from when?
「灰原、ちょうど良かった」
「はい……?」
図書室へと足を向けていた彼女に声を掛けたのは担任教諭だった。なにがちょうど良かったのか彼であって、哀にとってはちょうども良くもなかった。
手渡された本は四冊程であるが、ハードカバーが三冊もある時点で女生徒に頼むのはおかしいであろう。しかし生憎 今 廊下にいたのは灰原哀のみで、担任も申し訳なさそうにしていた。
哀は小さくため息を吐きながら、それらを図書室へ戻すことを了承したのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ドアは静かに。という張り紙がされている扉を開けると、図書室らしく静観な空気は落ち着かせてくれる。
哀の明るい親友は図書室は嫌いではないが、静かにしていないといけないのは時折つらいらしく、たまにしか一緒にこない。
人も疎らであるが勉強をしている人、静かに読書をしている人を横目に、哀はカウンターへと本を戻した。
図書委員が受け取ったのを確認すると、自分が読みたい棚へと移動する。
幼い頃はアメリカで暮らしていた哀は成績は優秀であるが、馴染みの薄い日本の歴史に関してはまだまだ勉強が足りなかった。
とはいっても古典小説に目を通すくらいである。
さて、今日は何を読んでみようかと棚を眺めていた。
現代語に訳された本を見つけ、手を伸ばすがなかなか届かない。踏み台と求め、辺りを見渡しても近くにはないようだ。
はぁ、とため息を吐いて 哀は一段目の棚に足を掛けようとした時、横から伸ばされた腕が視界に入る。
それは哀が取ろうとしていた本を容易く取ると、彼女へとそれを差し出した。
「ったく、棚に乗ろうとすんなよ」
「………踏み台が見つからなかったのよ」
「優等生の灰原さんがそんなことしてたら、他の奴らが目ん玉飛び出してびっくりするぜ?」
「みんな、いったい誰にどんな期待しているのかしらね」
「そりゃ、才色兼備の灰原だろ」
「他人に多大な期待なんてしない方がいいのにね」
「……ま、とにかく届かない時は踏み台とか使えよ。じゃないと……」
少しだけ頬を赤らめてぶつぶつ話す"名探偵"に哀は「スケベ」と返した。
「……っ、るっせ!だ 誰がガキのなんか…」
「はいはい、どうでもいいわよ」
他愛もない話をしながら、ふと哀は傍らに立つ江戸川コナンの姿を見つめた。
いきなりじっと見つめてくる彼女に気づくかと、コナンは途端に「な、なんだよ…」とたじろいでいた。
「………順調に背は伸びているみたいね…」
「…………あ、あぁ…」
ふっと笑ったような、ほっと安堵したような表情を浮かべる彼女にコナンはドキッとしたものの、あれ?とどことなく違和感を感じた。
(あれ? こいつって…)
コナンは無意識に屈み込んだ。
「なぁ、お前ってそんなに低かったっけ?」
「あなたがいつの間にか背を越したんじゃない?」
くすっと笑う姿にコナンは胸元をぎゅっと掴んだ。
上からみるアングルがあまりにも綺麗で、守ってあげたいと思うくらいに華奢で、頬に落ちる睫毛の影なんて前は見えなかった。
つい、ついこの間まで彼女とは目線は同じだったはずなのに。一時期は彼女の方が背が高くて、並ぶことすらイヤで、部活とか忙しくて一緒に過ごす時間が減っていたが、本当にいつの間にか彼女を追い越していた。
「江戸川くん?」
少しだけ上目遣いになる翡翠色の眸が潤んで見えたのはコナンの願望なのだろうか。
「…………あ、の…」
「?」
小首を傾げながらも見上げてくる彼女に対し、コナンははくはくと口を開けているが言葉が出てこない。
そこでコナンは彼女──灰原 哀は女の子なんだと認識した。今までだって女だと分かっていたが、どこかで自分と同じだと思っていた。
中身は自分より1つ歳上であるのは昔から知っていたし、気の強い、女の子というよりは母と同じように思っていたのだが、彼女は守ってあけるべき"女の子"で"女"だということを理解したのだ。
表面だけで分かったつもりで、理解していなかったのだ。
「江戸川くん、具合でも悪いの?」
顔を赤くして汗を出し始めたコナンに対し、哀は心配して手を伸ばしてきた。
ひんやりとした冷たい手が額に触れられ、身体が震えた。
「特に熱はないようだけど……」
自分の額にも手を当てて比べている彼女の手を思わず振り払えば、バチっと鈍い音がした。
ぶつけてしまったようで、彼女の白い手が赤くなっているのが見えた。
「あ……わ、わりぃ……」
「……大丈夫よ。ごめんなさいね、いきなり触れられちゃ嫌よね」
くすっと肩を竦めながら笑った彼女は本を掲げると「これ ありがとう」と言って、背を向けると歩いて行ってしまった。
コナンはその場にしゃがみ込むと、あーだのうーだの声をあげた。
「………マジかよ…」
かーっと顔を赤らめて口を手で覆いながら、彼女が去っていった通路をただ眺めていた。
END
2017/12/16