君の事を想うからこそ

名探偵コナン

黒の組織は壊滅し、組織のデータベースから取り出してきたAPTX4869のデータを元に完璧な解毒剤を作り上げた。
『江戸川コナン』と『灰原哀』の存在は海外に引っ越すという話を作り上げ、探偵団や毛利家、鈴木園子たちに別れを告げた。
苦しみを和らげたとはいえ、熱くなる身体と痛みに耐えた二人──いや、工藤新一は宮野志保に礼を述べると直ぐ様、待たせていた幼なじみの元へと走っていった。
くすり、と笑いはしたものの、志保の翡翠色の眸からは熱い滴が溢れてきた。

(…………分かっているわ、)

彼が待たせていた彼女の元へ走っていくのなんて、分かっていたのだ。しかしもう彼の隣にはいられないのだと思うと胸が痛んだ。

(………工藤くん、工藤くん、工藤くん、工藤くん…)

どんなに心で呼んでも彼には届かないのは分かっているのに、それでも抑えきれなかったのか、志保は身体を抱きしめるとしゃがみこんで床を濡らしたのだった。



事件の後処理はあったものの、既に4ヶ月が経過していた。
志保はメアリーの定期検診の為に彼女たちが暮らすホテルへと来ていた。

「志保、考えてくれたか?」

すっかり大人の姿に戻ったメアリーに話しかけられ、志保は持っていた医療道具をしまう手を止めた。

「難しいことではないだろう」

「………それは、そうだけど…」

「───まだ、あの少年が気になるのか?」

「………そんなこと…」

「全く、私の子供たちも、志保もあの少年に夢中とは腹が立つな」

フン、と面白くなさそうに話すメアリーに志保は苦笑いをした。

「────それほど、魅せられのよ、彼に…」

赤井も、真純も、志保も。

「まぁ、良い」

メアリーは立ち上がり、志保は帰り支度をする声を掛けた。素っ気ない訳ではないが「ああ、またな」と手を上げて挨拶をしてくれた。
阿笠邸へと帰る途中、交差点の向こう側で真純が手を大きく振っていて志保は思わず笑ってしまう。
パッと信号が変わると、真純が「志保!」と声を掛けてきた。

「真純ちゃん、今帰りなの?」

「そうさ、志保はママの所かい?」

「ええ、」

「良かったら、付き合ってくれないか?」

いつもなら、博士の食事の準備があるから断るところだが、当の博士は学会に呼ばれて帰宅するのは明後日だった。

「博士もいないから、構わないわ」

「やった!じゃあ、ちょっとお店に入ろう」

連れて来られたのは外からは目立たないカフェだったが、店側からは通りが見えた。
小学生が通る時に無意識に小さな友人たちを思い出していると、見知った二人組が楽しげに歩いているのが目に入った。

「………ようやく、くっついたみたいだよ。園子君が騒いでいた」

「ようやく、なの?」

「あぁ、ようやく、みたいだよ」

二人が視線を向ける先には、工藤新一と毛利蘭が仲睦まじく歩いている。
それを見て胸はまだ痛くなるが、彼が、彼らがようやく幸せになって良かったと思っている。

「ボクさぁ…」

志保と同様に彼らを見ていた真純がおもむろに口を開いた。
言いたいことはなんとなく分かっている。自分と彼女は同類なのだから。

「工藤くんの事、好きなんだよな。志保もだろ」

やはり、というか、どこまでも率直な彼女に志保も誰にも言わずにいた想いを言葉にした。

「……えぇ、江戸川くんも工藤くんも、愛してるわ」

好きという言葉だけでは足りない。彼に対しての想いは好きだけではない、そんなものではない。
志保の言葉に真純は目を見開き、素直に答えた彼女の想いの深さに笑った。

「……想いに勝ち負けなんてないのは分かっていても、きっと志保程の人はいないと思うな」

「そんなことないわ、あなただって幼い頃から彼を好きだったのでしょう? 10年前にたった一度しか会ったことがないのに、ずっと思ってられるなんてすごいわ」

「……ありがとう」

商店街の雑貨屋で二人は何かを見ては楽しげに話している。
それを眩しそうに見つめる志保に真純も彼女に習い、彼らが見つめた。
ずっと、ずっと忘れられずにいた少年はあの時と同じように、隣にいた少女を選び、過ごしている。きっとこれからも。
彼に嫌われてはいない、ボクも志保も。むしろ、志保に対してはとてつもなく信頼と信用をしているだろう。
しかし、隣に自分と同等といえるような知識を持つ天才科学者でもなく、彼と同じ探偵を志す自分でもなく、幼なじみの彼女だけを見つめていたのだ。
出来るなら、彼女と、彼の幼なじみと同じステージに立ちたかった、同じ盤面で見て貰いたかった、と思う。
でも、と真純は傍らの志保を一瞥し、少し落ち込んだ。志保は彼と同じ盤面にいた。自分は彼女…蘭くんと同じ盤面には立てなかった。己はどちらにも立てなかった。
彼が元の姿に戻ったら、彼女に宣戦布告くらいしてやろうかと思っていたが、彼はただひたすらに彼女だけを見つめていた事にどうしようもないのだと理解した。

「……………いいわね…」

ぼそり、と呟く志保の眸には揺らいだ気がする。自分も彼らを見れば、もじもじしながらも腕を組んで歩いていく姿が見えた。
彼女が持つグラスが、中身が酒ではないと分かっているのに自棄呑みをしているようにも見えなくはない。
口をつける志保はとても目が惹くのを見つめながら、真純は自分もそう見えたらと思った。

「…………こうなったら、秀兄あたりにいい男を紹介してもらおうか?」

「遠慮しておくわ」

「………そうだね、まだ───」

───彼を好きなままなのだから。ボクもこの美しい彼女も。

「………好きだったのに、な」

「………えぇ、好きだったわ」

言った後に、ホロリと涙が溢れる。
彼が、幸せであるならばそれでいい。それでも涙くらいは流させて欲しい。
決して忘れることはない初恋は苦い痛みを胸に幕を降ろしたのだった。






END

2017/09/14


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