触れて欲しいのに
始業の鐘が鳴り、ざわざわと騒がしい教室に担当教科の先生が入ってきた。
「ほらー、チャイム鳴ったぞー」
席につけーと、廊下にいる生徒たちに声を掛け、授業が始まった。
「んじゃ、先日のテスト返却するぞー。名前呼ばれたら取りにこい」
いやぁだの、いらないーだのと声が飛び交う中、黒羽先生は愉しそうに笑っている。
誰かが「先生、その笑い方やめろよー」等と言えば、悪趣味を曝すように「この瞬間が愉しいんだよ」と教師らしかぬ事をいう先生に哀はため息を吐きたくなる。
(クビになるわよ)なんて心の中で思いながら、多分、彼は教師を続ける気はないだろうと知ってるのだ。
「戸谷〜……次もこの調子で頑張れよ」
ポンと、肩を叩いている姿に心がざわりとなるも直ぐに「灰原」と呼ばれた。
教卓のそばまでいくと、教師モードでありながらも優しげな眸がこちらを向いている。
ふわりと頭に手が乗せられ「今回も凄いなー」と誉められてしまった。
直ぐにその手は退けてしまったが、次の生徒の名前が呼ばれ、哀はいつも通りに席に着いたのだった。
テスト返却が終わると答え合わせを始めたが、教壇に立つ黒羽先生に女生徒たちは「やっぱ、カッコいいよね」「先生に褒められたくて頑張った」などと声を耳に入る。
満点だった哀は答え合わせを遠くで聞きながらも、背後の女生徒の声に聞き耳を立てていた。
「黒羽先生って彼女いるのかな?」
「今年入った渡部なんてあからさまに狙ってるよね」
「でも黒羽センセ、彼女いるみたいだよ」
「マジで?!」
「うそぉ〜」
会話を耳にしながら、哀は今夜の献立を思案する。
彼の嫌いな魚はあまり出さないようにしているが肉ばかりも問題だ。昨日は和食にしたから、今夜はイタリアンでもいいかもしれない。
チャイムが鳴り、ガタガタと椅子の音が騒がしく響く。ちらり、と見れば数人の女生徒が彼に近づいているのが視界に入る。
簡単に彼に触れている手を見て、ついぐっと拳を握りしめてしまった。
あんなのは生活していれば普通であるし、普段は気にしないが、何故か気になってしまった。
先程のテスト返却でも気になったのは言うまでもない。スキンシップといえば聞こえがいいが、彼は優しく誰彼にでも触れるのだ。
自分にも触れてくれたのに、それを払ったのは他ならぬ自分で……。
(………あぁ、なんだろう…)
今すぐ抱きしめてもらいたいなんて思うのは。
モヤモヤした気分で家路につき、無意識というか習慣できちんと夕飯を作り、一通り家事を終えた。
帰宅するまでまだ時間に余裕はある。
リビングのソファーに寝転び、意味もなくテレビをつけてはチャンネルを変えていくも特に見たいものはない。
ソファーに並ぶ、二人のクッションを掴み、抱きしめた。
(………早く、会いたい…)
それでもまだまだ帰宅する気配はなく、哀の瞼はゆっくりと閉じられたのだった。
ガタコト、物音がして、哀はゆっくりと意識を覚醒させる。
寝てしまっていたのかと、目を開けるがなにかがおかしい。自分はどこで寝ていたのかと身じろぎすると、頭上から声が掛かる。
「あ、起きた? ただいま、哀ちゃん」
「………お、かえりなさい…」
「ん? まだ寝ぼけてる?」
そっと手を伸ばしたからか、少しキョトンとする快斗に哀は引っ付いた。どうやら膝枕をされているらしく、仰向けにすると見下ろしてくる快斗が哀を見つめていた。
「……快斗くん…」
「哀ちゃん…?」
ぴとりとくっつけば戸惑っているようで、なんだか可笑しくなるのは気のせいだろうか。
「どしたの、哀ちゃん」
「………快斗くんに触れたいの…」
「……触れ……」
「うん、」
素直に言ってみたものの、後から自分の言動があまりにもらしくなくて、何も言わずにいる快斗からの視線に堪えきれずに哀はクッションを持つと自分の顔を押し付けた。
「ちょ、哀ちゃん? 何してるの?!」
「気にしないで!」
「いやいやいや、気にするよ!」
「………だって、私らしくなかったわ……忘れてちょうだい…」
ますます恥ずかしくなり、クッションに顔を埋めたままにしていたが、ぐいぐいとクッションが引っ張られる。
力の差は歴然で、クッションを奪われ、両手で顔を隠したが、それも両手で掴まれてしまった。
見られたくなくて、顔を逸らしたものの、何の反応を示さない彼をちらりと見れば、多分、きっと自分以上に真っ赤になっている。
「………か、快斗、くん…」
どうしたの…?と問いかければ、チュッと軽いキスが唇を掠めた。
「あ〜〜、もぅ!哀ちゃんが可愛すぎる!!」
「……快斗くん…」
「俺だって、哀ちゃん見るたびに触れたいんだよ!学校でだって、いっつも抱きしめたいって思ってるよ」
またチュッと唇が触れる。
「………そうなの…?」
「そうだよ!哀ちゃんに触れる為にわざわざ 他のみんなを誉めたりしてさ……あ、言っとくけど他の子には仕方なく触れてるんだからね!」
哀ちゃんだけだよ、と話す彼に哀はおかしくて笑ってしまった。
「哀ちゃん?」
「それなら、そんなことしなくてもいいわ……。あなたが他の人に触れるよりはいいもの。それに、家に帰ればあなたに触れられるんだもの…」
手を伸ばし、彼の頬に触れれば腕を取られ、そのまま深い口づけをされる。
はぁ、と息が吐かれるのが部屋に響いた。
ぐっと力を込めて触れてくる彼の真意をきちんと理解した哀は腕を首へと絡めた。
「……明日の朝は、あなたが朝食を作ってくれるのかしら?」
「朝食でも昼食でも、なんなら夜も作ってもいいよ?」
「……あら、明日はあなたが家事をしてくれるの?」
「奥さん次第かな?」
ぐっと身体が持ち上げられる。行き先は二人の寝室だ。
「……晩御飯、食べないの?」
「まずは、奥さんを頂いてからかな」
チュッとまた口づけをしてから、二人は長い夜を過ごすのだった。
END
2017/10/29
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君は俺の可愛い若奥様 / top