好きとか嫌いとかそういうことじゃなくて
いいとか、悪いとか、考えずに口にしたのは彼女が未だに仮の姿だったからだ。
「貴方は元の姿に戻らないのですか?」
そう訊ねたら、カタカタとタイピングしていた指が止まった。くるりと見上げてくる顔は相変わらず可愛いというか、美人だ。
はぁ、とため息を吐かれたのはきっと何人かが同じことを言ったからだろう。
「あなたにまで言われるなんてね」
「いやぁ、だって、哀ちゃん、美人だし、見てみたいからねー」
さっきまでの口調ではなく、つい素が出てしまったが単純にそう思った。そう、こんなに小さいのに彼女は美人な子だ。年は変わらないと聞いているし、一度名探偵に頼まれて、彼女に変装したこともある。
見せられた画像を元にした変装ではあったが、鏡に映るそれに、美貌に惚れ惚れしたくらいだった。
その後の怖い体験は別として。
「……美人ねぇ…ただ異国の血が入っているだけよ?」
肩を竦めながら話す姿はやはり小学生になんて見えない。
「貴方は綺麗ですよ、仕草など全てに於いて。ですから、私の手をとって頂けませんか?」
恭しく手を差し出せば、彼女はポカンとしていたが、クスッと小学生らしかぬ笑みを浮かべていた。
「貴方はやっぱりハートフルな怪盗なのね」
彼女に褒められたことを嬉しく思いながら、自分も彼女につられて笑みを浮かべた。
名探偵があの恐ろしい組織を壊滅に追い込み、俺もまた親父の仇を討てたのはほぼ同時期であった。
互いに違う組織を追っていた訳だが、多少なりと結びつきはあったのだと思う。
仇を討てば、怪盗キッドは廃業だ。パンドラを破壊する為とはいえ、ビッグジュエルを盗んできたことは消せないことだ。例え、すぐに返していたとしても。青子の親父さんは現れない怪盗キッドに意気消沈しているようだが、あきらめて欲しい。
そうして、世間を騒がせた事件から一年。名探偵は小さな探偵から、高校生探偵に戻り、今は大学生探偵となっている。偶然なのか、当然なのか同じ大学に通っていた。
そうして、聞かされたのは小さな探偵の相棒がまだ"小学生"で元に戻らないと愚痴っていたのを聞いた。
工藤曰く、事件があって調べて貰うことは当たり前らしく、ただ彼女が小学生という姿だとなかなか手伝ってもらえないのだという。
相棒とはいえ、小学生に事件手伝わせるなよ、と思いながら彼女のサポート力はとんでもなかった。
写真一枚だけで人物を割り出し、経歴を調べることなど朝飯前だ。無論、薬学、医学と優れている。
阿笠博士が作った発明品を使っているとはいえ、部品を照合したりするのは彼女がよくやっていたようだ。そんな人物がいたらやはり手離せないだろう。
だけど、アイツは分かっているのだろうか。己の為だけに女性を傷つけていることを。
相棒も恋人も侍らせたいなどと、恋愛に関してはあの頭はポンコツらしい。
──だから、気になったのだ。
どちらか、片方しか手に出来ないならば、アイツは何も考えずに隣にいる恋人の手を掴むだろう。
ならば、彼女の手を俺が取ってもいいだろう?
俺には幼馴染みの手を取る資格などない。どうやっても"怪盗キッド"であった事はなかったことには出来ないのだから。
だから、怪盗キッドとして、俺は彼女の手を取ると決めた。黒羽快斗として何度か会ったが、彼女は優しいのね、と笑ってくれた。
彼女が誰を見ているかなんて知っている。寂しそうな眸は宝石のようで、それを俺が見ていたいと思った。傷の舐めあいだろうが、構わない。
いずれ、彼女は"俺"にとって大切な人になっていくだろうし。
「……俺と一緒に生きていこうか」
「……後悔しないの?」
「うーん、それはまだわからないけど、君を手放したら、俺は後悔すると思う」
それはアイツも同じだろう。でも気づかないならそれでいい。気づいた時には彼女は俺のだ。
「………私が必要?」
「うん」
「宮野志保が?それとも灰原哀が?」
「どちらでも。あぁ、でも"君"に会ってみたい」
だから、手を取って欲しい。
「……戻る理由を貴方にしてもいいの?」
「私にして頂けるなら光栄ですよ。名探偵を驚かせられますね」
ククッと笑えば、彼女も愉しげに口端をあげた。
「それはそれで見たいものね」
でも彼は気にもしないわよ、彼女はそう言うがそんな事はない。大事な大事な相棒が自分の為ではなく、俺の為に本来の姿に戻るというなら驚くに決まっている。況して、怪盗に奪われたとあれば、尚更だ。
彼女との間にはまだ恋すらもない、いや、手に入れたいと思っているなら恋はあるのだろう。いずれ、それは愛になることを望んでいるのは俺だけかもしれないし、彼女も思っているかもしれない。
まずはこんな始まり方も良いと思っている。
「哀ちゃん、」
小さな身体に腕を巻きつけて、誓うように口づけをしたのだった。
END
2019/05/09