名前で呼べず、あだ名で君を

名探偵コナン

「今日も氷の君は美しいな」

聞こえてきた声に快斗は、廊下から外を見ればそこには愛しの彼女が友人とお弁当を広げているようだ。

『氷の君』── 彼女のあだ名というべきなのだろうか、諸説は様々である。
告白が絶えない彼女は、たとえ学校1人気がある男子であろうと断り続けているし、直接呼び出されない限り、多分靴箱や机、ロッカーに入っていた手紙の呼び出しには応じないことから、冷たい女という意味でも呼ばれていた。
しかし、一番は昨年の文化祭で彼女は親友の彼女とコスプレをしていたからだろう。
数年前に流行った『氷の女王』をモチーフにした姉妹愛と言ってもいい話の姉役を。
彼女にぴったりと云っても過言ではないくらいに、ブルーに雪を散らしたドレスはとても綺麗だった。
その格好の写真を撮りたくてねだったくらいで、学校ではなく、自宅で撮らせてもらったし、それを脱がした際のわくわくさも楽しかった。
だからだろうか、それ以来彼女の事を『氷の君』と呼ぶ事が増えたという。流石に『氷の女王』とは呼べないし、『姫』というよりは『女王様』なイメージが強いが、流石にそれはと男子の中で『氷の君』となったのだった。
そのようなあだ名で呼ばれるくらい彼女は高嶺の花である。そんな彼女の夫としては彼女の美しさは誇らしくあるし、それが自分のモノだと思うと優越感があったりして、俗物だなと思いながら愛しの奥さんが友人らとお弁当を食べているのを眺めたのだった。
無論、彼女を盗み見にしていた奴らは用事があるといって雑用にかり出したのは、意地悪ではない。


帰宅をして、哀ちゃんが作る温かいご飯を味わった後、中庭でお弁当を食べていたのを見たよと告げた。

「やぁね、こっそり覗き見なんてしていたの?」

夫婦らしく仲良くソファーに並んで座り、1日の事を振り返って話すと、クスクスと可愛らしく笑う彼女のこめかみにキスを落とした。

「哀ちゃんの事はいつだって見つめていたいからね」

「まるでストーカーみたいじゃない」

「まぁ、それは近いものはあるかもね」

なんたって彼女の傍にいる為に、マジシャンという仕事を休職し、教員資格をわざわざ取ったのだ。
ちょっとした裏技を使って帝丹高校の教師にしっかり収まったのは彼女の近くにいる為だ。

「それもそうね」

「こら!旦那様に向かって酷くない?」

少しだけ白く滑らかな頬を指で挟めば、「痛いわ」と笑いながら口にする彼女にまた口づけをする。

「そういや、今日も呼ばれていたよ、『氷の君』」


からかうようにそう呼べば、哀ちゃんの顔が曇ったのが分かった。

「哀ちゃん……?」

「あなたはそんな風に呼ばないでよ」

少しだけ唇を尖らせて彼女は呟いた。
「なんで」と問いかければ、自分が冷たい女だとは分かっているという。
あれ、一番有力な話を知らないのか?

「哀ちゃん! 氷の君ってのは君が冷たい女とかじゃなくてね、「私!あなたにはちゃんと名前で呼ばれたいわ」哀ちゃん…」

説明しようとしたが、思いがけない反論に驚いてしまう。
え、と思うよりも、彼女が下から見上げるように快斗を見つめていた。

「……哀ちゃん……」

「ワガママだって分かってるわ、学校では呼べないことは。でも……」

「うん、ごめん」

何か勘違いしているのもあるが、快斗は哀を抱きしめて謝った。

「ごめんね、傷つけちゃったね。本当は俺も呼びたくないんだよ、学生とはいえ、俺の哀ちゃんがそんな風に呼ばれてたりするのは、嫌だしね」

「……私、快斗くんに『灰原さん』って呼ばれるの嫌じゃないわ。あだ名は嫌だけど」

「『灰原さん』は嫌じゃないの?」

「だって──高校生の間だけだもの。快斗くんがそう呼ぶのは」

ふふっとどこか面白そうに笑う彼女は、いつぞや会ったことがある"小さな名探偵"を思い出してしまう。

「俺は早くいつでもどこでも『哀ちゃん』って呼びたいよ」

特に君に群がろうとしている男子生徒の前では特にね、と笑う快斗に哀は自分だって学校でも、どこでも快斗くんと呼びたいし、手を繋いで歩きたいと思っている。無論、彼に憧れている同級生たちに彼は自分のモノだと牽制したい時もある。
でも、自分たちは正式に夫婦であっても、教師と生徒は禁断の関係と言われるのだ。

「もうあだ名では呼ばないからね」

「約束よ」

約束をするように軽く唇を合わせていたが、次第にそれは深くなっていく。
明日も学校はあるが、一緒にお風呂に入って寝るのは夫婦では当たり前である。
快斗は哀の手を取ると、寝室へ向かうのだった。



後日、『氷の君』というあだ名はひっそりと続けられているのだった。

『氷の君』と呼ぶがいい。
でも彼女を『哀ちゃん』と呼んで良い異性は快斗のみだけであった。




END
2017/11/12


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