03

名探偵コナン

終業の鐘が鳴り、隣に座る真純が話しかけてきた。

「志保、一緒に帰らないか?」

「……赤井さんたちに頼まれたんでしょ? 気を遣わなくても1人でも帰れるわよ?」

「そうだけど、そうじゃなくて!ボクが志保と一緒に帰りたいだけだよ」

肩にスクバを掛けるとにこーっと笑う世良に志保は驚いた。

「それにさ、志保とボクは従姉妹同士だし、前にも言ったけど仲良くしたいんだよ」

「………でも、」

「それに、彼らが来る前にボクと一緒に帰った方がいいと思うんだ」

彼女が言う彼らとは隣のクラスの彼らの事だと察しはついた。幸い隣はまだ終わってはいないようで、それを考えて志保は早く帰りたくて身支度を済ませていたのだ。

「……そうね、ありがとう。真純ちゃん」

「じゃあ、掴まらないうちに行こうぜ!」

ぐいっと腕を引かれ、廊下へと出る。
隣は騒がしいがまだSHRが終わっていないらしい。
特に一緒に帰るという約束はしていないが、昼の事がある。優しい彼が来ないとは限らなかった。
少しだけ、小走りで昇降口へと移動し、そのまま真純と校門を出た。

「せっかくだからさ、ママの所に行かないか?」

「………メアリーさんの所に?」

「うん。ママも志保に会いたがっていてさ、だけど秀兄が「志保はまだ体調が万全じゃない」とか言ってるんだよ」

「そうだったの? そんなもう大丈夫なのに…」

「まぁ、心配するのは分かるよ。それだもん」

真純は志保が持つランチバッグを、指差した。
新一と志保のお弁当の大きさがあまりにも違いすぎる。心配しない方がおかしいくらいに、志保のお弁当箱の大きさは異常に小さすぎる。
デザートを入れる程度のお弁当箱にはちんまりとしたおにぎりとおかずが少々だ。それさえも食べるのがツラいときては赤井はもちろん、新一や博士、降谷が心配するのは当然である。

「……………私には充分なんだけど…」

「志保は細いし、それ以上痩せたらそれこそ倒れるんじゃないかと心配になるよ」

それでも出るところは出てるから羨ましいけど、と真純は心の中で呟いた。

「とにかく!ママもすっごく心配してるし、色々話したいみたいなんだよ、志保と」

「………私も、メアリーさんとは話してみたいわ」

「そっか!そうと決まれば行こう!」

善は急げとばかりに歩くのは疲れさせるかもしれないと思い、勢いよく手を上げてタクシーを捕まえると滞在しているホテルへと向かった。
その際に、新一から連絡が来たが「用事があるから出掛けます」とだけ返信をした。
驚いて電話を掛けようとした新一だったが、蘭と園子に今までの事を話してもらうわよ!とすごい形相に睨まれてしまった。
志保が心配なんだと告げれば、火に油を注いだ如く、蘭の親友である園子の怒りは爆発し、逃がさないわよ!と引きずられてしまう新一は電話をしようとするが、園子にスマホを奪われてしまったのだった。

(博士や赤井さん、降谷さんに殺されるかも…)

新一がそんなことを思っている頃、志保は真純に促されて滞在しているホテルへと着いた。
メアリーも解毒剤を飲み、何回か会っただけだが実は気になっていた。

(……お母さんのお姉さん…)

事前に連絡をしていたのか、彼女は快く出迎えてくれた。
やはり赤井さんや真純ちゃんに似ている……いや、この場合は赤井さんと真純ちゃんが彼女に似ているのだろう。しかし、真純ちゃんがいうには志保もママに似ているよという。
そういえば、まだ彼女の正体が知らない時に、コナンが似ていて驚いたと言っていたのを思い出した。
そうなるとやはり自分は母親似なのだろう。

「ただいま、ママ!志保を連れてきたよ!」

「よく来たな、入りなさい」

「……こんにちは」

部屋に招き入れられ、ルームサービスを頼むと志保は緊張しながらもメアリーに話を聞いた。

「明美とはどうにかして会ったことはあるのだが、何分短い逢瀬でな、奴らから監視もされていただけにエレーナはともかく宮野厚志とはあまり面識がないのだ」

「……そう、なんですか…」

「すまないな、がっかりさせてしまって。だが、これを志保に」

メアリーは立ち上がると少しばかり傷んでいるポーチを取り出した。中から取り出されたのはしっかりとした作りのミニアルバムである。
それを開き、志保へと渡してきた。
なんだろうと、そのページを見た志保が瞠目させる。

「これ、」

「ああ、エレーナが生前私に送ってきたものだ」

「なになに?」

見たことがないのか、真純も横から覗き込んだそれは4枚程度の家族写真。
エレーナと宮野厚志のツーショットから、生まれたばかりの女の子──明美だろう──を抱く三人の写真、そして、少し大きくなった明美と赤ん坊を抱くエレーナ、宮野厚志、明美が赤ん坊を抱いているツーショット。

「その赤ん坊は志保だな」

「…………一緒の写真があるなんて……」

「恐らく明美も持っていなかったのだろう?」

「えぇ、こんな写真 見たことがないわ…」

姉から両親の話を聞いた事はあったが、志保が赤ん坊で、明美もまだ幼い頃だったせいか遺品などはあまり残っておらず写真も全て処分されていたようだった。
だから、志保は両親の顔は科学書に残っていたどこか暗い顔をしている二人しかみた事はない。しかし、この写真では

「……………笑ってる…」

母が慈しむような微笑みを浮かべ、明美と志保を抱いているのだ。父もこのように穏やかな笑みを浮かべられる人だとは思いもよらなかった。

「エレーナは私と同じで美しいのだ。笑えばそれこそAngelなのだぞ」

「ママ……私と同じでって…」

真純がメアリーに突っ込むがスルーされた。

「志保、お前はエレーナに似ている。あの子がHell Angelと呼ばれていたにせよ、それはお前が地に堕ちた天使になる訳ではない」

「……メアリー、さん」

「ふ、きちんと笑え。お前らしくな」

「………ありがと…」

戸惑いながらも、ふわりと笑みを浮かべた志保にメアリーも微笑み、真純は感極まったのか「志保が可愛くて死ぬ!」と分からないことを言って抱きついたのだった。
写真は持っていっていいぞ。コピーはしているし、データとしても保存しているからなと言うメアリーに甘えて、志保は4枚の写真を大切そうに手帳に挟んだ。
「送っていく」という真純の言葉に買い物もあるからと断り、志保は商店街へと足を向けた。
途中、雑貨屋に寄ってミニアルバムを購入したのはもらった写真を入れるのはもちろん、博士との写真も、あとは少年探偵団の写真も大切にしまいたいと思ったからだ。
スーパーに寄って、食材を買った。機嫌がいいからか今日は(豆腐)ハンバーグにしようとした。無意識に新一が好きなメニューなのは彼が食べに来るのに慣れてしまっていた為だ。
だからこそ、忘れていたのだ。
スーパーから出ようとした時「宮野!」と声を掛けられた。
振り向いた先には新一と、蘭の姿があった。
新一の手には大きな買い物袋があり、二人が仲睦まじく並んでいることに現実に戻された気分になった。

「オメー、先に帰るなよ!」

「………別に約束していた訳じゃないでしょう」

「そりゃそうだけどな」

「えっ、と、良かったら宮野さんも一緒にどうですか?」

「………遠慮しておくわ」

お二人でどうぞ、と会釈をしてスーパーから出た。
後ろで何か言っているが構う義理はない。
それに……無理して誘うことなんてしなくていいのに、どれだけお人好しで気遣いさんなんだろうか。
断った時、明らかにホッとしていたのが見てとれた。
彼が心配してくれるのは、自分たちが稀有な体験をした仲間だからである。
──本当はそんなのイヤだけど、仕方ない。私は特別にはなれないのだから。




END
2017/09/05


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