キミがいなくとも世界は廻る

名探偵コナン

灰原が退院して、暫くの間は日本にいる事となったが滞在先はホテルである。
博士や有希子が阿笠邸でいいのでは?と疑問を抱いたが、メアリーさんは阿笠邸には少年探偵団らが訪れる。そこにいないはずの"灰原哀"がいては支障を来すと判断したからだ。
そして、"灰原哀"は灰原哀の姿をしているが、降谷さんたちの協力の元、"宮野志保"という本来の名前に戻った、らしい。
新一はあの病院で会って以来、彼女に会う事はなかったからだ。正確には会うのは阻まれた。

「君にはもう"志保"とは関わって欲しくない」

はっきりと告げてきたのは、灰原の後見人であるメアリーさんだった。

「な、なんで…」

「あの子は君の知っている"灰原哀"ではないからな」

「……そ、それは…そうですが…」

「そもそもあの子と君は知らない間柄だ」

メアリーさんはそう言うと、灰原……宮野志保を守るように彼女を隠した。
病院で以来、彼女の姿は見ていない。
そんな中、博士は彼女に会う事は出来ているが、母 有希子は何とかもう一度会わせては貰えたが、此っきりにして欲しいと告げられたそうだ。
そして、会えぬまま彼女はメアリーさんたちに連れられて渡英したと聞いた。

「哀ちゃん──志保ちゃんを守る為なんでしょうね…」

ぼそりと呟かれた言葉に、アイツを守ると約束したのに……と虚無感が胸に穴を開けた。
しかし、赤井さんが"沖矢昴"として彼女を見守り始めた辺りから、彼女を守るのを彼に託したのは自分であることを思い出した。

「………なにが、守ってやるから、だよ……」

守られていたのは自分だったのではないか、とふと思ったのは彼女が日本から離れてから暫く経ってからだった。


【キミがいなくとも世界は廻る】


「新一っ!!」

「蘭、」

灰原が渡英してから月日が過ぎた。あの日々を忘れた訳ではないが、たまに夢だったのではないかと思うくらいに、懐かしく思えてくる。
新一は高校を卒業し、今は大学生として過ごしている。
蘭とは大学まで一緒になった。本当は海外に出てみたいという欲もあったのだが、日本に留まっている。
蘭との関係は恋人同士であり、仲も順調だ。
高校の時のように似合いだと冷やかされはしないものの公認の仲である。

「お弁当作ってきたの、一緒に食べよ」

笑顔で話しかけてくる彼女に新一も微笑んで、どこで食う?と彼女が持っていたランチバッグを手に取った。

「あっちのベンチが空いてたよ」

「じゃあ、行くか」

蘭の手を取り、並んで歩く。
何かしら周りが騒がしいがいつものことなので気にしないようにしていた。
ベンチに座り、テーブルに彼女が作ったお弁当を広げられた。新一の好きなおかずばかりである。

「旨そうだな、サンキュ」

「ううん、さぁ、食べよ」

二人仲良く食べながら、色々な会話をしていく。

「そうだ、新一。コナンくんと哀ちゃん、連絡取れないかな?」

「───は?」

思いがけない名前を出され、摘まんでいた卵焼きを落としそうになった。

「コナンくんと哀ちゃんよ。昨日 買い物してたら歩美ちゃんたちに会ってね、番号が変わったみたいで連絡が全然取れないんだって」

「……コナン、たちが引っ越したの三年以上前だろ……今更なんだよ?」

震えそうになるのを抑えながら口にしてみる。

「気になってたみたいだよ……コナンくん、元気かなぁ?」

最初の頃はメールしてたんだけど、忙しいみたいでね……と蘭が呟いていた。
確かに元に戻って暫くの間は、蘭や少年探偵団たちと"コナン"としてメールのやり取りをしていたが、次第に返信をしないまま、携帯を解約していた。
そのままフェードアウトしたのだ。

「……さぁ、俺も連絡はしてねぇから」

「もう!コナンくん、新一のこと"新一兄ちゃん"って慕っていたのに、薄情者!」

「……はは」

「あ、じゃあ哀ちゃんは?」

「………哀ちゃんって誰だよ…」

「あれ? 新一って哀ちゃん知らないんだっけ? 阿笠博士の親戚の子でね、コナンくんとすっごく仲が良かったんだよ!会ったことあるんだと思ってた」

灰原について話す蘭の声が遠くで聞こえる。
灰原、灰原 哀。
すっごく仲が良かった覚えなんてない。
"相棒"という関係ではあったが、仲が良いかは別だ。
アイツの行方なんて、俺が知りたい。
博士は何ヵ月かにイギリスへ行っているのは彼女に会う為だろう。
詳しくは言えないのか「元気にしておるよ」とだけ話してくるが、聞きたくはないから素っ気ない態度でいたら、博士も言わなくなっていた。

「……知らねーよ」

ぼそりと呟いたそれは蘭に聞こえたのかは分からない。
話題はいつの間にか変わっていて、蘭の友人たちがどうとか、園子と京極さんの話、和葉ちゃんとの電話の内容など、どうでもいいことを聞かされたが、適当に相槌をうっていた。
今の新一の頭のなかには、灰原哀がいたのだった。


組織を壊滅させ、解毒剤を飲んでから三年以上経とうとしていた。

「………なに してんだろな…」

呟いたそれは蘭に聞こえたらしく、笑顔を向けてきた。

「なんだかんだ言って コナンくんの事 気になってるんでしょー」

「……そうだな」

的外れな言葉に笑みを浮かべるしかなく、新一は応えたのだった。

「あ、今晩何食べたい? 買い物に付き合ってね」

「あぁ、なんでもいいぜ」

「もう! なんでもいいが一番困るのよ!」

文句を言う蘭をよそに新一のスマホに警察から連絡が入った。

「蘭、わりぃけど買い物付き合えねーや」

目暮警部からの着信を見せれば、困ったような顔をされる。
しかし、気にしてる場合ではない。事件に呼ばれたのだから。

「ちょっと、新一!」

「メシもいらないから」

そう言って、席を立ち 彼女に手を上げてその場から離れたのだった。





END
2017/11/20


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