I believed it was permanent.

名探偵コナン

『……私、あなたのこと──』

好きなんだけど……。思いがけない言葉に江戸川コナンは呆気に取られたのは言うまでもない。
コイツが、灰原哀がオレを好きだなんてまた何かの冗談か、からかっているのだと思った。
傷心のオレに対して、申し訳ないと思いながらの『なーんてね』がくるのだと思っていた。
だが、通学カバンを持つ彼女の手が震えていたこと、反対側の手が真っ白になるくらい握りしめられていたことに眼を瞠った。

『………わりぃ、オレ……まだ 蘭の事が───』

『……そうね。ごめんなさい。さっきの事は忘れてちょうだい』

くるりと背を向けて『先に帰るわ』と告げた彼女はふわりとした赤みがかった髪を靡かせて歩いて行ってしまった。
その表情はどんなのだったか分からないが、見てはいけないのは分かった。





あれから季節が廻り、例年より早い桜の開花宣言がされ、始業式前には桜が見頃を過ぎていた。
高校二年生になった江戸川コナンと灰原哀はいつものように家を出た。中学生になってから探偵事務所から工藤邸に移り住んだコナンは阿笠邸で一緒に食事を摂るという生活を送っている。
どうしても解毒剤を諦めざるおえなくなってから八年が経過し、薬で小さくなった時から十年になろうとしている。
数年前 恋人になった筈の、かつての幼なじみは四年程前に結婚し、現在は二歳になる子供がいる。
元に戻れなくなった以上、彼女を悲しませたのだから、その代わりコナンの姿でずっと傍にいようとしたが、彼女を支えたのは親友の園子や和葉であり、そして今の旦那さんであった。
二人がいつ出会ったのかは多分 蘭が大学に入ってからなんだと聞いた。二つ歳上だというソイツは蘭の先輩で真面目な人だ。
付き合い始めたというのを聞いたのは"工藤新一"が死亡してから三年程で、ゴールインしたのはそれから二年経ってからだった。
俺はというとただ傍で眺めるだけで、蘭には相手にされずに長かった初恋は終わってしまった。
だからといって幼い頃からの想いというのは冷めることがなく、蘭が結婚してからも彼女を好きだった。

そんな折、灰原に告白された。詳しくいえば、始めに歩美ちゃんに告白されたのだ。
「蘭お姉さんのこと、まだ好きなの? 歩美はコナンくんのこと、ずーっと好きなんだよ」小学生の頃から想いを表されていたが、どこかおままごとのような、妹のようにしかみていなかったせいか、彼女の想いに応える気はなかった。
「そっか、」と淋しげに笑う歩美に本気だったのかと知っていたようで知らなかった自分がいたが、まだまだ蘭の事は忘れられそうにない。
だからこそ、俺の気持ちを、工藤新一の想いを知っている灰原に告白された時は呆気に取られた。
それから、気にしないで過ごしているが彼女は相変わらず何を考えているのか分からない。
普通、振られた相手とは顔を合わせたくないだろう、それなのにそれからも普通に接してくる。
いっそ、あの告白は夢だったのではないか、と思えてきたりしたくらいだ。
それからだ、灰原の事を気にするようになったのは。多分、俺は灰原の事が好きなんだと思う。
あれほど蘭、蘭と言っていた挙げ句、蘭のことがまだ好きだからと彼女からの好意を不意にしたせいか、何も言えずに二年が過ぎた。
今だって隣を歩いているのに、昔となんら変わらない。相変わらず眠そうな顔をしている。
コイツとは好きとかどうとか以前に、対等として過ごしていけたらと思っていた。頼りになるし、頼りにされたい、信用もしている。だからこのままでいいんだと思っているし、ずっと二人でいるんだろうと思っている。

「なぁ、灰原。今日さ「灰原さーん!」」

話しかけようとした時、聞いたことのない男の声に遮られた。振り向けば知らない男が走りよってくる。
流石にコナンを見て「あ、お邪魔だった…?」と言ってきたが、灰原本人が「そんなんじゃないわ」と言い放った。
その言い方に、オメー、俺に告白したくせに。なんて思ってしまう。

「おはよう、どうかしたの?」

「あ、おはよう。昨日話していたことだけど、今度の土曜日どうかな?」

今度の土曜日? その日は確か探偵団のみんなと出掛けようと言っていた日だ。残念だな、知らねーヤツよ。
なんて話に割り込んで来た相手に素知らぬふりをしながらも優越感を抱いていると、「今度の土曜日…」と灰原がチラリとこちらを一瞥した。

「その、土曜日は予定があるの」

そう首を少しだけ傾ける彼女の髪がふわりと揺れる。それを見て、綺麗だな、触りたいなんて思いながらも見知らぬ男子生徒に(御愁傷様)と思うしかならない。

「そ、そうなんだ…」

「だから、日曜日ではダメかしら?」

「え!いいの?!」

「えぇ」

「ぇ?」と彼女の言葉に思わず声が出てしまう。
しかし、声を掛けてきた男は嬉しいのか聞こえなかったようで、灰原は一瞥したのち、そいつの相手をしている。

「時間とかは後で連絡するわ」

「うん、分かった。あ、俺先に行くね」

「えぇ」

灰原はソイツに手を振り、ふふっと口元を緩めた。
それに衝撃を受けたのは見たことがない表情をしたからだ。まるで、そうまるで十年程前に"幼なじみ"だった初恋の相手が嬉しそうに笑った表情に似ていたからだ。
彼女は何も言わずそのまま歩き始めたのをコナンは慌てて追い掛けた。

「お、おい、灰原……」

「……なに?」

ちらりとこちらを見て訊いてくる彼女に、コナンはこっちが何だ?と訊きたかった。

「………い、今の、誰……」

「同じクラスの江藤くん」

「え、江藤……?」

「ええ。それがどうかしたの?」

「……い、いや、日曜、出かけるのか…」

「……………デートなの」

「は?」

思いがけない言葉にコナンは声をあげて立ち止まった。灰原もつられて立ち止まり、コナンを見つめた。知的そうな翡翠の眸はまっすぐとコナンを注視している。

「彼に告白されてね、出掛ける約束してるのよ」

「………」

───絶句 。
いきなりの話にコナンは言葉が出なかった。
そんなコナンの態度に灰原は踵を返すと学校へと道を歩き始めた。
いつもなら「何してるの、遅刻するわよ」と声を掛けてくれるはずなのに彼女は先に行ってしまった。
コナンと言えば、何も言えずにただ小さくなっていく彼女の背中を見るしかなかった。
ようやく、ヨロヨロと足が動いたのは人も疎らになった通学路で歩いていると後ろから「コナーン!」と聞き慣れた声がコナンを呼びつけた。
振り向けば、何故かデカい握り飯を手にしながら走ってくる元太の姿がある。

「のんびり歩いてっど、遅刻すっぞ」

「……オメーは何 持ってんだよ」

「朝飯だよ、寝坊しちまってよ。飯三杯しか食えねかったんだ」

「……三杯食えたならいいじゃねーかよ」

「足りねぇだろ」

「…………はは、」

乾いた笑いが口から洩れるが、心はぐちゃぐちゃになっている。元太に促されるも、「先、行っててくれ…」と返すのが精一杯だった。

告白された?
日曜にデート?
なんで?
お前が好きなのは俺じゃねーの?
なんで、あんな、恋する女みてぇな顔してんだよ…
俺は、お前が好きなのに──。

立ち止まり、詰まるような痛みに胸を押さえる。
何をしていたんだろう
灰原の気持ちはまだ自分にあるんだとばかり思って、気持ちは自覚していたのに、隣にいるからと、ずっと傍にいるのが当たり前なんだと勝手に思っていた。
灰原は知るはずがないのだ、俺が彼女を振っていたのだから。
なんでもないように隣にいたから、振ったという自覚が薄れていたのかもしれない。
コナンは頭をガリガリと掻いた。

「………にしてんだよ、俺は……」

これでは十年前と同じではないか!
隣にいるのが当たり前で、さっさと気持ちを伝えられずに終わった工藤新一の初恋と同じだ。
ただ、それと違うのは彼女からの好意を知っているという余裕があったから、伝えようという行動をしなかった。馬鹿だ、大馬鹿だ。
不意に灰原の嬉しそうな顔が浮かぶ。
もう彼女の心はさっきの男に奪われたのだろうか? ダメだ、そんなの耐えられない。
頭を振り、落ち着こうと瞼を閉じた。
だが、瞼の裏に浮かぶのは彼女の、灰原の嬉しそうな表情で、次に浮かんだのは彼女から告白された時の……彼女はあの時 どんな顔をしていたんだろうか。
泣きそうな、悲しそうな、辛い表情?
見れなかったのだ、見たら、ダメな気がして、自分で彼女からの好意をズタズタにしたのを見たくなくて、哀しませたのを見たくなかったのだ。
現実逃避をしたのだろうか、あの時はまだ蘭の事が気掛かりで、まだ灰原の好意を受け入れるには自分の気持ちが整っていなかった。
そう、"まだ" 受け入れることが出来ずにいたのだ。
それは元を反せば、自分には灰原しかいないという気持ちがあったのだ。だから、その後 自覚したではないか。でも今更という気持ちと、慢心していたのだ。アイツが俺に告白してきたのだから、俺を好きだから、と。

「………最低だな…」

己の行為にムカムカする。
人の気持ちなんて変わるのに、俺は蘭を思っていても灰原は俺を思ってくれる、思っていてくれると当たり前に思っていた。
灰原が、俺以外の誰かを好きになるなんて思ってもいなかった。
コナンはぐっと拳を握ると、既に鐘がなった学校へと足を向けた。本当ならサボりたいところだが、あの男が灰原に近づいたらと思うと腸が煮えくりかえる。渡さない、渡せない、彼女は俺の好きな女なのだから。




To be Continued……?

2018/05/19


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