例えば君がいなくなったら

名探偵コナン

ジーワ ジーワ と茹だるような暑さの中を工藤新一は学校へと通う。
厄介な事件だった黒ずくめの組織との闘いは世界各国の捜査機関の協力の元、壊滅に追い込むことが出来た。あの方と呼ばれるボスや幹部たちは各国の捜査官らと死闘を繰り広げ、確保出来たのは数人くらいで、主なコードネームを持つ奴らは死亡という結果に終わった。味方とて損害はあったり、死亡した捜査官もいた。
残りは残党狩りで主にFBIと日本の公安が下っ端を捕まえているようだ。新一も協力することを願い出たものの、いいから早く学生の本分…勉強しろと言われるじまいであった。
そもそも、工藤新一は高校生であり、警察の救世主と言われる高校生探偵であっても、身分は一般人と変わらず、逮捕権など持つことはない。
いくら彼に助けられたとしても、その線引きは大事なのだと、言われてしまえば確かにそうだとしか言いようがなかった。
それを知らない新一は手伝うのになどと考えていたが、なんとか高校三年になれたとはいえ、高二の授業をまともに受けていないので、復帰してからずっと放課後は補習、土曜日も補習、無論夏休みも補習、補習、補習の嵐である。
お陰で、思いが通じあった恋人であり、幼なじみの毛利蘭と遊びに行くことも出来ずにいた。

「あぢぃ…」

視界に入る地面がゆらゆらと陽炎が見える。
逃げ水だな、と思いながら、歩いているとはしゃぐ声が向こうの通りから聞こえた。
聞き覚えはないから、アイツらではないと分かるがなんとなく反応してしまう。
プールに行くのか、プールバッグを手にしながら走る小学生たちを視界に入れる。

「………元気だなぁ…」

それでも数ヶ月前までは己もあんな風に小学生の中に入り、走り回っていたのだ。
あの頃は良かったよな…とついつい思ってしまうのは逃避だと分かっている。
夏休みに学校へ補習という地獄を朝から夕方まで味わっていると、小学生はなんて楽だったんだろうと思ってしまうのは仕方ないかもしれない。
勉強も宿題も簡単で、早く下校しては探偵団のアイツらと毎日サッカーしたり、遊んだりしていたのだ。まぁ、よく事件に遭遇しては危険な目にあったりしたが……。
そういえば、彼らは大丈夫だろうか。まだ少年探偵団を行っているのだろうか。
隣に住む科学者の彼女が「もう事件になんて巻き込ませないわよ」と苦笑いしていた。
「事件を呼ぶ人がいなくなったから、至極平和よ」とシニカルな笑いをしていたのを思い出す。

「……俺が事件呼んでる訳じゃねーよ…」

苦々しく思いながら、呟いた。
ようやく見えた学校へと入ると、じりじりと暑いのは変わらないが校内は外よりは幾分マシであった。
首もとに流れる汗を手で拭い、教室へ入ると壁に掛けられた扇風機が動いていた。
どうせなら、エアコンが効いているであろう図書室で補習して欲しいが、他にも生徒がいるからダメだと言われれば何も言えない。
そもそも進級させてもらったのは『工藤新一』が特別だというよりは『工藤優作』の働きかけであっただけで、補習についてはみっちり、特別扱いしなくていいという彼の一言でこんな事になっている。
まぁ、あまり特別扱いされるのは微妙だし、もしそれをされたら、隣の少女に『甘やかされてるのね』と笑われるであろう。
あれ、なんで灰原の事を考えるのだろうか、そんな事を思いながら、教卓の前の席に座ると同時に、教科書を持った先生が現れた。

「おはよう、工藤くん。今日もキリキリやるから覚悟しなさいね」

「……ぅぃーす…」

カバンから教科書を出して、授業を聞くことにした。


夕方まで補習に付き合ってくれた教師には悪いが、夏休みなんだし、短くしてくれたっていいのになんて思うのは、遊びたい盛りの高校生だからだ。
しかし高三であるのだから、他の同級生らは予備校やら夏期講習で忙しいのを分かっている。
そもそも無料で学校の先生からマンツーマンで勉強を見てもらうなんておかしいのだが、仕方がない。補習なのだから。
昼間よりは日光の力は弱まるが、地面の熱はやたらと暑く、夕方でも汗が噴き出す。
早く家に帰って冷房の効いた部屋でゴロゴロしてやる、あー、夕飯はどうしようか、蘭に作ってもらおうかなんて考えて、そういえば園子と和葉とバカンスだと言って出掛けたのであった。
本来なら新一も行く予定ではあったが、学校からの補習はキツキツに詰められていたし、警察から呼ばれない限りはサボれば留年だと父親と学校から言われていた。どうにかして行こうと考えたが、一緒に卒業出来ないのは困ると蘭に言われてしまい、諦めざるおえなかった。
服部も「工藤がおらんならいかん」などと言っていた。
はぁ、とため息を吐いて、こうなったら隣家に頼もうと博士にメールを打ったのだった。
せめて、お土産にアイスでも買っていこうとコンビニに寄り、物色しているとスマホに連絡が入る。
博士からだが『ワシと二人だけじゃと食べに出た方がいいじゃろ。家に来てくれ』という返信に新一は眉を顰めた。

──二人だけ? 灰原はどうしたんだ?

疑問を抱き、持っていたアイスを戻すと店外へと出る。むわっとした空気にまた充てられ、顔を顰めた。
博士へと電話をする。1コール、2コールで博士が出た。

『なんじゃ、新一?』

「あ、いや、あのさ、土産のアイス選んでたんだけどよ、博士は何がいいんだ? あと、灰原は?」

『ワシはクリーム系がいいのぅ。というか、哀くんならおらんぞ?』

「アイツ、どっかに行ってるのか?」

少年探偵団のみんなと遊んでいるとか、歩美ん家に泊まりとか?などと不在の意味を考えていると、思いがけない言葉が耳に入ってくる。

『哀くんなら、赤井くんに連れられてアメリカに行ったぞ?』

「────は?」

『なんじゃ? 聞いてなかったのか、赤井くんが哀くんの面倒を見ることに───』

博士の言ってる意味が分からなくなった。
え、なんで、いきなり、聞いてない
そんな言葉が頭の中でぐるぐる回る。
不意に、灰原から解毒剤を貰って『江戸川コナン』から『工藤新一』に戻った時の事を思い出す。
どこか、寂しそうな、悲しそうな、そんな顔をしていたのを──。

「………いつ、戻って…くるんだ……?」

『いつと言われてものう、詳しくは教えてもらえなかったからのぅ…』

少し寂しげに話す博士の声に、あんなに暑かった熱がすぅ、と引いていく感じがする。
新一はぐっと胸を掴んだ。
なんだろう、この空白感は。胸にぽっかり穴が空いたような感覚に新一は困惑した。





朝、新一が見たゆらゆら揺れていた陽炎はとっくになくなっており、逃げ水も既に消えていたのだった。





END
2017/10/10


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