君の世界に俺はいるのだろうか
大学に入ってから出来た友人に紹介された彼女は1つ歳上の才媛だった。
「あなたが、工藤新一くん?」
耳に髪を掛けながら、馴染むようなアルトの声とふわりと揺れる綺麗な茶髪に日焼けを知らなそうな真っ白な肌、紅い唇に、知的な翡翠の眸がこちらを向いていた。
「本当、黒羽くんに似てるのね」
「あー、志保さんまで言わないでぇ」
「だって今 学内じゃ有名なんだもの。ふふ、ごめんなさい」
傍らで拗ねた態度を取る黒羽に対して、彼女はクスクスと笑ってみせた。そんな笑い方をするような人をあまり見たことがなく、思わず見とれてしまう。
「宮野志保よ、よろしくね」
「っ、く、工藤新一です」
差し出された手を握れば、冷たかったけれど柔らかくて心地よかった。
「くどー!なにどもってんだよ!さては志保さんの美しさにやられたな!ダメだぞ、志保さんは俺んだからな!」
隣から黒羽がギャーギャー文句を言いながら、宮野さんに抱きついた。
困ったような顔をしながら「黒羽くんのモノになった覚えはないわよ」とおかしそうに笑っている彼女にツキンと胸が痛くなった。
「あ、あの〜 宮野さん…」
不意に横から掛かる声に三人揃って顔を向ければ、びっくりしたのか見知らぬ女子大生がいた。
見知らぬ、は新一にとってであって、傍らにいた彼女には顔見知りらしく「どうかした?」と訊ねていた。
「中嶋教授が宮野さんを探してるらしくて」
「あぁ、そういえば論文が……ありがとう」
「い、いいえ、じゃあ」
彼女が笑うとその彼女もホッとしたらしく、手を上げて去っていった。
「じゃあ、私はこれで」
「えー、志保さん 行っちゃうの〜」
「仕方ないじゃない。じゃあね、黒羽くん。工藤くんも」
「あ、は、はい」
「志保さん、今度遊びに行くからね〜」
黒羽の言葉に はいはい といった感じで彼女もまた手を振って去っていった。
ふわりと揺れる赤みかかった茶髪は地毛らしく、そこらを歩く染められた女子大生の茶髪とは違って綺麗だった。
綺麗なのは白い肌も外国の血が混じっているだろう翡翠色の眸に、顔かたちも声さえもで。
新一はつい見とれていたのを黒羽に釘刺された。
「くどー、まさか志保さんに惚れたとかじゃねーよな」
「ばっ、バーロー!何言って……」
「ん、違うならいいんだ。あ、くどーには彼女いたもんな」
「蘭は幼なじみだっ!」
「休日となれば一緒に出掛けて、家までご飯作りに来てるのに彼女じゃないはないんじゃねーの?」
「お、オメーだって幼なじみいるじゃねーか!ご飯作ってもらってるって言ってたじゃねーか」
「今はないよ。高校ん時は俺の母さんがしょっちゅう海外を飛び回っていたし、隣だったからなー」
でも工藤は隣とかじゃなくて、わざわざ来てもらっていたんだろ、と話す黒羽に新一は頷いた。
「で、でも蘭は世話好きで…」
「わざわざ好きでもねぇヤツの飯なんて、ずーっと作ったりしねーって。ちゃんとしてやれよ」
あ、俺、次 講義あるんだったと黒羽はじゃーなと駆けていった。
その場に取り残された新一は黒羽の言葉を反芻しながらも、何故か宮野志保が去っていった方を眺め、胸を押さえた。
確かに、蘭を好きだと思っていた、思っていたのに、何故だろう。宮野志保 さん──彼女がとても気になってしまった。
きっと綺麗だから、びっくりしただけなんだろうと思うようにして新一は自分も講義に出る為に移動したのだった。
それから、度々構内で宮野さんを見かける事が増えていった。大体は隣に黒羽がいたりするが、彼女と話してみると頭の回転が早いのと、自分には専門的な事まではわからない事をよく知っている事に驚いた。
そんなつもりはなかったにしろ、今まで生きてきた中で自分を凌ぐ程の異性に出会ったのは初めてで、なんだか彼女の隣にいる黒羽が羨ましいのか、妬ましいのか分からなくなる。
彼女と話すことは増えていたのに、口で彼女に勝てない気がしてならないのだ。
ようやく黒羽がいなくても話しかけて、話しかけられるようになった時は「宮野さん」から「志保さん」と呼べるようになった頃だった。
黒羽とは嫌だが、顔かたちも似ているせいか、声まで似ていて誰がか双子だのなんだの言われている。
始めの頃は話しかければ彼女は十中八九 黒羽と間違えていたが、最近は呼び方が少しだけ違うのよ、と区別してした。彼女より先に出会った友人らは未だに間違うというのに、彼女は耳も良いらしい。
なにより間違えないという事が嬉しかった。
「志保さん」
「あら、工藤くん」
後ろから話しかければ、振り向きながら俺の名を呼んでくれる。耳に髪を掛けるような仕草が蘭にはない色気だと思う。
「傘、ないんですか?」
空を見上げれば厚い雨雲から雨が降り注いでいる。
彼女が立っているのは学生の出入口だが、他に人はいなかった。
「えぇ。雨の予報は知っていたのにうっかり傘を忘れてしまって…」
眉を下げながら肩を竦めて笑う彼女もまた可愛いと思えてしまう。
「あ、の……俺、今日 車なんで良かったら乗せて行きますよ…」
断られたらどうしようか、なんてドキドキしながら提案してみれば、翡翠色の眸をこちらに向けて丸くしていた。
「女性を車に誘うなんてあなたのやるわね。でも平気よ、それに彼女がいる人の車には乗らない事にしてるの」
「ちがっ、そ、それに俺は彼女なんていない……ですよ」
「……あら、そうなの? おかしいわね、黒羽くんが言っていたんだけど」
黒羽のヤツ……と心で腹を立てながら「居ないです」と答えた。
「じゃあ、乗せてもらおうかしら? 正直 困っていたのよ」
ふふ、と笑う彼女に頭の中でガッツポーズを決めながら「喜んで」と答えた。
駐車場から車へ乗り込み、彼女を助手席へと誘った。
「ありがとう」と微笑んでくれる彼女に嬉しい反面、簡単に男の車に乗る事に少しだけ心配になる。
多分、信用されているのだろう。だけど"男"に見られていないのではないかと思ってしまう。
黒羽の車にはもちろん乗るのだろう。
いつもなら、似ていることに嫌気がさしているのに、少しだけホッとしてるのは志保さんがアイツを信用しているからだ。だけどアイツと俺との違いを探してしまう。
普段は俺の方がモテるだろうけど、大勢よりは彼女一人にこちらを見てもらいたい。
なんだかんだ言っても、黒羽は友人の中でも気をおかなくても構わないうちの一人で、良いヤツなのは知っている。
「──そういえば、黒羽くんは今日はどうしたのかしら?」
不意に言われた言葉にハンドルを握る手が強まる。
「…黒羽、ですか? そういえば 見てないですね」
「工藤くんも? 体調でも壊してないといいけど」
心配そうに顔を顰めるのはアイツが大事だからなんだろう、でも、今は、今、隣にいるのは黒羽ではなく工藤新一だからこっちを見てもらいたい。
それが通じたのか、彼女がこちらを向いた。
ドキドキドキと高まる鼓動にどうにかなってしまう。
「工藤くん…」
「な、なんですか……」
「何って、信号青よ?」
「へ? あっ」
前を見れば信号は青になっていたし、後ろからの車にクラクションを鳴らされてしまった。
慌て、発進させると助手席に座る志保さんはクスクスと笑っていた。
この人、面白がってる。
なんとなく、黒羽が彼女に勝てないのが分かる気がするし、きっと俺も勝てないかもしれない。
「良かったらお茶でもしませんか?」
なんとなく離れたくなくて提案してみると、彼女は驚いたようにこちらを見た。
「……どうかしましたか?」
「いえ……工藤くんには嫌われているんだとばかり思っていたからびっくりして」
「き、嫌ってるなんて…」
「ほら、いつも何か考えているようだったから……」
黒羽くんがいたりすると少し態度が違っていたようにも思えたから、と話す彼女に確かに黒羽と三人で話しているとすぐにアイツが志保さんにくっついたりしていたからムカついていたりした。
それは黒羽に対してであって、志保さんにはではない。
「ち、違いますよ!志保さんを嫌うなんてないです!寧ろ、好きです」
「そう? ありがとう」
あ、これは本気にしていないとすぐに分かった。
彼女はきっと、友愛の形で受け取ってはくれたけど、恋人の友人からの言葉はそれ以上があるなんて考えてはいない。
新一はハハハ、と乾いた笑いをしながら前を向く。ぐっとアクセルを踏んでスピードをあげたのだった。
家まで送ろうなんて考えていたが、彼女に用事があるから駅まででいいと言われてしまえば、恋人の友人たる自分は何もいえない。
「ありがとう、お茶はまた今度ね」
軽く手を振って車から手を振る彼女を掴まえたくなるが、手を伸ばす前にさっさと降りてしまった。
見送る為かこちらに手を振るままの彼女に頭を下げて、そのまま車を流れに乗せた。
バックミラーを見ながら、彼女がまだこちらを見ていて、ようやく踵を返して歩いて行ったのを眺めながら車を走らせたのだった。
カツカツとヒールの音を鳴らしながら、だんだんと早足になるのは彼が待っているからだ。
本当は空港へ迎えに行くつもりだったが、彼はきちんと講義は出て下さいというものだから彼を迎えに行くのは諦めた。
早く行きたいのに、思いがけない雨のせいで足止めを食らったが、工藤くんのおかげで思ったよりも早く彼が待つカフェに間に合いそうだ。
「志保さん」
大学を出る前に電話で声を聞いていたとはいえ、機械越しとでは違う、彼の優しい声に志保は顔を上げて、滅多に見せない笑顔を浮かべた。
待ちくたびれたのだろうか、カフェの中で待っててと言ったのに店の前で手を振っている。
早足はいつの間にか小走りになっているのに、それほど彼に会いたかったのだと分かる。
彼もまたこちらへと走りよってきて、伸ばした手を握って、背中へと手を回して抱き寄せた。
「会いたかったです、志保さん」
耳を擽るような甘い科白にドキリとしながら、私もよ。と伝えたら頬にキスを贈られる。
イギリス暮らしが長いとはいえこんな人通りでなんて思いながらも、挨拶だとわかっているから志保もまた彼の頬に唇を寄せた。
「お帰りなさい、探くん」
END
2017/12/22