恋という名の友愛以上
「………はぁ…」
「どうしたの、コナンくん」
思わず漏れたため息に反応したのは歩美だった。
「………んー……あー…」
「どうせ、哀ちゃんの事で悩んでいるんじゃないの?」
「べ、別に、そんなんじゃねーよ!」
「ふーん? じゃあ、なんで一時間目の途中で保健室に行ったの?」
「そ、それは腹が痛かったからで」
「嘘ばっか!さっき光彦くんに会ったら、哀ちゃん一時間目の体育で怪我したって聞いたよ? 心配で見に行ったんでしょ?」
「そんなんじゃねーよ」
どこか面白いオモチャを見つけたような顔をして、にやにや笑う歩美にコナンは顔を逸らした。
確かに心配で見に行ったのだが、それを言ったらまた面倒な事になるんじゃないかと思って口を噤む。
つか、心配したというのに、灰原の態度は素っ気なくて……いつもと同じといえば同じかもしれないが、やはりどこか違うのだ。
「………なんで 避けられてんだろうな…」
呟けば、歩美はキョトンとした顔でコナンを見つめた。
「え? 保健室でも避けられたの? もう 一体なにしたの? コナンくん」
「だから、俺は何もしてねーって!」
「コナンくん、デリカシーないからなぁ。何か気づかないうちに哀ちゃんを怒らせたんじゃないの?」
「…………」
歩美の言葉に何かしたかと考えてみるが、なにも身に覚えはない。
いつから、いつから避けられるようになっただろうか、と事件であれば回転の早い頭も役に立たないようだ。
「家とかでも避けられるの?」
「……普通だと、思うけど…」
「普通って?」
「飯は旨いし、食後のコーヒーも出してくれる」
でも一緒にいる時間が減ったような気もする。
それが寂しいと思わなくもない。前だったらミステリードラマとかを一緒に見ては犯人が誰とか、トリックがどうとか、そんな事を話ながら見ていたりしたのだ。
それが最近は食事を済ませれば、コーヒーを淹れてくれるのは前とは変わらないが後片付けをしてさっさと部屋へと籠ってしまうのだ。
一度、部屋で何してるんだ?と訊いた。まさか、また解毒剤の研究をしているのではないか、と不安になったのだ。
しかし、彼女は見たい本があるからと素っ気なく答えただけだった。
んー……と唸っていると、「コナンくんてさー」と歩美に再び声を掛けられた。
「んー?」
「哀ちゃんの事 どう思っているの?」
「………はぁ?」
思いがけない質問にコナンは顔を上げたが、何気にクラスメイトがしっかり聞き耳を立てている。
「んー、じゃあ、もしも哀ちゃんに彼氏が出来たらどうする?」
「アイツに彼氏ぃ? …………………別に、いんじゃねーの?」
「本当に?」
ずいっ!と顔を近づけてくる歩美に「お、おぉ…」とたじろいた。
「本当に? 哀ちゃんに恋人出来たら、もう哀ちゃんにご飯作ってもらったり、事件があるからって連れてくこと出来ないんだよ?」
「はぁ? なんでだよ?」
「なんでじゃないよ、哀ちゃんは恋人との時間を優先させるに決まってるでしょ? ただのお隣さんのコナンくんの面倒をなんで見なくちゃいけないの?」
「……う…」
思わず言葉に詰まったのは、困ると思ったからだ。
そう、困る。なんでかは分からないが困る。
しかし、灰原に彼氏なんてそうそう簡単には出来るとは思えないのだが。
それは彼女に魅力がないとかではなく、実年齢や彼女が背負ってきたものを理解してくれる相手じゃないと……。
「哀ちゃんはモテるんだからね!」
「………あ、あぁ…」
そんなの知っている。周りに散々紹介しろだの、LINEのIDを教えろだの、電話番号を売ってくれだの、なんでアイツの情報を流さなくてはならないのか──無論、勝手に教える訳にはいかねーと悉く無視している。
コナンの煮え切らない態度に歩美はハァとため息を吐けざるおえない。
本人は自覚していないのだろうが、何を考えているのかだんだん顔を顰めている。
彼女に他の男子がつかないようにしているのに気づいてないのか、たまにイラついているというのに。
いつだって、哀ちゃんを信じて、頼って、守っているのに、彼は気づかないのだ。
それが友愛だというならば自分たちを頼ってくれたっていいのに、いつだって彼女だけをその視界に入れている。
なんとも思っていないのなら、光彦や元太が哀ちゃんと話しているのをずっと見ている必要なんてないのだ。
無意識に嫉妬していることなんて気づいていない。
── ニブイなぁ
ずっと見てきた……幼い頃から、コナンくんを。
蘭お姉さんを好きだったのも知っている。蘭お姉さんに恋人が出来てショックを受けていたのも知ってる。
でも、だからこそ告白をしたのに、彼は"自分"を見てはくれなかった。
哀ちゃんとギクシャクしていた時期もあった。
それから、ずっと哀ちゃんを気にかけていたのも知っている。それがいつしか変わっていったのはいつだったんだろう。
悔しいから教えてあげたりなんかしない。
哀ちゃんも、コナンくんも 互いに相手を思っているのに「ありえない」だなんて思い込んでいる。
「……とにかく、あまり哀ちゃんを縛りつけるのはよくないからね!」
「………あ、あぁ…」
歩美にピシャリと言いつけられ、コナンは机に凭れた。
── 灰原に彼氏…ねぇ
先日もクラスメイトや部活の仲間に散々言われていたし、恋人になりたい!と騒いでいる輩がいるのは目の前で聞いたりもした。
しかし、どこかで「オメーらには絶対無理」という思いがあったのは事実であり、彼女と付き合える人間なんて自分以外にはありえないという思いがあった。
── は?
コナンは自分の思考に一瞬戸惑った。
自分以外にはありえないって、なんだ、それ。
いやいやいや、ぶんぶんと頭を振ってこめかみを押さえた。
灰原に似合う男……。
光彦や元太…は、実年齢から考えるとアウトだ。
いくら自分たちが今、中学生であろうと10歳も離れている以上は、自分が歩美を妹だと思うようにアイツらを弟くらいにしか見ていないだろう。
そもそも年下には興味がないみたいだし。
『年上が好み』と黒羽に言っていたのも覚えている。
黒羽は年上だが、実年齢よりは年下だからと無下にしていた。
年上の男性となると、比護さんは既に結婚しているし、恋愛対象というよりはファンだから違う。
後、知り合いとなると安室さんか赤井さん……。
いやいやいや、彼らとは年が離れすぎているし、そもそも何歳離れてるんだという話である。
服部は…和葉ちゃんがいるし……と頭をガリガリ掻いていると何かでパシンと叩かれた。
「……ってぇー!」
「何か考えていたようだが、授業はもう始まっているぞ」
いつの間にか来ていた担当教諭に出席簿で頭を叩かれていたのだった。
「………す、すんません…」
謝るとクスクスと教室に笑い声が響く。歩美も可笑しそうに笑っていて、誰のせいで…と言いたくなった。
パクパクとなにかを言っているが聞こえない。しかし、唇を読めば「哀ちゃんの事考えてた」とか言ってやがる。
当たっているだけにヒクッと顔をひきつらせながら、教科書を出して退屈な授業を聞くことにした。
一時限目を思いだし、窓の外を眺めるが体育の授業はやっておらず、校庭には誰もいない。
さっき、わざわざ授業を抜け出したのは………灰原が気になったからだ。
怪我も心配だったが、部活のヤツが灰原を抱き上げて運んだ事が気になったからだ。
はぁ……と深いため息を吐く。
我ながら、どうかと思う。今まで見ないふりをしてきたのは彼女に罪悪感を抱いて欲しくなかったからだ。
きっと、コナンが灰原に好意を持っていると知られてもアイツは受け入れない、もしくは己の気持ちを無視して従順になるかもしれない。
いっそ、誰か好きなヤツが出来ればいいのに、と思いながらもそんなのは嫌だった。
仲間として傍にいられるならば、それで良かったが……そうもいかない。
………あの噂、気にしてくれたんだろうか
あの昔の"幼なじみ"と同じ名前の子との話を知っていたようだ。気にしていたがはっきり言った。
気にして欲しいが、付き合っているなんて誤解して欲しくない。
はぁ……と頭を抱えて大きくため息を吐いた。
とっくに、特別だったんじゃねーか……。
とりあえず、避けられてるのをなんとかしなくては。とても寂しくて、つまらないから。彼女が傍にいてくれないのは。
END
2017/09/28