなかったのだろう。
多分、身の上の事もあるから歳上趣味だとは理解しているし、アイツが好きな人と言えば一番は博士であり、次は歩美だろう。無論、絶対的なのは明美さんである。
事件で知り合った怪盗KIDこと黒羽快斗が灰原を可愛い可愛いと言っていたが、彼女はそんなアプローチに嗤うように『私、歳上が好きなの』と言い放ったくらいだ。
快斗は『俺、歳上だよ』と言ったが、『私の方が歳上よ』と小悪魔のように微笑んでいた。

(……あれは、可愛かった気がする…)

普段、笑わない彼女が愉しそうに微笑んだのだ。
それを正面から受けた快斗がいきなりしゃがみこんだ時は驚いた。
灰原はとっととその場からいなくなったが、俺は快斗に近寄れば顔を真っ赤にしていたのを思い出す。

『……なにあれ、なにあれ、めちゃめちゃ可愛いんだけど!!』

『……はぁ?』

『ヤバい、ヤバいよ!哀ちゃんが可愛い過ぎる!!』

『おま、何言ってんだよ。すげぇおちょくられていたじゃねーか』

『ちょ、名探偵!!なんで、あの良さが分からないだよ!?』

『はぁ?』

その後、快斗はブツブツ言っていたが暫くの間、灰原にべったりしていたのを思い出す。
最終的には顔をしかめながら『あの怪盗さんをどうにかしてくれないかしら?』と有無を言わせない威圧で睨んできた為に快斗を引き離してやった。

『別にいーじゃねぇか! 快斗はオメェが好きみたいなんだしよー』

『そんな事ある訳ないでしょう? バカじゃないの?』

『いや、でも…』

『それに実質年齢はともかく、外見はいくつ離れてると思っているのよ。これ以上、彼を犯罪者にしたくないわ』

冷たいながらも、それには快斗に対する気遣いがあったのかもしれない。
快斗は当時、駆け出しだったが人気もそこそこな新鋭マジシャンとして売れていたのだ。

(………変なとこで優しいんだよなぁ……)

しみじみと思い出しながら、コナンは頬杖をついて窓の外を見下ろした。
体育の授業なのだろう、ハードル走をしているのが目に入った。
その中にスラリとした体型で見慣れた姿があった。
立ち姿が綺麗だとか言われているだけあって、目を奪われる。が次の瞬間、彼女が足を引っ掻けて転んだ。

「あっ!」

思わず声を上げれば、教科の先生が「どうした、江戸川」と言っていたが聞こえない。
だって怪我をしたと思われる彼女は部活の友人にだきかかえられて連れていかれたのだ。

『告白しようかな〜』

そんな事を言っていたのを思い出す。
彼女が相手にするはずはない、そう分かってはいても、彼女に恋人が出来るかもしれないという事に、何故か少しだけ焦ったのだった。



2017/07/12


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