今更かもしれないけれど
「デートだぁ?」
「そうなんじゃよ」
博士からの言葉にコナンは飲んでいたアイスコーヒーをテーブルに置いた。
灰原──こと宮野志保の姿がないことに、夕食を食べに来た江戸川コナンは博士に訊ねたらそんな言葉が帰ってきた。
「……んだよ、きーてねぇぞ」
ふん、とソファーに深く座り、胡座をかいたコナンはブスッとしながら、頬杖をついた。
既に社会人として働く志保にだって付き合いはある。働き始めの頃は早く帰宅するか、仕事で遅くなるかのどちらかだったし、付き合いなどもせずにいたというのに。
社会人にだって付き合いはあるだろう、複数での飲み会とかならばあまり咎めはしないが、デートと聞くと……。コナンは眉を潜めた。
「志保くんにもそんな相手が出来たのかのぅ。どうしたらいいんじゃ、相手がもし「志保さんをください」とか言ってきたら」
「はぁ?! そんな関係なのかよ?!」
「い、いや、もしもじゃよ、もしも。志保くんも26歳じゃし、近所の人からも……ほれ、いくつか見合い話を持って来られてのぅ」
「………見合い、だぁ?」
寝耳に水とはこれだろうか、彼女の周囲が自分を差し置いてこんなにも彼女に粉がまかれているなんてコナンは気づかなかった。
時刻は七時半。ちらりと時計をみながら、コナンは博士と共に朝彼女が用意していったであろう夕食を摂ったのだった。
いつものように夕飯を馳走になった後は阿笠邸でのんびりしているコナンだったが、 何度も時計を気にしながら持って来た小説を読んでいた。
博士は「新発明を思いついた!!」と作業部屋へと籠っている。
テレビは付けておらず、シーンと静まりかえるリビングでは時計の音だけがカチコチと鳴っていた。
八時半──そろそろ帰って来てもいいんじゃないか、と思う。何度も時計を見ては、五分、十分しか経過せず、ようやく八時半だ。
読んでいた小説の内容は全く頭には入ってなんかない。
コナンは自分が何故こんなに焦っているのか、気にしているのか、イライラしているのか、分からなかった。今まで遅くなると聞いた時は「おぅ、気を付けろよー」しか反応しなかったのに。
宮野が誰かとデートしている。
それだけで、胸がムカムカしてしまう。自分を差し置いて一体どんなヤツが。ちらりと見た時計はまだ八時四十分。コナンは立ち上がった。
走ってやって来たのは米花駅だ。
人が流れ、駅前の居酒屋やカラオケ店の前には出てくる人や入っていく人がいる。
辺りを見渡して、彼女の姿を探していると駅から出てくる彼女を見つけた。
「おい、みや──」
声を掛けようとして、その横にいた男に目が行った。彼女よりも背が高い男の姿がある。
顔は──自分や彼女の回りには顔面偏差値が高すぎるからか、多分一般的にはマシな顔であろうとは思う。
ソイツは何故か彼女の腰に手を当てていて、コナンは頭に血が上った。
「宮野さん、次は二人で「志保っ!」」
「え、江戸川くん?」
名前を呼べば驚いたのだろう、志保がこちらを見ている。相手もコナンを見て、怪訝そうな顔をしている。
「あ、えっと、宮野さんの知り合い?」
「え、えぇ。隣の「迎えに来た」え?」
二人の会話に入るように、近づいて志保の腕を取った。その態度にカチンと来たのだろう、男は文句を言ってきた。
「なんだ、君は! 彼女はこれから俺と」
「迎えも来たので、私はこれで」
「え、ちょ、宮野さん?」
「ではまた明日」
だが、彼女は彼の横からコナンの方へ寄ると、男に頭を下げて、行きましょとコナンを促した。
振り返ることもせずに歩く志保を追いかけながら、コナンはちらりとソイツを見れば、未練がましそうにこちらを見ていたから、ニヤリと嗤ってやれば悔しそうに頭を掻いていた。
暫く歩いて、彼女が口を開いた。
「一体、どういう風の吹き回し? 迎えに来ただなんて」
「……別に」
「そう? あ、コンビニ寄っていいかしら?」
「おぅ」
いらっしゃいませーと店員の声を聞きながら、志保に続き店内へと入る。
夕飯は食べたの?と訊いてくる彼女に返事をしながら、志保を見れば、彼女が綺麗だというのが分かる。だってレジにいる店員らも志保を見て何か言っている。
なんでだろう、彼女が綺麗なのは、灰原哀だった時から知っていたはずなのに、今、それを理解したような気がするのは。
「江戸川くん、あなたも何か飲む?」
「……いや、別に」
「そう?」
彼女はそう言って酒を手にし、カゴへと入れていた。
「呑んできたんじゃねーのか?」
コンビニから出て、持たされた袋を見れば、傍らを歩く彼女は「あんな人の前では呑めないわよ」と笑っていた。
「なんで?」
「あまりにしつこいから付き合ったけど、酒を飲んだらすぐ手を出してくるって有名だもの」
軽く笑う志保だが、コナンは内容が内容だけに声を上げた。
「そ、そんなヤツだって分かってて一緒に飲みに行ったのかよ!」
「だってしつこかったのよ、もうこの半年くらい」
「半年?!」
「ずっと断り続けててね、恋人いないならいいだろ?みたいな言い方するし、しまいには社内で私に嫌われているんじゃないか、とかやることが女々しいというか、面倒臭いというか。いっそ、付き合ってる相手がいるっていってやろうかしら、黒羽くんあたりに頼んで」
「ん、んなこと早く言えよ!!」
コナンは青ざめながら、志保の話を聞いていたから、沸々と怒りが湧いてくる。
そこいらの男になんぞ、彼女をくれてやる気なんかない。彼女が男を作らないのは、俺を待ってくれているのだと勝手に思っていた。それをウソだとしてもよりにも寄って黒羽に頼むだと?俺がいるのに!
「え?」
「付きまとわれてんなら、早く言えよ!俺が、」
「………」
「俺がお前と付き合ってやっから!」
「……あなた、何を言ってるのよ」
訝しげに見てくる志保にコナンは腕を取った。
「俺……オメーが誰かのモンになるの嫌だ…」
「やだって……え?」
困惑しているのだろう、そりゃそうだ。コナンだって混乱しているのだから。
でも彼女が誰かに取られるのは嫌だし、自分ではないヤツを頼るのはもっと嫌だ。
この姿を受け入れてから、こうして変わらない身長になるまでは考えずにいた。目に見える差がイヤで、でも気づけば彼女は少しだけ俺を見上げてくるようになった。
待っていたのは自分だった。負い目を持っている彼女を縛り着けないようにしていたが、何も気づかないふりをして彼女を縛りつけていた。
彼女が恋人を作らないのは俺の存在があるからだ、それは贖罪かもしれない、だけど、あれから色々と変わったし、乗り越えてきた。乗り越えてこれたのはずっと傍らに彼女がいたからだ。
「………すげぇ、今更だけどさ、俺、オメーが好きだ」
「………」
彼女は時が止まったように瞠目していた。それがなんだか可愛らしくみえる。刷り込みだとか、自然とか、傍にいたから当たり前だと思っていたのかもしれない。
「………気づかなかった?」
「……あなただって、さっき気づいたんじゃなくて?」
「へ?」
「だって、昨日までと態度が違うわ。昨日までは無自覚だったろうけど、さっきのは意図的に牽制していた」
「おま、」
「ずっと一生気づかないと思っていたわ」
「……オメーはそれが良かったのかよ?」
俺の気持ちを読んでいたかのような志保にコナンは口を尖らせながら呟いた。
「それでいいと思っていたわね。あなたの傍にいられるのであれば、恋愛なんていらないと考えていたわ」
「いた、ってことは、今は?」
「もしも、あなたが私に気持ちを向けてくれるなら、あなたを第一に考えるわ。勿論、両手をあげて受け入れるわよ」
ふふ、と言葉通りに両手を広げてくる彼女をコナンは両手を広げて抱きしめた。
「……志保、好きだ」
「……私もよ、江戸川くん」
いつの間にか腕の中に収まるくらいには成長していた事に感謝する。彼女が華奢なせいもあるが、胸に触れる柔らかい感触にドキドキしながら、彼女の唇を近づいたのだった。
END
2019/05/04