snow light

Treasure

ハラハラと舞い落ちる白いカタマリ。

それは世界を覆い隠しては消え、そして一色に染めてしまうモノ……




「雪やぁーー!雪、雪ぃぃーー!!」

「うるさいわね。少し黙りなさい」

「Σはうわっ!?」


バカンッという機械音の直後に、甲高い叫びがこだました。
そして真っ白になっていた校庭に、見事な人型が出来た。


この日珍しくアリス学園に雪が積もり、放課後を待ちに待っていた生徒たちは、思い思いに外へ繰り出していた。
この二人――蜜柑と蛍も例外ではなく……と言うより、遊びたがった蜜柑に蛍が無理矢理連れ出されたのだった。


撃たれたダメージから回復したのか、蜜柑は起き上がり、泣きながら傍らの蛍に縋り付いた。


「〜〜っ、何すんねん、蛍ぅーー!!」

「やかましい」

「Σひぎゃっ!?」


再度向けられたバカン砲に、蜜柑は二つ目の人型を作った。


「……何で不機嫌なん?蛍ぅ〜」


蜜柑は雪塗れになりながら、眉間にシワを寄せている蛍を見上げた。
心なしか、震えているようにも感じる…。


「…うるさいわね。こんな寒い中をはしゃぐなんて、気が知れないわ…」


首をすぼめて睨んでくる親友に、蜜柑は呆気に取られた。この親友は、滅多に弱みを見せようとしない。

だがその表情にカチンときたのか、蛍はバカン砲の照準を蜜柑に合わせた。


「……何が言いたいのよ、この馬鹿」

「…へ?いやぁ〜…、蛍がウチにそんなこと言うの珍し…Σぎゃあーー!?」


三つ目の人型を作った親友に踵を返し、蛍は温かい建物内ヘと歩を進めた。


ひとしきり歩き、やっと寮が見えてきた。蛍は一人、この広大な学園に腹を立てた。

校庭から戻るのに、何故こんなに大変なのだろうか。
ただでさえ広いというなに、雪のせいで足を踏ん張れない為、歩くこと自体が煩わしい。


(…こんな邪魔なやつ、すぐに消し去ってやるわ…)


蛍は物凄く恐ろしいことを考えながら、何とか寮の前までたどり着いた。

やっと一息ついたが、それと同時に視界に見慣れた人物が見えた。

一応この学園の教師で、一応恩師になるのだろうか。
その人物がどこか抜けているせいか、それとも自分の性格からか……

……あまり敬っていない。

その人物は、雪に埋もれた花壇の植物を掘り出していた。
その光景に、蛍は溜息をついた。

自分の温室があるというのに、自分に関係無い花壇まで世話をしている。
仕事熱心と言うか……


「……ただのお人好し?」

「Σうわあっ!?」


突然の声に岬は飛び上がり、慌てて振り向いた。
そこにいたのは、いかにも不機嫌そうな表情の美少女…。


「Σげっ……い、今井…ι」

「……随分なご挨拶ね?」

「いっ…いや…す、すまんι」


じぃっと睨んでくる蛍に、岬は冷たい汗が背を伝うのを感じた。
真っ直ぐ見つめてくる、この教え子。教え子とは言えど、教師としての立場はいつも微妙だ。

…それが悩みの種でもあるのだが。

睨み続ける蛍に、震える岬……それは、蛇に睨まれた蛙と言わんばかりの光景だった。


「……ふぅー…」

「Σっ!!ι」


目を逸らしながら溜息をつく蛍に、岬はビクッと反応した。
…が、そしてその直後、ガックリと膝をつき、激しい自己嫌悪に陥った。


「…お…俺は…教師なのに…;」

「勝手に一人で地雷を踏まないでよ。私は何もしてないわよ?」

「………;」


岬は泣きたい気持ちを必死に抑え、強張った笑顔を蛍に向けた。


「…な、何か…用か…?ι」

「別に。物好きなことしてるなあって思っただけよ」


花壇に目配せする蛍を見て、岬は「ああ…」と呟き、再び花壇へと視線を戻した。


「いきなり降ったからな。そのままじゃ可哀相だろ?」


微笑み返す岬に、蛍の眉間のシワが深くなった。


「別に岬先生がやる必要も無いじゃない。第一、雪なんて邪魔なだけだわ。ほんっと、みんな振り回されて馬鹿みたいよ…」


ぶつぶつと愚痴を零す蛍に、岬は驚きで目を見開いた。
普段から冷静沈着な顔しか出さない少女だ。この反応は珍しい。


……だが、すぐに原因は思いついた。
この冷静な少女を一喜一憂させることが出来るのは、思い当たる所ただ一人だ。目の前に繰り広げられている愚痴も、あの元気な少女に向けられてのことだろう。


(可愛い所もあるじゃないか…)


岬は思わず笑いそうになったが、少女のプライドの為に堪えることにした。


「…今井。雪は嫌いか?」


蛍は一瞬驚いた顔を見せたが、すぐにしかめっ面を復活させた。


「嫌いよ。先生だってそうでしょう?植物も大変なんだから」

「うーん…。まあ、大変と言えば大変だが…」


「ほら、見ろ!」と言わんばかりの表情に、岬は頭を指で掻きながら苦笑した。


「でもな、俺は嫌いじゃないぞ?そりゃあ植物の中には雪が苦手なやつは多いけど、むしろその寒さが必要なやつだっている。
俺はこんなアリスを持ってるけど、自然の力に比べればたいしたことないさ」

「…ふーん。アリス学園の教師とは思えない発言ね?」


はは…と、岬は苦笑した。だが、間違ったことは言っていないつもりだ。
この学園は、生まれ持った能力を知り、制御し、そして"勘違いを起こさない"ということを学ぶ場なのだから。

……良くも悪くも。
その"勘違い"は正しいのか間違いなのか……時々分からなくなるが…。

岬は静かに溜息を零し、空へ指を指した。


「ほら、今井。空、見てみろ」


蛍は怪訝そうな顔を隠さなかったが、言われた通り空を見上げた途端、その光景に驚愕した。

その空はぼんやりと赤く輝いて、地上を照らしていた。

蛍は、その時になるまで気付かなかった。
冬は日没が早い。既に放課後だというのに、視界の明るさに時間を忘れていたのだ。


「面白いだろ?雪雲って。真夜中でも明るいんだぞ?」

「……知ってる」



――そう、知っている。

生まれてから10年間、両親と共に各地を転々としていたあの頃…。

寒い場所も、暑い場所も、色んな風景を見てきた。
もちろん雪が降る景色も…

……知ってたけど…忘れてた……


「…あ、知ってたか?いや…すまんι」

「……謝りすぎよ」

「あ、すまん!…Σあっ…い、いや…ι」


バツが悪そうに苦笑するこの教師を、蛍は直視出来なくなった。
突然俯いた蛍を不思議に思った岬が、その顔を覗き込もうとしたその時…


「Σあっ!蛍ぅーー!!ここにおったんーー!?」


…甲高い元気な声が響き渡った。
その声の主は、その場に着くなり、蛍にガッシリとしがみついた。


「蛍ったら勝手に帰るんやもん!」

「…うるさいわね。あんたが雪の上で寝てみたかったようだから、そのままにしてあげたのよ」

「むぅー!蛍の意地悪っ!」

「……ぷっ」


突然目の前で繰り広げられる会話に、岬はとうとう笑いを堪えきれなくなった。
その笑いを聞き逃さなかった蛍は、すぐさま睨みを効かせる。


「…い、いや……良かったじゃないか、今井。佐倉が来てくれて」

「Σ…っ!う、うるさいだけよ、こんな馬鹿」

「Σ蛍、まだ怒ってるん!?そんなに雪が嫌なん!?…うわーん!ごめんなー!!」

「………ぃ……ょ…」


泣きながら喚く蜜柑の声に紛れて小さく呟かれた蛍の声を、岬は確かに聞いた。


『…嫌いじゃないわよ』


確かに聞こえた声に、岬は再び笑いを堪えた…。





――余談だが…
…翌日、アリス学園で一騒動が起きた。

花壇の植物が、謎の暴走・暴動を起こしたのだ。
だが、たいした事件が起きることも無く、それはあっさり鎮圧された。
事件の重要度は低いということで犯人を調べ上げられることは無く、多分珍しい雪で浮かれた生徒がいたずらをしたんだろう…とされた。


……何故か、温室の隅で蹲って落ち込んでいた教師がいたらしいが……

……それは別の話(笑)




END






あとがき

地元に降る雪を見てて、なんかほのぼの書きたいな〜と考えて出来ました。

しかし何と言うか……岬×蛍と言うより蜜柑&蛍+岬って感じですかね?
それ以前にアリス学園に雪が降るのかという疑問があるけどι
……まあ、二次ですからっ!(殴)



皐月ちゃんからまた頂きました〜!
めちゃめちゃほのぼのだー!と読んだ後はニヤけっぱなし。
ありがとうございました☆


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