その言葉で知る無意識の底

名探偵コナン

制服に着替えるとスカートから覗いている膝には包帯が巻かれているせいか、途中途中ですれ違う生徒に見られていた。

「灰原さん?」

「あら、円谷くん」

「どうしたんですか、その足!大丈夫なんですか?」

移動教室なのか教科書類を手に持ちながらも、哀の怪我に驚いたようで走り寄ってきた。

「体育で転んだだけよ」

肩を竦めて答えれば、それでも心配しているのだろう、彼の方が若干動揺しているように見えた。

「で、でも歩いたりするの辛いんじゃないですか?」

「平気よ、このくらいの怪我なら」

何年か前はもっと凄い大怪我もしたし、この身体にはこの先ずっと残るであろう傷痕もある。
ジョディや有希子などは傷痕をきれいに治せる医師を知っているから、治した方が良いと言っているが、自分の罪を自覚する為には残っていた方が良いと思えたのだ。
組織殲滅をした時、自分も裁かれるであろうと思っていたのに組織のデータベースには『宮野志保』の名前は無く、解毒剤も作れずに終わってしまった。
コナンに詰られた時は死んで償いたいとさえ思い、それこそ寝食を省みずに研究に没頭した。
倒れて入院させられ、彼や彼の両親が様子を見に来た際には床に頭を付けて謝り通したが、優作さんや有希子さん、博士に床から引き剥がされベッドに戻されたくらいだった。その時に完治せずにいた傷が化膿したりして発熱し、入院が延びたくらいで、ますます傷が酷くなったのである。
あの時の痛みなんかに比べたら、膝の痛みなんて大したものではないだろう。

「で、でも 灰原さんの足にキズが残ったりしたら……せっかく綺麗な足をしているのに……って、す、すみません!!僕、なんて破廉恥なことを!ち、違うんです!灰原さん!!」

真っ赤になる光彦を見て、哀はクスリと笑う。
女性の足を見るなんて、彼も男の子なのね、とつくづく思ってしまった。

「そんな風に思われていたなんて、光栄ね。でもこのくらいの怪我なら直ぐに治るから大丈夫よ。じゃあ、教室に戻るわね」

「あ、は、はい……」

ジャージが入った袋を持ち、哀は光彦に軽く手を振って教室へと歩き出す。
その背後で光彦がクラスメイトたちに「灰原さんと何話しているんだよ」と詰め寄られているなんて知るよしもない。


教室へ入れば、クラスメイトたちが「大丈夫だった?」「怪我、痛くない?」と心配してくれる事に驚きながらも、「ありがとう、心配させてしまってごめんなさいね」と微笑すれば、彼女たちはホッとしたように笑ってくれていた。
荷物をロッカーにしまえば、チャイムが鳴り、哀は教室の机にに着いた。次は英語だったが、アメリカに留学していた経験もある彼女には中学の英語なんて簡単過ぎて、退屈である。
机からこっそりと論文を取りだし、ノートの下に置いた。あまり露骨に出して、指されるのは面倒だからだ。
読み込んでいるうちに授業が終わったらしく、気づいた時には、周りの生徒が立ち上がり、礼をしていた。まずい、きちんと話を聞いていなかった。
宿題とかは出されていないか、前の座席の生徒に聞けば、内職していたのを知っていたのか、ノートまで見せてくれて、お礼を言ったのだった。
中学生としてのやっていくには自分は浮くであろうとは思ってはいたが、特に悪目立ちする事なく過ごせていると思う。
友人と呼べるのは歩美や東尾マリアちゃん、勿論少年探偵団である光彦や元太も友人と呼べるだろう。
クラスメイトとは良好な関係であるし、あちらがどう思っているかは知らないが、哀はクラスメイトたちを嫌だとは思ったことはない。
話しかけられれば会話もする。だが、歩美たちといない間は読書をしている事が多いからか、あまり哀の邪魔をする人はいない。
例外と言えるのは江戸川コナンと彼に憧れを抱く者たちだろう。
彼に憧れを抱く、または好いている者たちからすれば、哀はまさに目の上のタンコブである。
コナンと幼なじみどころか、家も隣同士、互いに成績優秀で容姿端麗であるせいか、妬みも酷い。
コナンが名前を呼ぶ女子生徒は歩美であるが、如何せん妬みは哀の方へ向けられている。
江戸川コナンは、哀とはどのような関係なのだろうか。
仲間、運命共同体、相棒……互いにそんな言葉で相手を見ていた。いや、コナンからすれば自分は元組織の人間で、毒薬を(作っているつもりはなくとも)作った人間──『工藤新一』を喪わせた加害者なのだろう。

『一緒に生きて行こうぜ』

そう言われた時に胸に広がった想いは決して悟られてはいけないと思った。
こんな浅ましい気持ちを知られたら、彼はきっと私を軽蔑するだろう。
そう、嬉しかったのだ。例え、建前だとしても彼にそう言われたのが哀にとって歓喜する程の威力を持っていた。
しかし、その裏であの姉に似た優しく強い彼女が泣いていると思うと、彼の言葉に頷ける筈もなく、謝るしか出来なかった。

『償う気があるなら、普通にしてくれ!』

意思の強い蒼い眸に見つめられて、『…………分かったわ』としか答えられなかった。
結局、自分は彼に捉えられているのだ、心も身体も。避けようとしても、彼はそれを乗り越えて話しかけてくる。わざわざ授業中に嘘をついてまで、自分を心配してくれた事が嬉しい。
なんだかんだと、気にかけてくる彼が、結局は好きなのだ。

『一緒に生きて行こうぜ』

その言葉だけで胸がいっぱいになるのに、どうしてこんなにも欲深くさせるのだろうか。
気づかれないように今日もまた気持ちを心の奥底にしまい込む。浅ましい気持ちを。




END

2017/08/02


-8-

パンドラの匣 / top