ご褒美=(イコール)君

名探偵コナン

「シュウから連絡来たわ」

「何かあったの?」

「早めに帰宅して欲しいって言ってるわ」

「まぁ、もうそこだけどね」

哀へ頑張ってるご褒美だとジョディが買ってくれた洋服のショッパーを肩に掛け、建物へと入る。
なんのご褒美かはよく分からず、首を傾げれば『まずは 一人でアメリカに来たご褒美です』とにこやかに笑った。
出会いは怪しんでいただけに、子供扱いをされると戸惑ってしまう。しかし、それでも『志保』でもまだ未成年ですよ、と言われてしまい驚いたものだ。
確かに宮野志保は本来の年齢ならばまだ十代なのだ。ほぼ、二十歳だといってもいいが、彼らから見れば志保はまだ保護される立場であった。
大人にならざるおえなかった『志保』からすれば、子供扱いは止めて欲しいが、『哀』として生きる以上はまだまだ子供である。こんな姿では一人でだって出歩けないのがアメリカの不便なところだ。
四角い乗り物はガラスの窓から見えるごちゃごちゃな市街を視界の下へ移動する。
それでも高層ビルはいくつも建ち並び、よくもまぁ、こんなに高さを競いあっているものだと思う。

「哀、荷物持ちましょうか?」

「いいわ、あなたがくれたけど私のだから…ありがとう」

「どういたしまして。やはり買い物は女同士で行くのが一番ね」

片目を瞑って笑うジョディに、そうね、と返して部屋まで来た。ドアを開けて中に入ると客人がいるようで声が聞こえた。

「補習は終わりました。それと、蘭とは別れました」

思いがけない言葉とともに、いるばすのない人間の姿に驚いてショッパーを落としてしまった。
音に気づいたのか、ソファーに座っていた人物はこちらに振り返り、自分には今まで向けられた事がない、嬉しそうに口の端を上げて、笑みを浮かべていた。

「シンイチ?!」

驚きで声が出なかった哀とは違い、ジョディが大きな声を上げても、新一はジョディを見ることをせず、ただ翡翠色の眸の少女を見つめた。

「………久しぶりだな、灰原…」

「……なんで、あなたが此処に…?」

「──話がしたくて、会いに来た」

「は?」

そう言うなり、哀が呆けているのをいいことに小さな哀を抱きしめた。

「ちょっ、は? な、なんなの?」

「うおぉぉぉ!こんな小さっかったか?」

「な、なんなのよ、離しなさいよ!」

「───嫌だ、」

ギュッと力を込められ、哀は困惑しつつも、彼に黙ってアメリカに来たことに悪いと思ってしまった。
離してくれないのは困るが、どうしたものかと思いながらも、視界に彼女の足が見えた。

「ね、ねぇ!工藤くん……そろそろ離れ「嫌に決まってんだろ!」で、でも……ぁ」

「Cool Guy! Release AI!」

ゴンっ!と大きな音と共に哀にまで響いた振動にどれだけの強さで殴られたのかは知らないが、御愁傷様である。
「いってぇぇぇぇ」と屈む新一から無事に哀を救出したジョディは「大丈夫ですか?」と抱き上げている。
あまりの早さとジョディの拳骨に赤井も驚き、新一に対しても御愁傷様だな、と思っていた。
哀を床に下ろし、ジョディは新一の前で仁王立ちした。

「Hey, shall we listen to Cool Guy?」

「ジョ、ジョディ先生……力、あんな……」

「Shut up!」

「まぁ、落ち着け、ジョディ」

「シュウ!でもいきなり哀ちゃんに抱きつくなんて」

「外見はどうであれ、哀の中身は19だ。別に構わないだろう。しかし、いきなり抱きしめるのは些かどうかと思うが?」

「……す、すみません。嬉しくて、つい…」

「まぁ、気持ちはわからんでもないが…」

赤井とジョディに責められ、新一はそれでも哀が気になるらしく、ジョディの後ろにいる彼女を身体を傾けて見やれば、こちらを不審そうに見ている。
どうせなら、不安そうな、困惑そうな、それとも少し笑ってとかそんな表情を見たかったのに、そんなジト目で見てこなくても……。
しかし、確信した。こっちに来るまで半信半疑だった気持ちは彼女に会って、確信へと変わった。

「灰原…」

「………なに?」

「会いに来て、迷惑だったか?」

「………別に、そんなことは……」

「そっか、良かった」

にっこりと笑顔で返され、哀はキョトンとしてしまう。新一は(あ、その表情も可愛い)なんて思っているが、赤井とジョディにはどこか懐かしさがあった。
知ってはいたし、理解はしていたが、やはり彼は江戸川コナンだったのだと実感した。

「……………で、いったい、何の用なの?」

ツンとした態度で聞いてくる哀に、新一は首を傾げた。その仕草に哀もまた首を傾げる。

「───だから、会いに来たんだって」

「……赤井さんに?」

「確かに赤井さんにだって会いたかったけど、一番はオメーに会いたかったに決まってんだろ!!」

「なんでよ?」

「なんで、って……その…」

頬を掻きながら、ちらりと哀を見る新一の頬はほんのりと赤い。
ジョディは(あらあらあらあら〜)と盛り上がり、赤井はただじっと見ている。
二人が見ていることに気づき、新一はハッとして哀を掴んだ。

「す、すみません!コイツと二人で話したいんですが……」

「「………………」」

あからさまな二人に、哀は話す事などなかったが仕方ないとばかりに、落としたショッパーを拾い、新一に押しつけた。

「……荷物持って、付いてきてちょうだい」

「お、おお!」

3つ程あるショッパーを持ちながら、嬉々として哀に付いていこうとするが、哀が立ち止まった。
掛けていたショルダーバッグからカードを取り出して赤井へ手渡した。

「はい、返すわ」

「使ったのか?」

「明細を見れば分かるんじゃないかしら?」

ヒラヒラと手を振り、歩いていく哀に赤井はため息を吐くしかなかった。


哀の部屋へと入ると、高層ビルのせいか窓から眺める景色は圧倒的だった。

「なんっだよ、この部屋……」

「夜景は最高よ?」

ふふっとどこか面白げに笑いながら、新一からショッパーを受け取り中身を確認する。袋の角が落とした衝撃で潰れていたが、仕方ない自分で落としたのだから。
それを思い出し、改めて哀は新一を見つめた。
すげぇな!と子供のようにはしゃいでいるのを見て、久々に、しかももう会うことはないだろうと思っていた相手にこうもあっさり会ってしまうとは考えてもみなかった。
それに──さっきの話は本当なのかと疑ってしまう。

「………ねぇ、さっきの事なんだけど…」

おずおずと訊ねれば、さっき?あぁ、と振り返りながら彼は何故か満面の笑みを浮かべている。

「だから、オメーに会いたかったんだって」

「いえ、そうじゃなくて……えっと、それもどうなのって感じなのだけれど………なんで、蘭さんと……」

「あぁ、聞こえたんだ。──蘭とは別れたんだよ」

「どうして?!」

「どうして…って、気づいちまったからよ」

「何によ?」

「何って……えーと…」

「なんだか分からないけど、ちゃんと蘭さんに謝るなりしたら? あんなに喜んでいたじゃない」

「だ、だから…」

「それとも事件にかまけて蘭さんを放っておいたりした訳じゃないでしょうね? 大体 あなたは事件っていうと周りをちっとも見ないで突っ走ったりするから……そんなんじゃ、せっかく元の身体に戻れたのに、蘭さんが気の毒だわ」

饒舌に話す彼女に新一はいちいちグサグサと刃を向けられているようだった。

「あなたフラれたんじゃないでしょうね?」

「フラれてねぇよ!俺がフったんだ!」

「………はぁ?」

「だ、だから…」

「なにしてるのよ?! あんなに彼女の事しか頭になかったあなたが? 蘭、蘭といつでもどこでも言っていたあなたが? 蘭さんを振る? あのエンジェルを? はぁ? あなた、一体何様のつもりよ、あんな強くて優しい人を!」

コイツの蘭への評価があまりにも凄いという事が分かり、新一はぐっと耐えた。
そりゃ、あんなに蘭への気持ちを隠さずに、しまいには解毒剤を100錠くれとか言ったのは、大体は蘭との日常生活を過ごしたい為だと知っていただけに、ぐうの音も出ない。
馬鹿なの?という視線を送られ、それでも視線を独占出来ていることに嬉しくなるとは、恋は盲目とは本当だ。
(つか、どういったら、伝わ……ん?)
見れば、彼女が何かに耐えるようにスカートの裾を握りしめ、表面には出していないが、翡翠色の眸が揺れているのに気づく。
そんなに蘭と別れたことがショックだったのだろうか、確かに彼女は蘭に対して罪悪感を抱いていた。
それは俺に対してもだろうが、蘭にはもっとだろう。『工藤新一』に会えずに、健気に待ちながらも時折泣いて、弱音を吐くのを見たことがない訳ではないだろう。そんな彼女に申し訳なく思っていたに違いない。
俺だって、蘭を嫌いになった訳ではない。
ただ気づいたのだ、蘭に対しての愛情は恋情ではなく、親愛であった。
幼なじみとして、近くにいたから、異性だったから恋だと思った。いや初恋ではあったが『江戸川コナン』として一緒に過ごした日々は出会ってからよりも少ない筈なのに時間が濃すぎたのか、彼女はすっかり『蘭姉ちゃん』であったのだ。



あまりにも理解出来ない行動をしている彼に、哀はギュッとスカートの裾を握りしめた。
別れた? なんでそんな簡単に?
意味がさっぱり分からない。あんなに、蘭、蘭と脇目も振らずに、危険を犯してでも彼女と一緒に行きたいと修学旅行にまで行っていたのに、なんなの、この人。
呆然としてしまう、しかも、会いたかったから会いに来た。私に?何故?
止めて欲しい、何の為に私は博士や探偵団の皆に別れを告げてアメリカに来たと思っているの?
もちろん、やりたい研究もあったし、気になることもあった。それでも一番の理由は傍にいても、遠くから見ても辛かったからなのに。

「あ、のさ、灰原……聞いて欲しいんだけどよ……」

「…………なによ?」

「俺、ずっと、オメーの傍にいたいんだ」

「─────は?」

いきなりの言葉に意味が分からない。
ずっと傍にいたい? そんなの、そんなの、許される訳がないし、ダメに決まっている。
第一彼には蘭さんがいるというのに……何をバカな事を───。

「いきなりなんだって言うの? 」

「〜〜〜〜〜っ、だからぁ!こういう事だっ!!」

伸ばされた手に驚いたのと同時に新一の顔が目の前にあり、唇に伝わる柔らかな感触に眸は開いたままだった。
ぐっ、と頬を手で挟まれ、眸が同じ高さにある。
懐かしい、蒼い眸が哀を映していた。

「………せめて、瞑ってくれたってい───いてぇぇぇぇぇぇ!!!」

「な、っにするのよっ!!」

思いきり耳を引っ張れば、新一は悲鳴を上げた。
かあぁっ!と頬が熱くなるのが分かり、恥ずかしさで力の限り耳たぶを引っ張る。

「ちょっ、ちょっと!タンマ、やめ、頼む、」

焦りながら喋る新一に「1m離れて」と伝えれば、耳を押さえながら離れた。
まだ痛むのか、新一は耳を押さえたまましゃがみこんでいる。それに哀は顔を顰めながら見ていた。
落ち着いたのか、しゃがんだまま新一は哀を見つめる。しゃがめば、『江戸川コナン』の時と同じように目線が合わさる。

「………俺、謝らねぇから」

「………いきなり人にキスしといて、どういう了見なのよ?」

「だって、俺、オメーが、灰原哀が好きだから」

「…………あなた、事件か何かで頭でも打ったの?」

「んなわけねーだろ!」

「どうかしら、怪しげな取引を見て、毒薬を飲まされるくらいだし」

「あれはっ!……今はそんなんどうでもいい!ちゃんと話を聞けよ! 俺はオメーに告白してんだぞ!」

「だから、なんでそうなったのよ?! 意味が分からないわ!!」

告白というよりは怒鳴り合いをする二人は何故か睨み合っている。
哀が説明しろと、言えば新一は気持ちに正直なだけだ!と言う。

「………オメーがアメリカ行ったって聞いたら、なんか、蘭よりも気になって、なんで、って思った。会えなくなったって知って、焦って、堪らなくて、寂しくて、──正直、蘭はどうでも良くなった」

「───っ、なに、よ、それ……。ただ単に使えるコマが無くなったからそう思っただけよ…」

便利な相棒がいなくなって、焦っているだけだと伝えれば違う!と叫ばれた。

「そんなんじゃねーよ!オメーを駒とか、便利とか思ったことなんかねぇよ!俺は、俺が信用出来て、信頼出来るのは、なによりお前しかいねーんだ!それが急に……いなくなってて、寂しくて、悲しくて、苦しくて………お前に会いたくて、堪らなくて………ずっと、なんでか分からなくて……」

「…………」

「蘭にもなんか変って言われて、びっくりした。だって、蘭に触れたいと思わなくなってた、触れられたくなかった。俺が触れたいって思ったのはオメーだけだった」

「………あなた、ロリコンにでもなったの?」

「なっ?! ちげーだろ!」

「違わないわよ!私は「オメーは外見は小学生でも中身は違うだろ!それに、俺は外見なんかどうでもいい!オメーが灰原哀でも、宮野志保でも、お前自身が好きなんだよ」

「……………っ」

真摯な態度に哀は圧倒された。ふるふると身体が震えるのが分かる。

「………なんなのよ…」

「……灰原?」

「なんなのよ、あなた!私が、どんな気持ちで、日本を離れ……た、のか………」

どんな気持ちで彼らを見ていたのか、分かって欲しかった訳じゃない。ただ逃げたのに、その先で忘れようとしていたのに、こんな風に言われて、悔しくて、情けなくて、でも嬉しくて………歓喜で身体が震えるし、涙が出そうになる。
頬に熱い滴が伝わるのが分かる、あぁ、泣きたくなんかないのに。

「………灰原…」

そっと大きな手が触れる。こんなに大きかったかしら、自分と然程違いはなかったはずなのに…。

「………あ、の……ごめん…なんて言ったらいいのか分かんねぇけど……良いように受け取って、いいか……?」

「………言わなきゃ分かんない、なんて、探偵失格なんじゃない……バカ!」

顔を見られたくなくて哀は新一の胸に顔を押しつけた。それに新一も歓喜で震えながらも彼女を掻き抱いたのだった。

「………灰原、好きだ」

頭上から降り注ぐ言葉に哀は小さく応えたのだった。




END
2017/10/19


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