素直じゃないのはどちらも同じ

名探偵コナン

「デートだぁ?」

「そうよ」

「誰とだよ」

「あなたには関係ないでしょ?」

目の前で爪の手入れをしながら話しているのは、数年前までは同級生だった灰原哀こと、宮野志保だ。
組織を壊滅させた後、彼女は解毒剤を完成させたが、俺は試作品を飲みすぎたせいて耐性が出来てしまった。それが分かった時、ショックを受けたのは当たり前だったが、責めようにも誰よりもショックを受けたのは彼女だった。
ひたすら謝罪をする彼女は目に見えて窶れていき、入院するまで、自分の浅はかな過信が彼女をどれだけ苦しませたのかと胸を痛めた。
もちろん、待っていてくれている蘭の元へ帰りたかったし、事情を話そうともしたが事が事だけに世界を巻き込んだ事件の為、極秘扱い故に正体を明かすことは出来なかった。
工藤新一は追っていた事件の最中、死亡という結末を迎えた。蘭は身体の水分が枯れるのではないかというくらい泣き続けていた。ようやく立ち直るのに一年がかかり、大学は地方へと行った。米花町には"工藤新一"との思い出がありすぎていられない、とのことだった。
"江戸川コナン"はそのまま探偵事務所に居候していたが、男二人では家事はままならず、娘の蘭がいなくなったことで、小五郎を心配して度々英理が顔を出すようになった。料理に関しては相変わらずだが、他の家事では助かっていた。
コナンはこのままでは二人の邪魔になると思い、"親戚"である阿笠博士の家へと移住したのは九歳になる前だった。
志保は阿笠邸から薦められた大学へと通い、今は研究生として、院に留まっていた。
月日は早いもので、あんなに米花町にいられないと言っていた蘭は大学を卒業すると同時に、地方で出会った男と結婚し、そちらで働いている。
コナンは悔しく思いながらも、彼女が幸せになることが出来て良かったと思っていた。
そして、今に至る訳だが──目の前でデートがあるから一緒に出掛けれないと言ってきた同居人をコナンは睨み付けていた。

「関係ないってなんだよ」

「あら、関係ないでしょ? それとも、私たちの間に同居人という言葉以外なにかあったかしら?」

ぐぐっと顔を近づけてきた志保にコナンはごくりと息を飲んだ。確かに、確かに今のコナンと志保の間には"同居人"という言葉しかない。かつては"相棒"や"運命共同体"という結びつきがあったが極力事件があっても彼女を頼らないようにしていたが為に関係性は変化していた。

「……ねー、けど…」

「お土産くらい買ってくるから、大人しく待ってなさいよ」

呆れているような、少し困ったような顔をする志保にコナンは彼女との年齢差を突きつかれているような気がする。
十一歳という差は大きい。分かっている、分かってはいるのだ。でも本来ならと思ってしまう。
工藤新一の姿であればたった一歳差なのに、江戸川コナンだと十一歳も離れているという事実。

「夕飯は冷蔵庫に入っているから、博士が帰ってきたら食べてね」

いつの間にか着替えたようで、いつもよりは綺麗な格好をしていることに本当に彼女は出掛けてしまうのだと思う。

「……な、何時に帰ってくんだよ…」

「さぁ?」

「さぁ、って…」

帰ってこないかもしれないというニュアンスにコナンは焦りを感じた。

「相手次第だし。そうね、もしかしたら泊ま………ったりはしないわよ」

ふふ、とからかうように笑う志保にコナンはなんだよ…と様々な顔をした。

「高校生には刺激が強すぎたかしら?」

泊まりだなんてのは冗談とばかりに志保は玄関先へと移動する。コナンもそれに付いていた。
だが、コナンにとっては冗談なんかで言われたくはなかった。微かに漂う香水に自分は何故この身体なんだろうかと思う。自業自得なのは分かっている。目の前の彼女が止めても聞かなかった自分が悪いのだ、偶然に引き起こされた副作用でこの姿になったのだ。死ぬよりは遥かに良いのだが、人間というのは欲深い生き物なのだから。
だけど、それを言葉にしてしまえば、目の前の彼女はきっと消えてしまう。それを理解しているから、コナンはもう口にはしないと決めたのだ。

「……今時の高校生をバカにすんなよ」

「あら、それは悪かったわね」

ヒールのある靴を履いた彼女との差はまだちょっとだけしかない。段差のある玄関先でも少しだけコナンが志保を見下ろす程度だ。

「じゃあ、行ってくるわね」

「──帰り!」

「?」

「……帰り、迎えに行くから、連絡よこせ、よ……」

コナンの言葉に志保はそんなのいらないわよと言おうとしたが、彼の様子に少し考えながら「……分かったわ」と答えてからようやく玄関から出たのだった。
パタンと閉じたドアを見つめながら、コナンははぁ〜とため息を吐きながらしゃがみこんだ。

「………なにしてんだ、俺…」

そっぽ向くように頬に手をやりながら、口を尖らせた。彼女が出掛けた所でコナンには文句を言う資格などない。だけど、自分には彼女しかいない。
無論、両親は健在だ、例え世間的には義理の両親だとしても彼らは正真正銘、コナンの両親である。友人もいるし、一人ではない。けれども、江戸川コナンにとって最早すがりたい相手は灰原哀であった宮野志保だけなのだ。
それなのに、彼女は自分を置いていってしまうのだろうか──そう考えたらぞくりと背筋に冷たい何かが流れた気がした。

「………あーー、もぅ、ダメだ!!」

コナンは髪をぐしゃぐしゃと掻くとスマホと財布を持ち、サッカーや事件現場で培った健脚で駅前までやってきた。
日曜の昼時だからか、人の往き来が多く、肝心な志保を見つける事が出来ない。

「くそ、どこだよ……」

まさか、電車で違う場所へと行ったのではないかと辺りを見渡す。

「あれぇ? コナンくんじゃないか!」

聞き覚えのある声に振り返れば、世良真純が立っていた。

「せ、世良…」

「どうしたんだい? 随分血相を変えていたけど……事件かなにかかい?」

現在、探偵事務所に所属している彼女はコナンの様子に何かを感じたらしい。

「ち、違うよ……あ、と……志保、見なかった?」

「志保? 見てないけど」

「そ、そっか……」

「でも、これから会う予定だよ。コナンくんも来るかい?」

「…………は?」

世良の言葉にコナンは間抜けな声を出した。
デートだと行って出掛けた志保が会う相手が世良だと? どういうことだ? からかわれたのか?
志保に対する怒りが沸々とわいてくる。

「………今日って、世良と会う約束だったの…?」

「うん! ほら、吉兄のところに赤ちゃん生まれただろ? だからお祝いを選ぼうって思ってさ、志保に頼んだんだよ」

「へー、そーなんだ…」

「まぁ、まだ時間あるし……どっかお茶でもするかい?」

「……時間?」

「あぁ。志保と会うのは夕方の予定なんだ。なんか予定があるとか言ってた…ってコナンくん?!」

世良の言葉にホッとしたのも束の間、志保がデートするといった相手は彼女ではないと分かった時、コナンは走り出していた。
発信器を付けてやれば良かったなどと思いながら、辺りを見渡す。彼女は綺麗だから目立つはずだ、と周囲に気にかけていると、すれ違う人達から「美男美女のカップル」というのを耳にする。
何気にそちらをみれば、見覚えのある茶髪が目に入った。隣にいるのは志保よりも背が高い男性だ。
どんな奴か見てやる!と意気込んで近づけば、これまた見覚えがある地黒の男がいた。

「………は、服部?!」

声が聞こえたのか、地獄耳なのか、振り向いたのはやはり服部で「よぉ、工藤」とあっけらかんに声をあげた。

「…江戸川くん?」

横につられて振り向いた志保は服部とは別に驚いているようだったが、呆れたように「付いてきたの?」と肩を竦めていた。

「オメーら、なんで……」

「あー、ちょっと姉ちゃんに頼みがあってな」

どこか気まずいような態度をとる服部にコナンは顔を近づけた。

「どんな頼みだよ?!」

「いや、その、」

挙動不審な様子にコナンはますますジト目で服部をみていると、傍らの志保がため息を吐いた。

「ねぇ、やっぱり私じゃない方がいいんじゃない?」

「いや、でも……」

「なにがだよ?」

「デートコースの下見よ」

「ねぇちゃん、言うなで!!」

「…………はぁ?」

額に手を当てて上を向く服部を見て、志保は可笑しいのか微笑んでいた。なんだか、それが腹立った。

「どういうことだよ」

ジト目で服部を睨めば、ごにょごにょとなんだかはっきりしない。一体なんだよ!!と凄めば、傍らの志保が「言ってみたら?」と服部を見ていた。
なぜ志保が服部とアイコンタクトをしているのか、と見ていると、服部が「あーーー」と顔を赤くしながら口を開いた。

「か、和葉と飯つーか、食事するトコのアドバイス頼んだんや!!」

「はぁ? 食事なんてどこだって……」

「江戸川くん…」

「あー、もしかして…」

訳が分からず声をあげたが、世良が服部の態度を見て、何か勘づいたらしく、ニヤニヤしながら服部を見ている。服部も恥ずかしいのか、百面相だ。

「コナンくんは恋愛事には相変わらずなんだね」

「そうね、鈍いわね」

「な、なんだよ!!」

何で非難されなきゃならないんだと、志保が言ってた事や服部の態度を見て、はっとした。まさか、まさか………コイツ、和葉ちゃんにプロポーズする気なのか??
驚愕で服部を見たからか、志保や真純はようやく気づいたかとコナンを見ていた。

「お、おい、服部、オメェ…」

「──るっさいわ!!」

「まだ何も言ってねぇだろ!!」

「そのバカにしたようなニヤニヤした顔が物語っとるわ!!ボケぇ!!」

「バカになんかしてねぇよ」

そう言いながらも自分でも笑っているのが分かる。とそこで軽く頭を叩かれた。

「微笑ましいのは分かるけど、からかうのは止めてあげなさいよ」

「……志保」

「楽しみは成功してからでしょ」

クスッと笑う志保に服部はガシガシと頭を掻くだけだった。成功した暁にはからかう気満々だ。
デートと言っていたのは予行練習だったようだが、何故志保なんだと服部に聞けば、他に頼みようがなかったらしい。確かに蘭や園子であれば和葉ちゃんにただ漏れになるだろう。
ここからはコナンも世良も同行し、世良の意見も聞きながら、なんとかプランが出来上がったらしい。
ついでと言わんばかりに、志保と世良の用事に付き合って、今は帰路についている。
コナンは隣を歩く志保を見やった。まだ彼女の方が背が高いのはヒールを履いているからだ。もう少ししたら追い越すが、足元のスニーカーとパンプスを見ると自分たちの年の差が分かる。
本来であれば、自分は二十五歳で、服部と同じようにプロポーズとかしてもおかしくない年齢だ。
プロポーズ……誰に?と思いながらも、頭に浮かんだのは初恋の幼馴染みではなく、コツコツとパンプスの音を鳴らして歩く宮野志保だった。
コナンは歩むのを止め、口を開いた。

「………なぁ、志保…」

「どうかした?」

コツ、と足音が止まり、こちらを振り返る彼女にドキリとする。
(あぁ、なんだ、そうか…)
不意に彼女がデートをするという言葉に納得がいかないというか、不満があったのはそういうことなんだとストンと理解した。

「江戸川くん?」

「………あのさ、」

──俺が指輪を贈ったら、嵌めてくれるか? 左の薬指に。
そう伝えたら、彼女は応えてくれるだろうか。きっと「なに言ってるの?」と訝しげるだろうけど、それが彼女だ、素直に「はい」とは言ってくれない。ならば、落とすのみだ。俺はお前を好きだからさ。





END
2019/07/09


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