届かない謝罪
灰原とアポロが行ったのを見送り、新一たち、否 新一は世良から話があると言われた。
服部はともかく、黒羽や白馬には聞かせられないから、席を外すように頼んだ。
彼らは怪訝になりながらも、大事な話だと察したらしく、二人で近場の観光に行くと別れた。
世良に案内されたのはカフェでも奥まった席だった。世良は紅茶を頼み、新一と服部は珈琲を注文した。
それらがテーブルに並べられると、服部が開口一番に説明してくれと言った。
「俺は何も聞いてないで、あのちっこいねーちゃんはどういうことや」
「どういうことって薄々気づいているだろ? あの子は記憶を失っているんだよ」
「なんでや!」
そういえばショックが大きすぎて、服部にまで話していなかったことを思い出す。
「そのままだよ、服部くん。志保には解毒剤が効かず、そして副作用で記憶を無くしたんだ」
「………そないなこと…」
聞いてへんで、と呟く服部に誰も彼も口にしたくなかったのだ。
「試薬品飲んどった工藤より、あのねーちゃんの方が使うてなかったんやろ?」
その言葉に新一の身体が震えた。
思い出す、当時の出来事を。突き付けられた現実に新一は驚愕するだけだった。
「…………灰原、は……試作品が出来るたび、……自分を実験台にしてたんだ…」
「───っ」
ひゅっと服部が息を飲んだのが分かる。じっとこっちを見ているのも。
新一は顔を歪めながら俯くことしか出来なかった。
「………そんなん……」
真純は小さく息を吐いてから、口を開いた。
「そういうことなんだよ。志保には耐性が出来た上に、副作用で記憶障害が起きてしまう確率があることを予測していてね…………だから、それが現実になった時は誰もが絶望したんだよ」
「……………」
「それが本来の志保の姿であれば良かったのか、あの姿のままで良かったのから分からない。でもさ、イギリスに来てから志保は楽しそうだよ──」
覚えてはいない母親の母国ではあるけれど、ママが常に傍にいたし、阿笠博士も会いに来てくれていた。
記憶がなくとも、彼女にとって阿笠博士はとても大事な人だったんだね、仲良く過ごしていたよ。
そう話す真純の声を耳にしながら、新一は俺は?俺はアイツの相棒だったじゃねーか、と思ってしまった。
何故だろう、記憶をなくしても彼女が思い出すとしたら、自分が一番なんじゃないか、なんて思ってしまう。
相棒、運命共同体、秘密を共有する仲間、背中を預けられていたはずなのに。
他人には、それこそ家族や蘭とは違う固い絆があるのだとばかり思っていたのに。
ああ、彼女の眸に自分が映らないのがこんなにも辛いだなんて思わなかった。
暫しの沈黙の後、服部が口を開いた。
「楽しそうにしとるんやったら良かったな!あのちっこいねーちゃん、ネガティブやったろ? 暗くなるよりええやんけ」
服部の言葉に世良は眼を瞬かせ、フッと笑った。
「志保がネガティブは昔の話だよ、今はとても明るいんだ」
「ほぅ……あのキッツいねーちゃんがな」
「それは今でもあまり変わらないかな。ボクなんてたまに叱られてるよ」
ハハハと軽く笑いながら世良が話すと服部も「ほんまかい」と笑っている。
なんで笑っていられるんだよ、"灰原"がいねーんだぞ。新一は笑い合う二人を見ていると服部がこちらを向いた。
「……工藤……。なんでそんな顔してるんや」
「なんでって、アイツ、記憶がなくなってんだぞ!心配じゃねーのかよ!!」
「心配に決まってんやろ!!なに当たり前の事言うてんねん!!」
カッとなって怒鳴れば、怒鳴り返された。
「……工藤、お前は責められたいやな。あのねーちゃんがああなったんは自分のせいだと思ってるんやろ」
「………だって、それは……俺が、試薬品を強請ったから…」
まさか、アイツが試薬品を試していただなんて知らなかった。聞いてなかった。
でもいつだって、効果は何時間とか言っていた。
それはどうやって知ったのだろうか、配合だけで予測していたのだろうと簡単に思っていた。
だけど──自分の身体でデータを取っていたのかと思うと、スゥっと背筋が寒くなる。
「アホか!悲劇を気取るなよ、工藤」
「……服部…」
「そんなんされても"灰原のねーちゃん"なら自分の勝手とか言うはずや」
「だけどなっ」
「……工藤くん、志保はさ、科学者なんだよ。自分が作り上げていく薬を試しもせずに他人に渡す程愚かではないんだ」
「………」
「死ぬかもしれない、それを覚悟の上できっと試していたんだよ。全て………全ては君を"工藤新一"に戻す為にさ」
「……っ!」
そうだ、死ぬかもしれないわよ。と彼女は言っていたのだ──つまり、それは彼女が死ぬ程になったということなのかもしれない。
あの時は、あの時も……無事だったからこそ知らなかった、気づかなかった。
知らないから、知らなかったからと済ませていい事ではないのに。
ああ、今の彼女には謝ることさえ出来ない。
「工藤くん、」
世良に名前を呼ばれ、新一は顔をあげた。
「君は志保に記憶があればどうしたいんだい?」
「……どぅ、って……謝りたい、」
告げた事に世良はため息を吐いた。
「謝ってどうなるんだい?」
「……」
「君が謝りたいっていうのは、自分がスッキリしたいからだろ」
「───っ」
「志保に対する罪悪感を少しでも減らしたいからそう思ってるだけじゃないか?」
衝撃的な言葉に新一は違う!!と言いたかったが、言葉に出来なかったのは、見透かされたような気がしたからでもあった。
彼女が自分の為に犠牲になって、自分だけが戻れたという罪悪感
まして、彼女は何もかもを失ったのだ。
ただ、世良たちのお陰で『宮野 志保』というのだけは守られたのだ。
「世良のねーちゃん、言い過ぎや」
「……ちょっと口が過ぎたみたいだ、ごめんよ。工藤くん」
「………いや…」
肩を竦めて謝る世良に新一は何も返せなかった。
ふと、彼女がスマホを一瞥し、財布を出した。
「そろそろ ボクは行くよ」
お金をテーブルに置き、席を立った。
「また いつか会えるといいね」
そう言って荷物を抱えて行ったのを眺め、服部が「俺らも黒羽たちと合流しよか」と肩を叩かれた。
新一は「あぁ」と答え、立ち上がる。
憧れのロンドン。2度目だが、今回も落ち着かない気持ちでいっぱいだった。
END
2018/03/26