君でいっぱいいっぱい
意識し始めたら…頭の中がいっぱいになっていた。
最近というかここ何日かばかり、哀はコナンと会話をしていない。
いつものようにコナンは阿笠邸に来ては食事を共にするのだが、礼は言われるものの会話らしいものをしていないのだ。
特別、話す用もないのだが。それでも話せないとなると何か落ち着かない感じがする。
哀はいつからこんな風になったかを考えてみたが、何も思い当たることはないのだ。
(……最後にまともに会話したのは、図書室だったわよね)
哀はその時の事を思い出す。
読みたい本に手がとどかず、棚に足をかけようとしたが、寸での処でコナンが手を伸ばして、棚から本を取ってくれたのだ。
頼んでもいないのに、と思いながらも、いつの間にか彼に背を抜かれ、順調に成長していることに気付きホッとしたのだ。
小さかったっけ、と言われたのには若干腹が立ったが、デリカシーがない人なんだから他意はないだろう。
しかし、特になにもなかったのだから避けられるというのが全く意味が分からない。
(──静かでいいけど、)
それでも寂しいと思うのは仕方ない事かもしれない。
コナンと会話らしい会話をしないまま、また数日が経ち、哀はまたしても担任に厄介事を頼まれた。
「いやぁ、すまんな、灰原」
「……………これを準備室まで運べばいいんですか?」
「ああ、これから職員会議があるからな。ほれ、鍵だ。終わったら事務室に返してくれ」
荷物の上に落とされた鍵はプラスチックのプレートにぶつかり、小さく音を鳴らすだけだ。
担任は頼んだぞ〜と軽く手を振りながら廊下を歩いていった。
はぁ、とため息を吐くしかない哀は手にある段ボールを持ち直し、準備室へと足を向けた。
か弱い女生徒になんて重い物を運ばせるのだろう、こんな時 優等生であると面倒を押し付けられてしまうはうんざりだ。
準備室への道のりを歩いていると、段ボールはだんだんと重みを増しているように感じる。
プリント類が入っている段ボールなんて重くて仕様がない物を女生徒に頼む担任はどうかしてると腹立たしくなるのは仕方ない。
あ、とよろけそうになったのは重さで力がぶれたからだ。そのままなんとか体勢を立て直し、段ボールから中身が飛び出さなくて良かったと思った所に「灰原!」と声を掛けられた。
その声は久しぶりに話しかけてきたというべきだろうか、いや、そもそも校内で話しかけられる事事態稀なことだったが。
声が発する方を見れば、そこには想像通り江戸川コナンと友人だろうか、何人かこちらを見ていた。
「江戸川くん…」
彼の姿を認めれば、彼の顔が少しだけ歪んだのは気のせいだろうか。
彼は友人たちに何かを話すとこちらへ近寄ってきた。
「なに?」と問いかける前に手にあった重みは消える。
「うわ、重ぇのな! どこに運ぶんだよ?」
「え、? 」
「え、じゃなくてどこまで運べばいいんだよ、これ」
「準備室、だけど……」
「あー、オメーの担任は数学のせんせーだったよな」
「え、えぇ…」
「んじゃ、オメーら明日な!」
「お、おぅ!」
人の混乱を他所に彼は友人たちに別れを告げ、スタスタと歩き始めた。
「…………ちょっと、なんなの?」
「なにが」
「別に頼んでないじゃない」
「………かわいくねーヤツ」
「…………あなたに可愛いなんて思われたくないわ」
つい憎まれ口を吐いてしまい、哀は自身にため息をついてしまう。その時コナンがどんな顔をしていたかは見ていなかった。
そのまま先に準備室へと歩いていった。
哀にドアを開けてもらい、コナンは先に入ると段ボールを机の上に置いた。
「ここでいーか?」
振り返り、彼女に訊くと「どこでもいいんじゃない? 持ってけとしか言われてないし」と素っ気なく言われてしまった。
彼女とまともに会話をするのは久しぶりだ。
前に図書室で話した以来だろうか、気がつけはついつい避けてしまっていたのだ。
それは何故なのかは分かるが、どうしたらいいか分からずに数日過ぎてしまったのが情けない。
だが、ふらふらと歩いている姿を見て助けたいと思ったし、そばにいた部活の仲間が「灰原さんだ」「今日も綺麗だ」なんだと話していて、あれは俺のだ、なんて思ってしまった。
それに近くにいた知らない男子生徒らが彼女に声を掛けようとしていたから、慌ててしまったのもある。
「そっか」
相変わらずの物言いに、苦笑いしながらコナンは応えた。
「「……………………」」
不意に沈黙が訪れた。廊下には来る途中誰もいなかったせいか、やたらと静かだ。
グラウンド側は野球部だろうか、声が遠くから聞こえてくる。今日はサッカー部は顧問の都合で休みだ。
「……段ボール、」
「は?」
「重かったの、助かったわ」
ありがとう、と小さく微笑まれて、コナンは思わず顔を逸らした。
希少な笑みに顔が熱くなるのを感じ、ドクドクと鼓動が早くなる。
──ずりぃ…。
そんな、控えめだけど微笑まれて、翻弄されている自分が彼女に負けているようで悔しい。
「………なによ、その態度?」
「べ、べつに オメーが素直にありがとうなんて言うから……」
言うから、嬉しくて、また手伝いたいとかなんでもしてあげたいと思ってしまった。
そう彼女の傍にいて、どんなこともしてやりたい、甘やかしたいなんて思うのは、彼女はあまり他人を頼らないから。
「…………あら、感謝はしているのよ。重かったから腕が痛くなるしね」
「よく、頼まれるのか?」
「え?」
「なんか前もプリント運んでたの見かけたことがあったから……」
「あぁ、優等生をしているから担任からよく頼まれるのよ。迷惑な話よね」
「優等生って………」
お前が?なんて思いながらも、考えたのは別の事だった。
担任……彼女のクラス担任は数学の先生で確か実年齢であれば自分たちとあまり変わらないのかもしれない。もしかして、灰原を狙ってる、とか?
そんな考えにコナンはイラッとしたのは言うまでもない。
「だったら 断ればいいじゃねぇか」
肩を竦めていた彼女はキョトンとした風にコナンを見てきた。
「そうもいかないでしょ」
「なんでだよ」
「相手は一応 先生なのよ?」
「…………………ツがいいのか……」
「江戸川くん?」
怪訝そうに聞き返してくる彼女に対して、コナンは哀の肩を掴んで訊いていた。
「っ、ああいうヤツがいいのかよ?!」
哀も驚いて翡翠色の眸を大きくしている。
自分でも驚いている、なんだってこんなにムカムカしているんだろう──普段の自分であればそんなこと、気に、しない……はずなのに。
「………あなた、何を言ってるの?」
まぁ、そう思うのは予想出来た訳で……コナンは何と言えばいいのか分からなくて、肩から手を離して、ガリガリと頭を掻いた。
「いや、あの………」
「───もしかして、私が担任を好きだと思った訳?」
「えっ! そ、そうなのか?」
「そんな訳ないでしょ、バカじゃない?」
「だ、だって アイツよく灰原に頼み事してるじゃねーか」
「よく知ってるのね? まぁ、でもたまたまよ?」
いやいや偶々でそんなに1人の、しかも女生徒にプリントだ、ノートだの運ばせる訳がない。
だとしたら、いくらなんでも酷いだろう。
もしかして気づいてないのか、とコナンは彼女を見た。
パチリと目が合うと、哀は少しだけ肩を竦めてみせた。
「まぁ、多分 気があるんじゃないかしら?」
「はぁ? お、おい……」
「多分、気に入られてる程度じゃない? ほら、優等生だし」
「優等生って、さっきも言ってたな」
「そ、優等生。だから頼み易いだけよ」
両手を挙げて、軽く笑う哀にコナンはハハハ…と渇いた笑いをした。
「じゃあ、行きましょう。煙草臭くていやだわ」
来たときと同じように哀がドアノブを回して、ドアを開けた。
二人で準備室から出ると、校内はどことなく静かで、グラウンドからは運動部の声が聞こえてくる。
「じゃあ、私 カバン取りに戻るわね。ありがとう、江戸川くん」
「え、あ………あの、さ、今日は買い物あんのか?」
「ええ、してから帰る予定だったけど?」
「───俺も行く」
「どうして?」
「どうしてって………荷物持ち、するからよ…」
「部活は?」
「自主練の日だから、気にすんな」
「…………そう、手伝ってもらえるのは助かるわ」
そう言って微笑む灰原は本当に綺麗で、自分のものにしたいと、独占したいと思ってコナンは拳を握りしめた。
「あ、あの、さ、灰原……」
「なに?」
「あの………あの、」
早く口にしてしまえ!と決意した時、廊下から声が響いた。
「哀ちゃーん!」
「歩美ちゃん」
「良かったぁ!」
タタタと廊下を走ってくる歩美に、哀はそちらを向いてしまった。
「どうしたの?」
「えっとね、英語の宿題 分からない所があったから教えてもらえないかな、って」
「いいわよ、どうせなら博士の家でやりましょう。ついでに夕飯もどう?」
「ホントっ!ありがとう、哀ちゃん!!」
「…………」
あまりの怒涛の展開にコナンは嘘だろ、とヒクリと顔を顰めた。
「コナンくん、いいかな?」
「え、あ、ま、まぁいーんじゃねーの……」
「そういえば、何か言い掛けていたけど…」
「あ、い、いい、また今度で…」
「そう? じゃあ、行きましょうか」
彼女がそう言えば、歩美は嬉しそうに頷いて哀の腕を組んでぴったりとくっついた。
「哀ちゃん、大好き〜」
「ふふ、ありがとう。私も歩美ちゃんが好きよ」
目の前で繰り広げられる告白大会にコナンは唖然とするしかない。
まぁ、無邪気なじゃれあいだろうと、コナンも二人の後ろを歩く。
その際、歩美が振り返り口をパクパクさせていた。
『はやく こくはくしないと あげないからね』
「……なっ!」
「どうかしたの、江戸川くん?」
「コナンくん、どうしたの?」
首を傾げる哀と、ニヤニヤ笑う歩美にコナンはにゃろぅと思うしかなかった。
買い物をしても、阿笠邸に行っても、歩美は哀にくっついて、煽るだけ煽っていった。
「どうかしたの? あなたたち二人」
「……俺が知りてぇよ…」
項垂れる俺を見ながら哀はクスっと笑う。
あぁ、もう、お前の事で頭がいっぱいなんだから不意打ちはやめて欲しい。
博士は歩美を車で送っていった。邪魔するのはいない。
コナンは目の前にいる哀の手を掴んだ。
「……工藤、くん?」
「あのな、灰原、俺さ──────」
とりあえず、博士の家とか雰囲気もなんともいえないが口にしてしまえと彼女の両手を離さなかった。
END
2018/05/12