優先すべきは

名探偵コナン

SNSで明かされた工藤新一 生存説に哀は手元のスマホをデスクに置いた。
あれほど言ったにも関わらず、あのラブコメ探偵はあちらでも事件に巻き込まれたのか、首を突っ込んだのか、それを無事に解決したようだ。あれほど注意したのに……とため息を吐いた。
彼がそれを守ったことはあっただろうか、あの文化祭の時も然り。
このままでは組織のデータを見て疑問に思う輩がいないのは限らない。工藤新一のデータを『不明』から『死亡』に書き換えたのはシェリーこと、宮野志保であり、灰原哀であったのだから。
あのベルツリー急行で宮野志保の死は偽装出来たが、そこから何か探られはしないだろうか。
シェリーが工藤新一のデータを書き換えた──なんでもないような事だが、疑うことしかしないあの彼らがそこで終わらせるとは思えない。
もう一度、工藤邸を調べるかもしれないし、工藤新一と関わり合う、帝丹高校のクラスメイト……いや、あの幼なじみを調べたら、江戸川コナンの存在も知られてしまうだろう。
毛利小五郎が組織から狙撃されたとは聞いた。だが、彼らはFBIが張った罠…囮にされたのだと判断したと言っていたが、まだ完全なシロではないはず。
江戸川コナンの存在だけは知られてはいないが、キッドキラーとして有名だけではなく、大きな事件があれば江戸川コナンは毛利小五郎から聞いたと言っていたというニュースを見たことがある。
八方塞がり だというのはこの事だ。
キッドキラーは少年探偵団をしているし、実際怪盗キッドの事件では少年探偵団が一緒になってキッドから宝石を守った。

だんっ!と灰原はデスクに拳を叩きつけた。

だから、あれほど目立つ行動は慎めと、事件を解けば解くほど稀有なる存在としてしか映らないというのに、あの根っからの探偵は……。

「……あ、哀くん…」

心配そうにこちらを見やる博士にすまなく思う。
やはり修学旅行になんて行かせるのではなかった。解毒剤を渡すのではなかった。
比護さんのストラップを泥だらけになり、まして海にまで入って探して来てくれたことには感謝しかない。
絆されてしまったのだ、彼の優しさが嬉しかったから。しかしマジックで顔を描いたことは許せなかったが。

「……博士…時間の問題だわ…」



ぼそりと呟いた哀に博士も今回ばかりは楽観視出来ない。タブレットを確認すれば『工藤新一 復活』『生きていた!』『高校生探偵 事件解決!』と文字が並び次々と流れていく。
いくら口頭で注意しようが、このネット社会ではムダとしか言いようがない。
スカートの裾を握りしめる哀に博士はなんとかしなければと思う。隣にいるであろう赤井にはコナン=新一とは話していないだけ、説明が難しくなる。

(………気づいてはいるだろうが…)

それよりも組織から狙われているこの少女をなんとかしなくてはならない。

(………新一にも困ったものじゃ…)

高校生にとって最大のイベントである修学旅行に行きたいという理由は分からなくはない。

(ましてや、蘭くんと一緒だというのであれば、尚更じゃのぅ…)

だからといって己の立場を分かっているのか、いないのか。分かってはいるが、自分は大丈夫という過信があったのだろう。
これまでも大丈夫だったのだから、これからも大丈夫だろう、と。
博士は頭を振り、掌を血で滲ませる哀の傍へと寄り、その手をそっと開かせた。

「……博士…」

「せっかくキレイな手が傷だらけになるのは嫌じゃ」

「……キレイなんかじゃ、ないわ」

「哀くん」

「……私の手は既に汚れているのよ…」

血が滲む掌を見て、哀は呟いた。その表情は諦めたような顔をしている。

「……私、ここを出るわ…」

「哀くん!」

「博士にはお世話になってばかりで、何も返せていないけど……」

このままでは優しいこの養父を死に至らせてしまうのではないかと、不安になる。

「……哀くんが出て行っても疑いは晴れんよ。ここは工藤新一の自宅の隣であり、江戸川コナンや少年探偵団が頻繁に出入りしていた家だからのう…」

「…………そう、よね…」

哀とて分かっていた。工藤邸の隣である以上、江戸川コナンが出入りしていた以上、組織から目をつけられない訳がない。むしろ、今まで無事であったのが不思議なくらいだ。

ピンポーン、とチャイムが鳴り、哀と博士は身体を竦ませた。
まさかという思いをしながら、インターホンで応えれば「沖矢です」と声がする。
博士が頷いて、玄関で対応すればそこには赤井秀一の姿と、彼の上司であるジェイムズ、ジョディにキャメルの姿があった。
「失礼する」と遠慮なく入ってきた人物に哀は瞠目した。

「………あ、あなた……ライっ!」

青ざめると同時に、それでも強い意思で赤井を睨み付ける。
怒りはもっともだ、彼は志保の最愛の姉に近づき、志保を介して組織に潜入した挙げ句、姉を見捨てた男だ。

「落ち着いてくれ、今はその憎悪を抑えて欲しい」

「なにを……」

ぎり、と歯を噛みしめる哀に赤井は両手を上げる。
すかさず、ジェイムズとジョディが間に入った。

「灰原哀くん、事態は深刻なのは分かっているかね」

「………江戸川くん…いえ、気づいているんでしょ? 彼が何者か…」

「クールキッドがクールガイなのね」

確かめるように訊いてくるジョディに哀は答えなかったが、彼らにも理解したようだ。

「ネットでは既に事件は工藤新一くんが解決したとされているし、その場にいた者がそれを証言したようだ」

「このままではあなたたちにも危険が及ぶ。必要な物を持って我々と来て欲しい」

「……し、しかし…」

「奴らは疑うことしかしない。なんとか情報操作はしようとは思うがどこまで持つか……」

「……博士だけでも」

「なにを言うとるんじゃ! ワシは哀くんも一緒じゃなきゃいかんぞ」

「博士!」

「口論はそこまでだ。必要なものはすぐに運びだそう」

「じゃ、じゃが…しん、コナンくんは…」

「ボウヤはこちらがなんとかする」

バタバタと忙しなく動き出すことに、哀は博士に申し訳なかった。自分のせいで、彼の穏やかな暮らしが……。
ポン、と肩を叩かれそこには博士がいた。

「大丈夫じゃ、組織が壊滅するまでじゃよ。彼らを信じよう」

博士の言葉に、哀は赤井──ライを見る。
彼も哀を見ていた。ふい、と顔を背け「博士は絶対に守ってよ」と言葉を吐き、地下室へ移動する準備をしたのだった。博士も急ぎ、貴重品や発明品の一部を持ち出すようにした。

──翌朝、阿笠邸は誰もいなくなったのだった。




END
2017/09/21


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