だれにも見せたくない
その日は前日の夕飯時に彼女に頼まれたのだ。
「明日の買い物、手伝ってもらえないかしら?」
彼女がそんな風に言ってくるのは滅多にない事だが、話を聞けば 少し荷物が多くなりそうなの、と言っていた。日頃、朝夕の食事を食べさせて貰っている身としては面倒だと思いながらも了承したのは、博士の手前もあったからだ。
「じゃあ、授業が終わったら待ち合わせしましょう」
「あぁ」
その時、あまり疑問を抱かなかったのは待ち合わせが学校だと思ったからで、まさかLINEで『待ち合わせはスーパーの前で』と来るとは思わなかった。
どうせ一緒に行くんだからスーパーで待ち合わせなくとも、と授業が終わり、彼女の教室に顔を出せば掃除当番らしく既にいなかった。
同じクラスである元太は腹が減ったと騒ぎなからパンを片手に部活へと向かっているようだ。
教室に残っていた生徒に灰原の掃除分担区を訊くと裏庭だと聞かされ、じゃあすぐに戻ってくるだろうと、ちゃっかり椅子に座って待つことにした。
しかし、待てども彼女が戻ってくる気配はない。
掃除が終わってそのまま帰ったのだろうか、いや、カバンは机の脇に掛かったままだ。
ぼーっと待っていれば、ガラリと教室の扉が開く音が聞こえ、ようやく戻ったのかと顔を上げるもそこには見知らぬ男子生徒の姿が。
彼も誰もいないと思っていた教室に人がいたことに驚いたらしく、目を丸くしていた。
灰原の席に座っていたからだろう、彼は戸惑いながらも教えてくれた。
「……あー、灰原さんなら、ゴミ捨てに行ったから後少しだと思います」
「へ、あ、あぁ……ありがとうな」
「じゃあ…」
自分の席から荷物を持ち、教室から出ていく彼に会釈をして、彼女が戻るのを待つ。
五分、十分と時間が過ぎるのを黒板の上に掲げられている時計が刻む。
「おっせーな…」
なにしてんだ、と己と彼女の荷物を持つとコナンはようやく彼女の教室から出ることにした。
昇降口で彼女の靴をチェックすれば、上靴が置かれたままである。
靴を履き替えて、裏庭の方へと足を運べば、きゃいきゃいと声が聞こえる。
なんだ、どうしたと思っていると通りすがりの女の子たちが「綺麗だったね」「もう、目の保養!」と楽しげに話していた。
そして、俺がいることに気づくとまたきゃいきゃいと騒いでいる。
「江戸川先輩だ!」とかなんとか、はいはい、江戸川先輩ですよ。なんて思いながら歩いて行くと人だかりという程ではないが、何人かが溜まっている。
どうしたんだと見ていれば、誰かが俺に気づいたらしく、やべ!江戸川先輩だ!と言って、何故か散り散りに去っていく。
一体、なんなんだとその集まりがあった場所へと目を移すとベンチに腰かけた灰原の姿があった。
「………おいおいおい…」
近づいたにも関わらず、気づかないのかぐっすりと眠る彼女の姿に呆れながらも、危機感がないことに驚いた。
余程疲れていたのだろうか、彼女がこんな無防備に人の目がある場所で眠るなんて……。
信じられなくて、近づいてまじましと見れば彼女は気づくことすらしない。
(本当に寝てやがる……)
無防備すぎる。とため息をつき、ベンチへと近寄った。
すーすーと可愛いらしい寝息をたてる姿にどくん!と心臓が高鳴ったのは何故だろう。
「おい! 灰原、灰原っ!」
コナンは早まる鼓動に胸を押さえながら、灰原に声を掛けた。
「……んっ………」
「起きたか? 灰原…」
ぴくりっと動き、うっすらと翠玉の眸が見えたので起きたのかと思ったのもつかの間、灰原はまた眠りついた。
その姿にコナンは呆れながらも、なんだかあのツンツンしている彼女がなんだか可愛いと思えてならなかった。
(………くっそ〜〜なんだよ!? 今の………可愛いじゃねぇか!!って、なんだ そりゃ?!)
己の思考が無意識に灰原に対して好意を抱いていることに、コナンは思わず頭をガシガシと掻いた。
恥ずかしくなり、思わず「違うっ!」と叫びそうになるのをなんとか手で口を押さえた。
それでもまだ眸を覚まさない灰原を見つめた。
ハーフだと判る赤み掛かった茶髪に、色素の薄い真っ白な肌、長い睫毛にすっと通った鼻筋、リップくらいは塗っているのだろう、艶やかな薄紅の唇は触れてみたくなる。
ドクドクとまた心臓が早くなる。
「……………ゃっぱ、美人、だよな…」
口から洩れた言葉は意図するつもりはなく、自然と溢れてしまった。
コナンはかぁぁっと頬が熱くなるのが分かった。
唐突に理解したのだ。
触れたいと思うくらい 彼女を意識していたことを。
だからこそ、わざわざ彼女を待っていたのだ。
しかし、その当人は夢の中のようで、起こそうと手を伸ばしてみたが、それを引っ込ませた。
(……はぁ〜〜これじゃ、風邪引く…)
そう思い、コナンは自分の学ランを脱ぐと、灰原の肩に掛けてやる。そして、自分もその横に腰を下ろした。
買い物は、後5分経ったら起こして、二人でスーパーまで行こう。わざわざスーパーで待ち合わせることはない。そっと彼女の頭を自分の肩に凭れかかせた。
目を覚ました時、怖い気がするが驚くであろうと思うと楽しくなる。起こさないように小さく笑うとコナンも灰原に頭を寄せたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
フワッと掛かる暖かさと、横からくる心地よい温もりを感じて、哀は気持ちよかった。
そんな風に思いながらも、意識が覚醒していく。もう少し、この気持ちよさに浸りたいのに……
そう思いながらも瞼はゆっくりと開かれた。と同時に視界に入るのは男子生徒の学ラン。
「………え? は?」
途端に夢現だった眸をパチっと見開いた。そして、横にある温もりに顔を向けると端正な顔のドアップがあり、哀は驚愕した。
「くっ、工藤くん!?」
「んぁ……灰原…?」
哀の声にコナンも目を覚ましたらしく、うっすらと蒼い眸を開いていく。
哀は何事かと学ランを握りながら状況を整理した。
どうやら、自分は寝てしまったらしく、何故か工藤──江戸川コナンが珍しく迎えに来たらしい。
「んぁ〜…俺まで寝ちまった…な……」
コナンはちゃっかり哀の隣に座っていたことを忘れていたらしく、真横で真っ赤になっている哀にドキリとした。
「…ど、どうして、あなたがここに…」
「お、オメーが買い物付き合えつーからさ、でもわざわざスーパーで待ち合わせじゃなくても一緒でも良いと思って……」
「………そ、そ……ぅ…」
「……………」
「……………」
互いに無言になってしまうのは、何を話したらいいか分からないからだ。
ふと、哀は掴んでいる学ランを見つめる。わざわざ掛けてくれたコナンへそれを渡した。
「………その、ごめんなさい。待たせた挙げ句にこれまで貸してもらったみたいで…」
髪で隠れているようで赤くなっている哀の耳が見えたコナンも素早く立ち上がると、自分の頬が赤くなるのを自覚した。
「べ、別に……か、風邪引いたら困るだろ!!つーかさ、こんなトコで寝てんなよ……」
「……少しのつもりだったんだけど……」
「あぶねーだろが……」
「危ない?」
あまりにも無防備に寝ていた哀を思いだし、コナンが注意するも彼女はこてんと首を傾げている。
分かっていない彼女にコナンは「何かあったらどうすんだ」と伝えるが、彼女は「学校内で何もないわよ」と肩を竦めていた。
分かっていない……自分がどれだけ他人を惹かれせるのかということを、自分がどれだけ魅力的だということを。
誰か、自分でない誰かが先に彼女を見つけて、同じように隣に座り、学ランを掛けて凭れかかせていたとしたらどうすんだ、と思った時、コナンはそんなの見たら、そいつが誰であろうと憎たらしくなるだろう、触るな、そいつは俺のだと間に入り込むくらいはするかもしれない。
自分の思考にコナンは頭を抱えてしゃがみこんだ。
あまりにも急な事に哀は驚き、慌てた。
「江戸川くん?! どうかしたの?」
心配そうに見つめてくる翡翠の眸を見て、コナンは急激に理解した。
自分は彼女を好きなんだと。
「江戸川くん…?」
「………オメーさ、頼むからこんなトコで1人で寝るなよ……」
お前の寝顔、他の誰かに見られるなんて嫌だ。
そう伝えたら、彼女はどんな反応をするだろうか、
意味が分からないとばかりに首を傾げている哀の手を取るとコナンは「帰るぞ」と促した。
まずは予定通り、買い物へと行こう。手を繋いだままで。
家に帰ったら、どう伝えてやろうか、なんて考えながら歩き出したのだった。
END
2017/12/11