だっしゅ

名探偵コナン


「みーつけた!」

背後から掛けられた声に少女の肩はびくりと上がった。恐る恐るといったように彼女はこちらを振り向き、はぁとため息を吐いた。

「……あなたまで駆り出されたの?」

「そ。全く、人使い荒いよなぁ、くどーのヤツ」

ケラケラと笑いながら、彼女の隣に腰かければ逃げる気がないのか、ただこちらを見つめてくる少女に男はどうしたの?と話しかけた。

「………面倒なら、彼の言うことなんて聞かなくてもいいんじゃない?」

「まぁ、いつもなら聞かないけど、今回は別。可愛い哀ちゃんがいなくなったなんて聞いたら探さない訳ないだろ?」

にこーっと笑って話せば、少女──哀ちゃんはキョトンとした後に、苦笑いした。
横に置いてある今の姿には合わないボストンバッグを触りながら呟いた。

「……出て行こうって思っていたのよ。それを勘づいたのか、色々と煩くされてね……こんな小さな女の子相手にしていないで、彼女と仲良くしていればいいのに」

膝を抱えながら話す彼女に、快斗も苦笑いするしかない。名探偵こと工藤新一は愛しい恋人がいるにも関わらず、"相棒"だという彼女を手離そうとはしない。
だからこそ、彼女は決めたのだろう。
そのボストンバッグには彼女の身体には合わない服が入っているだろうし、持っているバッグの中には"解毒剤"が入っている。

「ね、良いこと思いついたんだけどさ」

「なーに? どうせ止めとけっていうんじゃないでしょうね」

「そんなんじゃないって!俺が君を拐うってどうかな?」

「………はい?」

「俺が君を匿うんだよ!名探偵もまさか、思わないだろ?」

「そんなの、あなたに迷惑かけるだけじゃない」

名案だとばかりに彼女に提案したが、やはりというか彼女は渋った。だけど、ここで引き下がる訳にはいかない。
ずっと、ずっと──彼女を欲しいと思っていたのだ。

「迷惑な訳ないよ!俺的には哀ちゃんでも志保さんでもサポートに入ってくれたら嬉しいし!」

「……志保ちゃんって…」

「だって、哀ちゃんは志保ちゃんに戻るつもりだったでしょ? 多分その方が動きやすいだろうし……ねぇ、本気で名探偵から逃げたいなら俺を使わない手はないよ?」

こちらを見つめてくる哀ちゃんに軽くウィンクをすれば、眉を潜めた。やはりダメかな〜なんて思っていると、彼女がこちらを見つめてきた。

「…………本当に、あなたを使ってもいいのかしら?」

こちらを見てくる眼差しはとても小学生の女の子がする表情ではない。ごくり、と快斗は唾を飲み込んだ。

「……勿論」

口の端が上がるのが分かる。謂わば賭けだった。彼女ならば名探偵を選ぶだろうと、でも少しでも可能性があるならば、と口に出した。

「そう。なら、これを持って」

ボストンバッグを押し付けられ、快斗は困惑した。
彼女はそのままトイレがある場所へと移動している。

「どうせなら、あなたも変装してもらえるかしら?一緒にいたらバレてしまうし」

「……え、哀ちゃん……」

「まぁ、今のこの状態なら兄妹でもいけるだろうけど、組み合わせ的には女性同士が欺けそうね」

運良く近くには人の姿はなかった。
多目的トイレに入ると、哀はバッグからスカーフを取り出し快斗に目隠しをさせた。
こっちみたら殺すわよ、と穏やかな声で話すとガサゴソと衣擦れの音が耳に入る。
そして、ごくり、と何かを飲んだ音に快斗は「え?」と思わず声を出した。「ぐ……ぅ…」と苦しげな吐息を耳にしながら、どうしたのか、と快斗は不安に駆られる。

「……あ、哀ちゃん…!」

「目隠し外さないでよ!」

スカーフを外そうとしたが、急かさずストップが入る。まさか、とは思っていたが、きっと彼女は灰原哀から宮野志保へと戻ったのだろう。
視覚を奪われれば、聴覚が鋭くなる、いや、元々ではある。声帯を真似出来るのだ、耳は良い。
はぁ、はぁ、と息切れをしていたが、息を整えたらしく、先ほどよりほんの少しだけ、低いアルトが耳に届く。
目隠しを外され、彼女を視界に入れようと下を向いたがすぐ近くに顔があるのに驚いた。
サラリと揺れる髪も、白い肌も、知的な翡翠の眸も同じなのに違う。ふふっと微笑んだ彼女はさっきまでの小さな女の子ではなく、妖艶な女性となっている。

「……さぁ、貴方も変装してね」

ふふ、と笑う彼女に女物の服を押しつけられた。
提案したのは自分だ。彼女が自分の手の届く場所に来てくれるなら躊躇する必要なんかない。
だが、彼女の手の上で転がされている気分だ。

「……志保ちゃん、変装するなら眼鏡だけじゃダメだよ」

「あら、クラーク・ケントもびっくりの優れ物なのよ?」

「さしずめ、名探偵はスーパーマンって?」

彼女の持つ眼鏡はかつては小さな名探偵が着いていたものだろう。快斗はそれを取ると、彼女の胸ポケットに入れた。

「ほら、俺に任せてよ」

まずは目立つ彼女の髪をウィッグで誤魔化すことにした。その間、彼女は少しだけ可笑しそうに笑っていたから、どうしたのかと訊ねた。

「だって、あの名探偵さんを出し抜けるなんて楽しいじゃない?」

「……君はアイツを出し抜けるに決まっているよ」

「あら、なぜ?」

「なんたって、この怪盗キッドがあなたと手を組むのだから」

「さすが、現代のアルセーヌ・ルパンね」

「俺に任せてよ」

「ふふ、期待しているわ」

笑う彼女だが、アルセーヌ・ルパンだからではない。彼女が名探偵のアイリーン・アドラーだから出し抜けるに決まっている。
アイリーンとアルセーヌが手を組んだんだ、そう簡単に見つかるはずはない。
快斗は自分も変装をすると、彼女の手を握った。

「ちょっと…」

「さぁ、行きましょう」

広義してくる彼女の手を繋いだまま、走り出した。
快斗は可笑しくて笑い声をあげたくなるのを我慢しながら、彼女を名探偵から奪えたのだとほくそ笑んだ。


the end? or will it continue?
2019/05/02


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