平気じゃないのはたぶん自分

名探偵コナン

風呂から上がり、ふらふらとベッドにダイブした。
机の上にあるスマホがチカチカと光っているのが目に入り、身体を起こし、なんとなく重い腰をあげて机へ近寄った。
画面を見るのに期待し、でも違うと諦めながらも画面に表示されている名前を見て、改めてガッカリした。分かっていたのに、諦めていたのにも関わらずガッカリ度が酷い。
そのまま、ベッドに仰向けに倒れ込みスマホを掴んだままに目元に腕をのせた。
早く、折り返し電話をしなくてはならないと頭では理解している。夕方に着た電話にも出なかったのだから……。
コナンだった時程ではないが、離れていると蘭からの連絡は多いと思っている。
コナンとして傍にいた新一にとっては正に四六時中一緒にいたが、蘭はコナンが新一だとは知らずにいたのだ。珠に会えただけなのだから、彼女が心配性で寂しがり屋なのは知っているし、恋人なのだから離れていても声を聞きたいのは当然で……。
わかっている、わかっているはいるのだ。しかし、今、新一が会いたいと、声が聞きたいと思うのは恋人の蘭ではなく、隣にいた筈の小さな相棒だった女の子で。
それがなんなのかは、わからない。きっと分かってはいけない事なんだと新一はそれを追い出すように深いため息を吐いた。
明日もどうせ朝からずっと補習なのだから、すぐに寝てしまえばいいのだが、眠気なんてどこにもなくて、腕を上げた。
スマホを見ると、着信と共にLINEにも連絡が着ていたようだが、下手に既読を付けないようにタップしてスライドして眺めていく。
やはり心配してくれていたようだ。
補習お疲れ様から、電話出れないの?、事件?、ご飯食べた? などというメッセージばかりで、フッと新一は口の端を上げた。
有難いと思っている、だけど今は返信する気分でもなくそのままスマホを充電器に収めた。
頭をガリガリと掻いて、通学バッグに明日の補習科目の教科書類を入れると、またピロリンと通知音が鳴る。
思ってはいけないと思いながら、スマホ画面を見て、瞠目した。

「灰原からだ!」

思わず出た声に、室内に響いた気がしたが画面をタップする。

『博士から聞いたわ、伝えるの忘れてたけど今はアメリカにいるわ』

素っ気ないメッセージに直ぐ様返信をする。

『いつ 帰ってくんだよ』

『未定よ。それより博士と食事するのは構わないけどあまりカロリーが高いのは控えてちょうだい』

『未定ってなんでだよ』

『未定は未定よ。まだ決まってないから』

『なにがだよ』

『秘密』

なんとなく画面の向こうで彼女は笑っているんじゃないかと思い、にゃろ…と思いながらも『秘密』と返信してくる以上は教えて貰えないのではないかと思う。
画面の時間を見て、あちらは既に朝なんだと思いながら、電話してやろうとしたら、着信メロディが流れる。
つい、タップしてしまえばスマホから聞こえる声は恋人のだった。

『あ、新一? やっと出た! もう、何してたのよ!』

「……あ、あぁ、わりぃ……。ちょっと、な」

『また事件で呼ばれてたの?』

「あー………あぁ、まぁな…」

『そっか、解決したの?』

「………あぁ…」

『…………大丈夫? 疲れたの?』

「……ちょっと、な。補習終わってすぐだったし、悪いな、電話に出れなくて。そっちはどうだ?」

『こっちはものすごく楽しいよ!園子のお陰で部屋からの眺めも最高だし! 新一も来れれば良かったのにな…』

ベランダにいるのか、肝心の園子たちの声は聞こえないし、風の音が聞こえる。

「悪かったな、補習でよ」

少しだけしんみりする蘭に明るく答えれば、彼女は電話の向こうで笑ったのだろう、ぷっ!と口から漏れた音が聞こえる。

『今日は何の科目だったの?』

「世界史だよ、頭に入ってても単位は必要だからって授業されたし、後は化学も…」

『そっかぁー、大変だね!でもやっぱり一緒に卒業したいから頑張ってね、新一!』

「あぁ……じゃあ、もう寝るからよ、お前らも夜更かしすんなよ」

『えー、多分夜更かしはするよ、園子が夜食頼んでたし』

「園子に言っとけ、夜食うと太るってな」

『ちょっと!やめてよ!』

「じゃあ、さっさと寝ればいいだろ」

『もう、相変わらずつまらないわね。………じゃ、じゃあ、新一はもう寝るんでしょ?』

「……あぁ、じゃあ、おやす『お、おやすみ!チュッ!!』」

耳に入ったのはリップ音で、彼女がそれをする為に電話を掛けてきたというのは分かった。
多分、絶対、園子に唆されたのだろうが、昨日までであればそれはきっと照れ臭くて、恥ずかしながらも嬉しさで早く蘭に会いたくなるような事だったはずなのに、何故だろう。
心が、重くなった───。
通話が切れた画面には灰原とのLINEがあるが、既に会話は途切れてしまっていた。
そして、一言だけ『私は平気だから、心配はいらないわ』とだけあった。

平気って、なにが?
心配はいらないって、心配なんてしていない。

そんな事思いながらも、ズキンと胸が痛くなった気がした。
まるでこちらには戻らないのではないかと思わせる言葉に心臓がドクドクと恐怖で高鳴っている。
いや、誰も帰らないなんて言ってない。
でも、何故か、そんな気がしてならないのだ。

また着信音が鳴って、画面を見る。躊躇なく出ればそれは西の親友だった。

『よー、工藤!』

「なんだよ、こんな時間に」

『なんや? なに拗ねてんねん、しゃーないやろ、旅行行かれへんかったんは工藤が補習「どうでもいいだろ」なんや、急に?』

そんな話はどうでも良かった。
旅行は確かに行きたかったさ、昨日までは。

「………なんでもねぇよ…」

『どう聞いてもなんでもあらへんやん。なんか捜査で詰まったんか?』

「ちげーよ」

『まぁ、工藤の場合、頼りになるちっさい姉さんおかるからまだえ「いねーよ」は?』

「灰原はもういねーんだよ」

『ちっさい姉さん、どっか行ったんか……?』

「……アメリカに行ってる…」

『なんや、旅行か? どーせ、すぐに帰って「知らねー…」………なぁ、工藤?』

ついつい言葉に剣を及びながら話していると、服部が窺うように訊いてきた。

『なに、イライラしてんねん。まさかちっさい姉さんがおらんからとか言うなよ?』

ドキン、と胸が鳴った。
答えずに、沈黙したままでいると、どこか茶化すように服部が話し出した。

「………………」

『何黙ってんねん。図星か? なんや、工藤はちっさい姉さんおらんと何も出来んのかいな、そんなん惚れとんちゃうん? なんてな、浮気なんかしとると毛利の姉ちゃんから空手食らうで…』

うしししし、とからかうように笑う服部に、呆然とした。服部というよりは、服部の言葉に。

惚れてる? 俺が? 灰原に?
まさか、大体俺には毛利蘭という特別可愛い恋人がいるのだから何を言ってんだ、と思いながら顔が赤くなるのが分かる。
熱い、なんでだよ、とクローゼットに填められている鏡を見れば耳まで真っ赤で、はぁ?!と声を上げた。

『なんやねん!いきなり大声出しよって!』

「…………なぁ、俺、どうしたんだろな…」

『はぁ? 何がやねん』

「俺、灰原がいなくなったって聞いてから、アイツの事ばっか考えてるんだよ、」

『……く、工藤……?』

「なんでだよ、なんで、アイツ、勝手に……」

いなくなるなよ、傍にいろよ、隣にいてくれよ、平気なんて言うなよ……

電話の向こうで服部が何か言っていたが、耳には入らなかった。





END
2017/10/15


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