微笑みの裏に隠されていた真意を知る術はなく
カンカンカンと非常階段を駆け上がる。怪盗キッドから予告状が届き、鈴木財閥相談役から依頼を受けたのは先日だった。
呼ばれたのは俺だが、東都に来ていた服部も着いてきた。園子が呼んだのだろう、蘭と服部と一緒に来ていた和葉ちゃん、それに毛利のおっちゃんもヤツが狙うビッグジュエルが展示されてるビルに来ていた。
当日、中森警部が仕切り、俺たちが包囲していながらもキッドはビッグジュエルを奪っていったのは先ほどだ。
ヤツを追いかけようとした時だった。人混みに垣間見えたのは忘れたくても忘れられない、綺麗な茶髪だった。
中森警部たちがキッドを追いかけていくのを視界の端に入れながら、新一は見覚えのある赤みかかった茶髪の人物を追いかけた。
記憶に残る本来の彼女とは違うが小学一年生の時とは違う。その彼女は周りに注意を払うように非常階段への扉を開けると駆け上がっていった。
カンカンカンと音が響くのを耳にしながら、新一はそれと同じように階段を登っていく。
背後から「どうしたんや、工藤!」と服部も追いかけてきた。蘭たちはその場にいるであろう。出来るならばこちらには来て欲しくない。
階段を全速力で駆け上がるには体力が衰えてきたのかもしれない。
屋上に上がれば、雲ひとつない空には煌々と輝く大きな月が、彼女を照らしていた。まるで女神のような美しさに瞠目してしまう。
「灰原っ!!」
そう叫べば月に照らされた白い陶磁器のような肌をした彼女はこちらを向いた。
「……久しぶりね、工藤くん」
クスっと肩を竦めながら口を開いたのは、やはり"灰原哀"だった。
「久しぶりって…」
何を言っているんだ。そんな簡単に言う言葉ではないだろう。
あの組織を一掃させてから早五年──俺が"江戸川コナン"から"工藤新一"へと帰還し、彼女が姿を消してから四年も経っていた。
「お前、今までどこにいたんだよ! いきなりいなくなりやがって!!」
そう、彼女は突然 姿を消したのだ。義父というべき博士は暫くの間は寂しそうにしていたし、彼女の自称兄だという彼らも探したにも関わらず、彼女はこの四年もの間消息不明だったのだ。
どこかで生きている。皆、それを信じて過ごしていたというのに、まさか、こんな所で会うなんて、誰が思うだろうか。
なんで、なんでいなくなったのか、新一には全く分からなかった。
組織を壊滅させ、ようやく彼女は自由になれた。なかなか元の姿に戻ろうとしなかった彼女に「まだ戻らないのか」と何度か訊いた。
相棒が小学生の姿では、頼みづらいではないか、早く本来の姿に戻って一緒に事件を解決出来たらと思っていたのに、何故 "灰原哀"のままなんだろうか。
「あなたには関係ないでしょ?」
けんもほろろに返される言葉に新一は何故だ?と問いかける。
「っ、か、関係ないってなんだよ!? お前は俺の相棒だろ!!」
そう叫んだ後、彼女の思いもよらない表情を出させた。
「………私の事、まだ相棒だと思ってたの?」
「当たり前だろ!!」
そう叫べば、彼女はフッと笑った。意外そうに、可笑しそうに。彼女は"オレ"の相棒である筈なのに、何故そんな風に笑うのだろうか。
少し前ならばともかく、彼女の考えてる事は本当に分からない。分からなすぎて、知りたくなるのは探偵としての性なのだろうか。
だが、彼女はそうではなかったらしい。
「…残念だけど、私はもうあなたの相棒ではないの」
「何言って…って何してんだよ!」
軽く笑う彼女になんでだ!と思っていると、思いもよらない行動をし始めた。
彼女が背にしていた柵を乗り越えていたのだ。慌てて掴もうとするが、一歩足りずにこちらを向いたまま宙に身体を浮かせた。
「──さようなら、工藤くん」
「灰原っ!!!」
新一は柵へ駆け寄り、手を伸ばすも、彼女は何かを呟いた。新一と一緒にいた服部が柵を乗り越え、飛び降りた。
「お、おい!はっ…………とり…」
その声はビル風によって遮られる。
そして──服部であった人物は空中で灰原を掴むと、バッと白い衣装に身を包んでいた。
「……キッド……」
ホッとしながらも、新一はぐっと拳を握りしめた。目の前で月に照らされた白い翼は彼女を抱えたまま、ビルの隙間を縫うように飛んでいってしまった。
END
2019/03/11