プロローグ
「私、アメリカの学校に行きたい」
「はぁ? オメー、なに言ってんだよ」
「新一には関係ないでしょ!ねぇ、パパ、ダメかな?」
「うーん……急に言われてもだね」
「日本は好きだけど、合わないわ」
可愛い可愛い愛娘の頼みに、作家である工藤優作は手を顎に当て、うーんと唸った。
愛娘の隣にいる息子はそんな娘に文句を言っているが、彼女はお構いなしに自分を見上げている。
来年小学生になるというのに、何故、そこでアメリカの学校に通いたいというのだろうか。
ジッと見つめてくる眸は息子と同じ蒼く聡明さを醸し出しているし、容姿は元大人気女優と詠われている妻にそっくりだ。
そんな可愛すぎる愛しい娘に「行っておいで」とは軽々しくはさすがに言えない。言える訳がない。
「ダメに決まってんだろ!父さん、コイツの話なんか聞かなくていーからな!!」
「新一にはカンケーないでしょ!これは私の問題なの!!」
「オメーだけの問題じゃねぇだろ! 大体なんでいきなりアメリカなんだよ!一緒に学校行くの嫌なのかよ」
「…………」
二人の会話を目にしながら、優作はおやおやと可愛いすぎる我が子たちを眺めていた。
新一の言葉にほだされたのか娘が黙ってしまった。しかし、そんな単純なものではないのだろう。
「一緒に通うなんて無理」
「…………………………はっ、はぁあああああああ?!」
「うん、無理。園子ならいいけど、新一や毛利さんは無理」
きっぱりと言い放つ愛娘に優作はまたしてもおや?と片眉を上げた。
園子 というのは同じ保育園にいる、鈴木財閥のご令嬢だ。そして、毛利さん というのはこれまた同じ保育園に通う、妻 有希子の同級生である毛利夫妻の娘の蘭であろう。
そういえば、有希子が紗希が蘭ちゃんを嫌っていると言っていたことがあったが、有希子曰く新一にべったりな女の子に対してヤキモチを妬いているんだろうと、ウチのコ可愛い!と言っていた気がする。
「おっまえ、そりゃどーいう事だよ!なんで俺と通うのが無理だって言ってんだよ!」
「新一だけならまだいいけど、厭なもんは嫌なんだよ」
だから、とこちらを見上げて懇願してくる愛娘に優作は「他の学校に通うのではダメなのかい?」と訊いてみた。
他にも私立小学校はあるのだから、と言えば「ここ(米花)にいるのが無理」だとキッパリと言い放つ娘に優作は加えていたパイプを落としそうになった。
それには新一もショックを受けた。
「なっ!俺と一緒に学校に行くのがそんなに嫌なのかよ!!」
「別に新一と一緒に行くのが嫌だとは言ってないでしょ」
「言ったじゃねーかよ、さっき」
「無理って言っただけじゃない。嫌ではないわよ」
「二人ともケンカは止めなさい。紗希、とりあえずは他の学校を考えてみようか、有希子は?」
「ママならお買い物に出掛けてるわよ」
「そうか。紗希子、流石にアメリカに行かせる事は出来ないよ」
「…………………分かったわ。パパ、無理を言ってごめんなさい」
「へ、ザマァみろ」
ペコリと頭を下げる娘に息子がけしかけるが、娘はそんな弟に一瞥をしただけで書斎から出ていくのを、息子は慌てて追いかけた。
ただ、足を止めたかと思えば、息子は振り返り「ぜってー、紗希をアメリカにやらないでな」と告げて、また彼女の後を追いかけた。
やれやれ、と頭を掻きながら机に向かうも、娘の事に頭を巡らせる。
一体、どうしてそんなにもアメリカに行きたがるのか分からない。
小学校くらいまでは日本に居てもいいではないか、とは思っている。が、それほどに嫌なんだろう。
おそらく、あの毛利 蘭という少女が。
有希子が言う可愛いヤキモチとかならば、微笑ましくも思うが、どうもそうでもないようだ。
どんな理由があるのかは分からないが、それを暴きたいと思わないのは娘に嫌われたくないからだろう。
作家としてはあるまじき行動だが、一端の娘に甘い父親であるのは自覚している。
この地上に於いて、共に生きていきたいのは無論、妻の有希子であるが、命を擲ってでも助けたいと思うのは愛しい我が子たちだ。
依怙贔屓するつもりは毛頭ないのだが、娘の方にやや軍配があがるのは父親だから、といったところだろう。息子に対しては共に色々な事をしたり、教えたりという楽しさはあるが、娘には嫌われたくはないのである。
まずは有希子が帰ってきたら、相談してみよう。
流石にアメリカは無理だが、他の学校に通わせるくらいは出来るはずだ。
パソコンを立ち上げ、良い学校はないか探し始める自分に苦笑するのだった。
プロローグ
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硝子越しのキミへ花束を / top