warmth
「ありがとうございましたー!」
閉まるドアの向こうで、店員のお決まりの挨拶が響いた。
「………ふぅー…」
そして学園内に備えられた商店街の工具店前にて、黒髪の少女は溜息をついていた。
小さな体に不釣り合いな、大きな荷物を抱えて…。
「…ちょっと買い過ぎたわね…」
ただでさえ工具類は重量がある。それを袋一杯に詰めているのだから、重くないわけが無い。
いくら必要な物とはいえ視界を遮る程の荷物に、蛍は再度溜息をついた。
……諦めて寮へと向かおうとしたが、ふと見覚えのある姿を見留め、蛍はフラつきながらもその人物の方へと歩を進めた。
大きな荷物でよく見えないが、彼だという確信があった。
背の高い黒髪の後ろ姿をきっちり見据えて、園芸店の前まで必死に歩いた……
――この日、岬は休日を利用して様々な植物の種を吟味していたが、突然のズボンを引っ張ってくる感触に下を見下ろした。
そこには大きな荷物……を持っている誰かがいた。
荷物の向こうから感じる、ジト目で見つめてくる視線と……艶やかな黒髪……
「……い…今井…か?ι」
「…何に見えるの?」
「い、いや…大きな荷物が歩いてるみたいだったから…ι」
「…………」
『歩く大きな荷物』から発せられる無言のプレッシャーに、岬は冷汗が流れるのを感じた。
正直言えば、この少女は苦手の部類に入る。
生徒を選り好みするわけでは無く、教師としての威厳が保てないのが悩みなのだ。
……ふと、自分の学生時代に想いを馳せる。
自分も教師に手をやかせてしまっただろうか?
(……少なくとも、『アイツ』は問題児だったがなι)
岬はにこやかに薔薇を巻き散らしながらムチを振り回す現・同僚の顔を浮かべ、頭を抱えた。
そんな岬などお構いなしに、蛍は荷物を地面に置き、黒い笑みを浮かべた。
「…ちょうどよかったわ。コレ、凄く重いのよ…」
「………は?;」
「はぁ〜…、肩凝っちゃったわ…」
「…お…おい…;」
ジトーーっと見上げてくる教え子に、岬は諦めの溜息をついた。
「…分かったよ。持って行ってやるから…ι」
「あら、私に気を使って自分から言ってくれるなんて……岬先生は優しいのねぇ…☆」
「…今井?さっき『ちょうどよかった』って言ってなかったか?」
「……ほら、今井。こっちは人通り多いから、そっち歩け」
「ええ、当然ね」
「…………ι」
蛍と岬は横に並んで、寮への道を歩いていた。
蛍は隣で気を使いながら歩く岬を見上げた。
さすがと言うか、当然と言うべきか……蛍の荷物を片手で持ち、もう片手に小さな袋をぶら下げている。
(…本当なら、先生の荷物は、あの小さい袋で済んだのよね…)
少しだけ、ほんの少しだけだけど……心に何かが引っ掛かっている気がする……
「Σ危ない、今井!!」
「……え?」
……その瞬間、蛍の目の前に、誰かが飛び出してきた。
「コラ!アリスを乱用するな!」
「ごめんなさ〜い!;」
岬の怒鳴り声に、慌てて逃げていく生徒。蛍は呆然としながら、事態を理解し始めた。
瞬間転移のアリスの持ち主が、力を使ったのだろう。
結果から言えば、運が悪かったのだ。
しっかりと誰が飛び出して来たのか見ておけば良かったと、蛍は舌打ちした。
その生徒にとっては運が良かっただろう。血を見ないで済んだのだから…
「……全くιおい、今井?大丈夫か?」
「…だ、大丈夫……Σっ!?」
立ち上がろうとした足に走る激痛に、蛍は動けなくなった。
先程の衝撃で、思い切り捻ったらしい。
(やっぱり許せないわ…。どこの誰か知らないけど…絶対探し出してやる…!)
岬は犯人への怒りを無表情のまま沸き上がらせる蛍を見下ろし、本日何回目かの溜息をついた。
「……ほら、今井」
「……え?」
蛍が見上げた先には、荷物を持ったまま背中を向けて蹲った岬がいた。
「痛いんだろ?医務室まで連れて行ってやるから」
「Σい、いいわよι…これ以上迷惑かけ…」
(……あれ?…メーワク…?)
自然に自らの口から出た言葉に、先程の引っ掛かりに気付いた様な気がした。
蛍の耳に、先程からのやり取りで飽きる程聞いた溜息が聞こえてきた。
背中を向けたままの岬の表情は見えない…。
「……迷惑だと思うなら、早く乗ってくれ。荷物抱えたまましゃがみ込むのは、結構疲れるんだぞ?」
「…………」
怖ず怖ずとしがみつく感触を確認して、岬は立ち上がった。
「急ぎたいのは山々だけど、足に響くだろ?ゆっくり歩くから、我慢しろよ?」
「え…ええ…」
片手に荷物、もう片方は手首に小さい袋を下げながら蛍を支え、岬は歩き出した。
蛍は背負われながら、いつもより高い視界に戸惑っていた。
(…完璧にアッシーじゃないの?ι)
だが、当の本人は、そうは思っていないだろう。
教師が生徒を助けるのは当然だ…とか言うに違いない。
(…まあ、いいわ。楽だし……久しぶりだし…)
この感触は久方ぶりだった。
昔は毎日のようにされていた。
(…お父さんとお母さん…元気かな?)
恥ずかしいって言って嫌がったりしたけど、本当は嬉しかった。
兄への罪悪感に苦しみながらも、精一杯私を愛してくれた、大好きな人達……
心配しないでね?
嫌な奴も、嫌なことも沢山あるけど、いいこともあるから。
…必死について来てくれたお馬鹿もいるし、一生懸命になれるクラスメートや……先生だっている。
蛍は岬の服を握り締め、その背に寄り添った。
その突然の感触に、岬は慌てて立ち止まった。
「Σどうした?痛いか?もうちょっと急ごうか?ι」
「…急がなくても、もっとゆっくりでもいいわよ。……楽だし」
「……お前……はぁー…;」
数え切れない程の溜息。
その溜息に隠れて、いつもの不敵な笑みではない楽しそうな笑みがあったことは……
……誰も知らない。
END
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あとがき
姉との電話会話から生まれたコラボ話・皐月版です(笑)
もう最高に愛してやまない岬蛍が書けて、凄く幸せでしたvV
アリスで大好きなカップリング&コンビはナル蜜柑に岬蛍、そして蜜柑の両親なのですが……
……共通点は犯罪ってことですかね?(苦笑)
お互いネタを出し合ってる時、世にも不思議な怪しい会話が飛び交っておりました。
姉がネタ帳にメモってる時に思い切り邪魔しまくりましたが……まあ、結果オーライってことで♪(殴)
……やっぱり妖精さんが微笑む夜マジックに、ゾゴ●ュア●ジュのまつげパワーは最高だよねっ!
(内輪ネタだらけですみませんι)
2006/11/15に頂きました。