教師の特権

名探偵コナン

「はーい、じゃあ今日はここまでなー。あ、灰原さん、プリント集めて 放課後 持ってきて下さい」

授業終了の鐘がなり、廊下側に座る彼女に声を掛けた。今日の放課後までの課題プリントの収集を頼む為に。
灰原と呼ばれた女生徒は、教壇に立っている黒羽快斗先生を見上げて、それは面倒くさそうに「はい」と応えたのだった。

「灰原さん、俺も手伝うよ」

彼女の席の隣に座る男子生徒が急かさず名乗りを上げたのは、彼も同じ日直であるからだろう。
「センセ、俺もやるよ」とこちらを見る輩に、快斗は口の端を上げて「そっか、じゃあ頼むな」と声を掛ける。
よっしゃ、とガッツポーズをしているのは仕事を任せられたからではなく、彼女と放課後まで一緒にいられる口実が出来たからだろう。
先に頼んだ彼女は肩を竦めながらも応えることはなかっったが仕事はきちんとしてくれるのは分かっている。なんたって我が校が誇る全国模試首席であり、優等生様なのだから。
しかも成績優秀だけではなく、容姿端麗という天が二物を与えた結果、彼女は我が校のマドンナ的存在である。
彼女の親友は我が校のアイドルとして存在し、彼女らが幼なじみとして育ってきた男子二人としか交流がないのは、先生としてはあまりよろしくはないが、個人としては万々歳である。
黒羽快斗にとって、灰原哀という女生徒は可愛い教え子であると共に特別な存在である。
さて、どうやって彼女と二人きりになろうか、と考えながら持っていた出席簿等を脇に抱えながら、視線をもう一度向けると教室の後ろにある黒板に「プリント提出は日直まで」と書いていたのが見えた。

(ほーんと、なんだかんだいって優等生だな)

フッ、と笑いながら黒羽快斗は職員室へと戻ったのだった。
その後も授業をこなし、昼休みになり、弁当を開けていると「黒羽先生は今日もお弁当なんですね」と自分より後に入った新任の先生に訊かれた。
まだまだ学生気分が抜けていないのか、バサリと長い髪を耳に掛けながら、胸元が開いたスーツを着用し、スカート丈も短い上にやたらとタイトで、こりゃ男子生徒には目の毒ではないかと思う位だ。

「えぇ、まぁ」

「とても美味しそうですよね、お料理上手なんですね、お母様」

「いや、これは…」

「あ、すみません。恋人からのなんですか?」

訴え掛ける眸は見ない振りをして、快斗は「えぇ、まぁ」と答えれば、ガッカリしたような顔をされた。

「そうなんですね」

そそくさと離れる教諭に苦笑いをしながら、快斗は愛しい彼女が作ってくれた、お弁当を咀嚼したのだった。
そして、思い出したのはプリントを一緒に持ってくると言っていた男子生徒の事。
彼は何部だったかなーと思い出した時に、その顧問が目に入り、にやりと笑ったのだった。



放課後、準備室にいると、コンコンと扉がノックされたので快斗は座っていた事務椅子から立ち上がると扉を開けた。
そこには大したことのない枚数のプリントを持った灰原哀の姿があった。

「どうぞ、灰原さん」

「このまま、先生が受け取ってくれてもいいんじゃないかしら?」

「そんなこと言わずに、ご褒美に飲み物用意したから」

「……はぁ、プリント、どこに置けばいいですか?」

「机の上にお願いします」

彼女が入ると同時に周りを一瞥してから、ピシャリと扉を閉めたのだった。

クラス全員のプリントと言えど、本当に大したことはなく、哀はひょいと机に置いて振り向いた。

「先生、じゃあ、私、帰りますね」

「えー、せっかくご褒美あげるのに」

ひらひらと両手をみせながら、一旦握り、再び手を開くと快斗の手にはココアがあった。

「はい、ご褒美」

「……私、珈琲派なんですけど」

「いーじゃん!たまには甘いのも摂った方がいいよ? 前回の模試も全国一位だったみたいだし」

「そうなんですか?」

「君の担任が自慢気に職員室てま話していたよ」

「聞いてないですよ」

「さっき、連絡があったからね。明日の朝、言われるんじゃないかな?」

「……面倒ね、」

ふぅ、とため息を吐く彼女に笑えば、一瞥してくる彼女に微笑んでみせた。

「………黒羽先生は、せっかく生徒が自主的にお手伝いをするのを邪魔するの、趣味なのかしら?」

「そんなことはないけどなー。まぁ、でも…」

するりと彼女の頬に手を滑らせる。
きめ細かい白い肌は化粧なんていらないな、と毎日思いながら快斗は口づけた。

「可愛い哀ちゃんに近づく輩は許せないなぁ」

「職権濫用ね、ダメよ」

「教師の特権だし? なにより、君に近づいていいのは夫である俺だけだからね」

「とんだ特権よね」

クスッと笑う彼女はペチりと快斗の顔を手で押すと、「じゃあ、お先に失礼します」とスカートを翻して出て行ってしまった。
ちぇーっと頭を掻きながらポケットに手をいれると、カサリと触れるものがあった。
それを広げると快斗は笑みを浮かべる。

『お疲れ様、早く帰ってきてね。 哀』

あー、と額に手を当てながらさっさと仕事を終わらせて帰ろうと決意すると同時に早く彼女を抱きしめたくなる。
だって彼女は、自分の愛してやまない可愛い──

「………可愛いなぁ、俺の奥様」

だからだ。
よし、と決意すると快斗は仕事に取り掛かる。
家に仕事なんぞ持ち込みたくはないからだった。





END
2017/10/22


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