01
分かっていたのに、どうしてこんな苦しみを選んでしまったのだろうか。
通称『黒の組織』が壊滅し、江戸川コナンは工藤新一に、灰原哀は宮野志保へと身体を戻した。
彼が命を掛けて、組織のデータベースから移してきたAPTX4869のデータから解毒剤を作り上げ、服用出来たのは壊滅から三ヶ月経ってからだった。
無論、組織に残っていた薬のデータは消去したが、宮野志保は裁きに掛けられるとばかりに思っていた。
しかし組織のデータベースには『宮野志保』の名前もなく、シェリーという存在は正体が分からぬまま死亡とされていた。
いきなり降ってわいたような自由に戸惑いを隠せず、寧ろ裁きに掛けて欲しいと、バーボン──公安の降谷零に願ったが、彼もFBIも『君は被害者だ』と言ってきた。毒薬を作ってきた人間が被害者?違う!と言ったところで、彼らの屁理屈のような理論に勝てる訳もなかった。
これからの行き先も決まらぬままに、博士はこのままココで暮らしていけば良いといってくれたことに、志保は泣くしか出来なかった。
「良かったな、はいば──宮野」
「………ありがとう…」
屈託ない笑顔は高校生に戻ったというのに、江戸川コナンを思い出させるような子供っぽさがあった。
「オメー、これからどーすんだよ?」
「………何も浮かばないわ…」
まさかこのまま何もせずに博士の所にいる訳にはいかない。
働くべきだろう、と考えていると、目の前にいる高校生探偵は名案とばかりに口を開いた。
「だったらさ、オメー 帝丹に編入すれば? 世良とは従姉妹なんだしよ、俺もいるし、蘭や園子もいるしよ」
「………前にも言ったでしょ? 私、あなたたちより年上なのよ?」
「あー……そうだっけ? でもさ、せっかくだから日本の高校生ってのも経験してみたらいいんじゃねぇか」
「志保くん。新一もこう言ってることだし、せっかくじゃから 高校生をしてみるのもいいんじゃないかのう」
「……でも…」
「新一は志保くんを心配してるだけなんじゃよ」
「な、何言ってんだよ、博士!! ………悪かったな、オメーには大きなお世話かもしんねぇけどよ、」
これでも心配してんだよ、とぶっきらぼうに言われた事に志保の胸が苦しくなる。
「…………分かったわ…」
そう答えれば、二人は顔を見合わせて笑っていた。
博士が早速 転入の申し込みじゃ!と意気込んで電話をしに行き、新一も「よろしくな!」と手を差し出してきた。
「………えぇ、よろしくね」
そう応えれば、嬉しいそうに笑っていた。
どうして……こんなに優しいのだろうと、思うと同時にこれからの事を思うと胸が苦しくなった。
転入の話は何故か、赤井や降谷、そして工藤優作までをも巻き込み、高校三年という学年にも関わらず編入試験を特別に受けることを許された。
組織の意向で幼い頃にアメリカに留学し、スキップ制度で大学を卒業、博士号を持つ彼女にとって日本の高校編入試験など簡単すぎて、あっという間に編入を許された。
志保の学歴を見れば、無条件でも受け入れたであろう学校側ではあったが、志保が試験を願い、新一も一緒に進級試験を特別に受けて、晴れて最高学年へと上がることが許されたのは既に四月の半ばであった。
赤井から聞かされていたであろう世良真純は彼らが学校に来るのを今か今かと待ちわびていた。
偶然にも志保は真純と同じクラス、新一は蘭と園子と同じクラスと先に聞かされていたのは志保を思いやっての事である。
チャイムが鳴り、クラスに案内される時に新一から「なんかあったらすぐに言って来いよ」と軽く言われ、志保はぎこちない微笑みで返した。
じゃーな、と手を振り隣のクラスに担任と入っていく新一を見送り、志保は胸に手を当てた。
『新一っ!!』と聞き覚えのある声と囃し立てる声が耳に入り、胸が痛くなる。
『………心配なんてしなくていいのに…』
ボソッと呟いた声音は隣のクラスの騒音で欠き消されたようで担任には聞こえなかったようだ。
担任は「騒がしいなぁ」と顔をしかめていたが「工藤が戻ったんだから仕方ないか」と呆れながら、教室のドアを開けた。
「こんな時期だが、転校生だ。仲良くするように」と言って、志保は自己紹介をした。
騒がしい隣のクラスも気になるが、突然の転校生──しかも驚くくらいの美女の登場にクラスは騒然したのは言うまでもなく、あまりの騒がしさに学年主任が慌てて教室を見に来た程だった。
担任は話を聞かされていた為、志保は真純の隣になった。
「志保、これからよろしくな!」
ニカッと笑う真純に志保も「よろしくね」と微笑すれば、クラス中がときめいたのを真純は感じ取った。志保はホッとしながら、授業に挑んだのだった。
時期外れの転校生も気になるが、隣のクラスの異変を気にしたクラスメイトたちがそれらを確かめにいったようだった。
『工藤が戻ってきたんだってよ!』
『工藤くんが?!』
『うそ、見に行こう!』
沸き立つクラスメイトたちをどこか遠くの気持ちで眺めていると、真純とは反対の席にいる男子生徒が教えてくれた。
「うちの学校にさ、高校生探偵って呼ばれてる生徒がいるんだよ、工藤新一ってのが!」
まるで自分の事のように話す彼に、なるほど彼は男子生徒からの信頼も厚いのかとぼんやりと思った。
教えてくれた事に礼をいえば、恥ずかしげに笑っていた。
隣に座る真純が「行かなくていいのかい?」と訊いてきたから「行く必要はないでしょ」と応えた。
真純は「まぁ、あっちから来るだろうね」と笑っていたが、別に来なくてもいいと思っていた。
しかし、中間休憩時間にそれらは騒がしいのを連れてやって来た。
「宮野ー」
教室に入った途端に名前を呼ぶ探偵に、志保は呆れたように顔を上げた。その後ろには怪訝な顔をしている幼なじみ令嬢と、不安そうに見てくる幼なじみ彼女の姿があった。
「………何か用かしら?」
「アンタが新一くんが言ってた相棒っていう女?」
「ちょっと、園子!!」
ずいっと顔を近づけてくる令嬢を止める彼女をよそに、ご令嬢は現実を突きつけてきた。
「いくら新一くんと一緒に事件を追っていた相棒とはいえ、新一くんには蘭っていう彼女がいるんだから、そこはわきまえてよ!」
いきなりの事になんなのだろうと彼をみれば、あちゃーと額に手を当てていた。
「……………どういう事か、説明してもらってもいいかしら?」
「だから、コイツとは何もねぇって言っただろ!何言ってんだよ、園子!!」
「だって、事件でずっと一緒にいたんでしょ? 蘭を差し置いて!」
「だから、なんでそうなるんだよ!コイツはただの相棒だって」
「…………………」
あまりの言われようにどうしたらいいのか分からなくなる。怒ればいいのか、嘆けばいいのか。
「園子くん、あまり志保をいじめないでくれないか?」
席を外していた真純が戻ってきて、園子を嗜めたのには少しばかり彼女も驚いていた。
「べ、別にいじめていた訳じゃ……ん? 世良ちゃん、彼女と知り合いなの?」
「あぁ、彼女はボクの従姉妹なんだよ」
「え、あ、そ、そうなんだ……」
アハハと笑って誤魔化す財閥の令嬢は良くも悪くも友人思いなのだろう。
「……………別に気にしてないわ…」
そう伝えれば、あ、そう……と言われたが気にしなかった。
「相変わらず、愛想ねーなぁ」
「煩いわね、どうだっていいでしょう」
ピシャリと言ってのければ、へーへーと頭を掻いていた。その時、横から声がした。
「あ、あの!私、毛利蘭って言います。新一の、幼なじみで……」
笑顔と、どこか不安げに揺らる眸がこちらを向いていた。
「………宮野志保です。あなたの事は知っているわ、ずっとあなたに会いたがっていたから、そこの彼は」
「ばっ、宮野!!」
「本当のことでしょう」
言ってやれば、彼女は彼を見て顔を赤らめていた。
ズキン、と胸がまた痛くなる。
それを聞いた財閥令嬢は「お熱いわね〜お二人さん」などと囃し立てている。
いいから、もうここから立ち去って欲しいと願った。
うまい具合にチャイムが鳴り、彼らが教室から出ていく。しかし、彼は立ち止まると「昼は一緒に食おうぜ」と言ってから立ち去った。
クラスメイトたちから「知り合いなの?!」「相棒ってなに?」などと聞かれたが「守秘義務があるんだよ、だから詳しく言えない。な、志保?」と真純がフォローしてくれた。
それに感謝するように微笑めば、真純は照れたように笑ってくれた。
しかし、昼休みにもあの二人の姿を見ると思うと、何故こんな思いをしてまで ここにいるのだろうと眸を閉じた。胸の中に秘める感情が渦巻いていた。
ああ、やはり ずっと独りでいれば良かった…………。
そうしたら、この醜い想いも、苦しみも知らずに済んだのに。
END
2017/08/10