脈打つ胸の音に耳を傾けながら
博士からの連絡で、コナンはスケボーを走らせて阿笠邸へと向かっていた。
『新一!大変じゃ、哀くんが…』
切羽詰まった声音に、まさか組織の連中が?!と思いでこうして急いで来てみれば、驚きよりも呆然としてしまった。
「博士っ!灰原がどうしたっ………て……は?」
勢いよく玄関から入れば、ソファーに見知らぬ女性が座り、珈琲を飲んでいた。
きめ細かい真っ白な肌に、薄い桜色の唇、吸い込まれるような翡翠色の眸に、赤みががった茶髪の綺麗としか言い様のない美女がいた。
だが、その彼女はコナンを見るなり博士に声を掛けた。
「博士っ!どうして工藤くんが来るのよ?!」
昨日まで聞いていたよりも、落ち着いたアルトの声に、コナンは美女に指差して声を張り上げた。
「おまっ……もしかして、灰原かぁ?!」
彼女は額に手をやりながら、項垂れていたが、何故大人の姿なのかと問い詰めた。
彼女曰く、試作品を試していたという所だという。
俺曰く、ならば俺で試せばいいじゃねぇか!と言えば、経過を知りたいのにあなたはすぐにどこかに行くでしょう!と怒鳴られた。
「それに、耐性がついたらどうするの? ちゃんとした解毒剤を作るから待っていなさいよ」
そんな風に心配されてしまえば、何も言えなくなるがお前ならいいのかよ、と言いたくなった。
しかし、言えば彼女は「気にしなくていいわ」と言うだけで、ソファーに座り、何故かブカブカサイズの合わない服を着ていた。
「………なんで、オメー 博士の服なんて着てんだよ」
呟けば、ジロリと睨まれた。灰原哀の時も怖かったが、宮野志保でも怖い。美人は怒らせるもんじゃねぇな、と思う。
「仕方ないでょう? ここには灰原哀の服はあっても、宮野志保が着れる服はないんだから」
「買ってくればいいじゃねーか」
「………宮野志保の姿で出歩けというの?」
彼女は命を狙われている。コナンは自分が浅はかだったと笑って誤魔化した。
「どのくらい効きそうなんだ、その試作品」
「そうね……1日から、長くて2日くらいかしらね」
「マジかよ。じゃあ明日までその格好なのか?」
「此処から出る予定もないから別にいいわ」
「そうじゃ、新一。頼みがあるんじゃが…」
「なんだよ、博士」
キッチンからコナンの分の珈琲を持って博士が出てきたが、少しだけ服装が違う。よそ行きの格好だ。
「実はのう、今日明日と学会があるんで留守にするんじゃが、まさかこの姿の哀くんを1人で居させる訳にはいかんじゃろ? 今夜泊まってくれんかの?」
「は?」
博士の突然の願いにコナンは声を上げた。
しかし、志保はすかさず博士に向かって言ったのだ。
「ちょっと、博士! 私は大丈夫よ」
「しかしのう、」
「必要な食材は買ってあるし、此処から出ないし、大丈夫よ」
ダボダボのシャツはワンピースのようだったが、どこか不釣り合いに見える。
「それに工藤くんは私よりも守らなきゃならない人がいるんだから、大丈夫よ」
なんとなく、彼女よりも優先すべきは目の前の彼女だと言いたくて、コナンは口を開いた。
「いいぜ、今夜はここに泊まるよ」
「ちょっと、あなたね!」
「お前だって守らなきゃなんねー女だろ!盗聴器と隠しカメラ置かれるのと、俺と一緒どっちがいいんだよ!!」
「どっちも嫌に決まってるでしょう!」
「うるせーよ!絶対泊まるかんな!!」
「おお!頼んだぞ、新一!」
灰原──宮野はイヤな顔をしていたが、こんな状態の彼女を1人にする訳にはいかない。それに─。
「じゃあ、蘭ねーちゃんに連絡しとくねー」とごく自然と出た『蘭ねーちゃん』の言葉の意味に気づかないまま、コナンはソファーに座ったのだった。
博士は元々荷物を準備していたのだろう。キャリーケースをビートルに詰め込むと、コナンにくれぐれも頼むと言付けして、出掛けていった。
出掛けたのを見送ると、宮野は腕を組み、冷ややかな口調で「早く探偵事務所に戻りなさい」と言ってきたが、頑なに返事はせずにいた。
はぁ、とため息を吐く宮野にコナンはマジマジと見ていた。せっかくの美人なのに格好が残念だよなぁ…と思った。ダボダボのシャツは可愛いかもしれないが、如何せん博士のものだと思うと無意識にムッと来た。
そうだ!と立ち上がると宮野は「帰る気になった?」というが、コナンは立ち上がるや否や「ちょっと待ってろ!」と阿笠邸を出ていった。
工藤邸の鍵は持ち歩いる為、玄関を開けると自室へと上がっていく。クローゼットを開けると、コナンは新一の服を何着か持って、また阿笠邸へと舞い戻った。
新一の服を持ってきたのを見た宮野は思いっきり眉を潜め、ジト目で睨んだのは仕方ない。
「あなたね、言ったでしょう? あなたに試作品は「ちげーよ、これはお前にだよ」は?」
「意味が分からないないわ」
そう呟く彼女に、コナンは言ってやった。
「流石に博士の服はねぇだろ」
「そりゃ そうだけど。別に今日明日は家から出ないんだし……」
「いいから着ろよ!そんなだぶだぶだと動きづらいだろ」
「……………それもそうね……お借りするわ」
洋服を受けとると、宮野は地下へと降りていった。
コナンはため息を吐くと、思い出したようにスマホで蘭に連絡をした。
『あ、蘭ねーちゃん? 今日悪いんだけど博士の家に泊まるね。明日は帰るから………うん、うん、大丈夫、着替えは博士ん家にあるから。うん、じゃあ、明日の夕方には帰るねー』
通話終了のボタンを押すと同時に「相変わらず、子供のふりが上手ね、江戸川コナンくん?」と皮肉る声が聞こえ、コナンは振り向いた。
「うっせー……な………」
そこには、先程まで着ていたブカブカな服よりは大分ましだが、少しだけ大きいのか所謂『萌え袖』と言われるような指先だけがシャツから出た宮野志保の姿があった。
「少しだけ大きいけど、確かに博士のよりはマシだわ。ありがとう工藤くん」
袖を捲りながら、近づいてくる彼女に不覚にもコナンは声をあげる事が出来なかった。
自分の周りには容姿に恵まれている人物が多すぎたせいか、あまり意識することはなかったはずなのに、その所作の美しさに見惚れてしまいそうになる。
どんな仕草も絵になってしまうのだ。
「工藤くん?」
ぼーっとしていたせいか、宮野が片眉をあげて怪訝そうな顔をしているのに気づき、コナンは慌てて「よ、良かったな」と口に出した。
そこからは特に何をするでもなく、宮野は雑誌を見たり、一定の時間を計りながら、身体の様子をチェックしてはカルテに書き込んでいた。
コナンは隣から持ってきた小説を持ちながら、彼女が気になって仕方なかった。
夕飯も本来なら摂る気はなかったのだろう。
宮野が「何が食べたい」という問いに「なんでもいい」と答えれば、ため息を吐きながら今度は「何なら食べたくない?」と聞いてきた。
なんでそんな言い方をするのかと訊いてみた。
「なんでも良いといいながらも、作ってからこれじゃないとか言われたら嫌でしょう? 作った私も、あなたも」
フッと笑う彼女に、確かに「なんでも良い」とかいいながらも、出された品に「これか…」と落胆したことがない訳ではなかった。
「……そっか、じゃあ出来ればひき肉料理とかお願いするよ」
「ハンバーグ? 麻婆豆腐がいい? それとも麻婆茄子とか?」
「あ、麻婆豆腐食いてぇ!」
「分かったわ」
エプロンを身に付けてキッチンへ向かう彼女に、後片付けは俺がやろうと思いながら、本を読もうとしたら「お風呂洗ってくれると助かるわ」と言われるとやらない訳にはいかなくなった。
出来上がった麻婆豆腐は豆板醤が利いていて旨かったのは言うまでもない。洗い物を済ませると、宮野が珈琲を淹れてくれた。
ソファーに並んで座り、互いに何かを話さなくても、心地好い空間に本を読むことに集中出来ていた。
「───ぅくん! 工藤くん!!」
「う、わぁ、な、なんだよ!灰原!!」
脅かすなよ!と言えば、ため息を吐かれた。一体なんなんだよ。
「私、そろそろ寝るから。お風呂入るなら入ってね」
見れば髪が少し濡れ、先程まで着ていたのとは違う服を着ていた。パジャマ代わりにしたのは博士のシャツのようだ。裾が太腿まで隠している。
じゃあ、おやすみとちゃっかり電気を消した灰原にムッとしたが、時計を見て驚いた。もう日付を越えていたからだ。
服が置かれている部屋に着替えを取りにいき、バスルームに入るとまだ空気が暖かいのを感じると共にどこか甘い香りが漂っているようだった。
(………アイツ、さっきまで入ってたんだよな…)
その事実に顔が赤くなったのは、決して風呂に入ったアイツを想像したからではない!絶対!!
顔を横に振ると、コナンは素早く身体を洗い、さっさと上がってしまった。
タオルで頭を拭きながら、バスルームから出ると部屋はすっかり暗くなっていた。
ほんのりと灯る照明を頼りに、ソファーで寝るかと足を向けるが毛布か布団が必要だと思い、今回は博士のベッドに置かれているのを借りようとベッドサイドに寄った。
普段は『灰原哀』として使っているベッドは博士のベッドと隣り合わせだ。『灰原哀』ならば違和感はないのに、『宮野志保』が寝ていると思うと不思議でならない。
よいしょ、と毛布を持ち上げると「………ん…」と隣から声が耳に届いた。
ちらりと見れば、長い睫毛の先が揺れているのが見えた。
「………灰原、?」
小さな声で話しかけても反応はない。気のせいかと思いながらも薄い唇から漏れた声にコナンはどうしたらいいか分からなくなった。
「…………お、ねぇ……ゃん……」
震える睫毛が滲んでいくのは気のせいではなかった。
持っていた毛布を床に置いて、そっと涙を拭おうとしてベッドに上がれば、細い腕がコナンを抱き寄せた。
「……っ、は、はいばら…!」
驚いて声をあげるも彼女は目を覚ます事なく、コナンを抱きしめていく。
包み込むように抱き寄せられたコナンは声にならない声をあげていた。
顔が、宮野の胸元にしっかり埋められてしまったのだ。苦しいのと頬に感じる柔らかさに焦ってしまう。気持ち良いが、それどころではない。
慌てて、彼女を起こそうとしたが顔をあげれば先程まであった涙はなく、どことなく笑っているように見えた。
「………おね……ちゃ………ん…」
ギュッと抱きしめてくる力はそれほど強くはないのに、コナンはそのまま目を閉じた。
とくん、とくん、と聞こえてくる一定の鼓動と、さっきバスルームで嗅いた甘い香りが次第にコナンの瞼を重くしていく。
包まれる柔らかい感触は遠い昔に感じたような気がするも、その気持ち良さに完全に瞼を閉じたのだった。
END
2017/07/10
Twitterでおっぱいホールドのネタを思いつき、書いてみました(笑)
かなり違う結果になりましたが。