01

Treasure

 季節は冬。雪知らずの都会の地に、冴え冴えと澄み切った蒼穹の空。雲は少なく、鳥でも空を渡れば、いっそそこから切り抜いた様なコントラストを見せるだろう。乾燥した空っ風が子供の柔らかい肌を刺す。
 広大な敷地を持って首都圏に広がるアリス学園も、景色だけを見れば万年春の様な光景だ。始終勤めに上がっている庭師が手入れを怠らないのか、ほんの少しの中庭とて、芝生が綺麗に同じ背丈で揺れていた。
 その、ほんの少しの庭―アリス学園初等部の特別教室と、各クラスを繋ぐ回廊から外に開けた極小規模な中庭―で、対峙し合う二人の少年が居た。
 二人の少年を一言で形容するならば、迷うことなく、美少年。その将来にお姉さま方は胸をときめかせ、同年、同姓の子等には羨望と、或いは嫉妬でもって眺められるだろう。事実そうである。ただ、特異な境遇にある彼等に容易く小言を言ってくる輩はおらず、居たとても大抵が僻みだった。

 ―――そんな二人の間柄は、唯一無二の親友。

 だが、今のこの二人と言えば、およそ親友と形容するには程遠い…否、少し余所余所しい感があり。向かい合うその距離が、二人の溝の様な、そんな雰囲気を醸し出していた。
 学園に置いて、信じあえると言えば互いでしかなく。その為に今を貫き、生きてきた。そう、ほんの少し前までは。
 最初に口を開いたのは、愛嬌の様にうさぎを共にした、絹糸の様な金糸の少年だ。
「ねぇ、棗。俺達は親友だよな。―――少なくとも俺はそう思ってる」
 伺う様な視線に、濡れているのかと思わせる、艶めかしい黒髪の少年、棗はふわりと穏やかな表情で頷く。見るものを安堵させるその表情は、殆ど限られた者にしか向けられないものだった。ほんの少し前までは、棗の妹と、目の前の少年だけに。
「俺も、そう思ってる。流架」
 穏やかに頷いた棗を見て、少年、流架は嬉しそうに顔を綻ばせる。そして急に表情を引き締めて、改まって棗を見据えた。真摯な光を宿す鳶色。その口が紡ぐ先が容易く想像出来て、棗は変わって渋面を作った。

「―――俺は、佐倉が好きだ」
「…………」


きゅっと一文字に引かれた棗の唇は、何かを拒んでいる様に硬く閉ざされている。
 棗を見据える真っ直ぐな鳶色は、穢れも無く、純粋に人を想う気持ちで眩しい。照れ屋で、純情で、肝心な所に差し掛かると何時も照れで崩れてしまう流架の姿はなく、

「棗も、佐倉が好きだよね」

 尋ねる口調だが、それは明らかに確信を持った確認だった。
 無意識に持っていかれた棗の手が、鼓動がやけに煩い心臓を抑える様に、上着の黒服を鷲掴む。そして直ぐに離されて、ぶらりと腰の横に手が揺れる。強く捕まれたそこは、手を離した後でも皺が形として残っていた。苦い表情。口の中で噛み占める奥歯。

 ―――彼の親友と同じように、己も少女に惹かれていた。

 棗の様を、同じ風に苦渋の表情で眺めていた流架が、すっと足を踏み出す。縮んだ距離。知らず隔てていた距離を壊す様に、一歩、一歩と歩み寄り、俯き加減になった棗を覗きこんだ。そうして諭す様に口を開く。
「あのね、棗。俺は棗の事、とっても優しい奴だって知ってる」
 一端切り、蒼の双眸をふっと伏せる。言葉に顔を上げた棗の紅玉は、今は予想出来ない言葉の先に瞬いた。
 流架の脳裏に浮かんでいるのは、決して首を縦に振らない親友の姿だった。










 まるで己がその賑わいの場で笑うのが罪だという風に、突っ張りながらも年齢相応に騒ぐクラスメイト達の輪から離れて、何時も棗は無関心を装った冷めた目で、内容を見ているのかさえ分からない雑誌を感慨なく眺めている。
 周りからは、盛大な笑い声。普段は棗の傍に添って離れない遠巻きも、きゃぁきゃぁと元気な女子も、時々は同士で騒ぎあう事が多い。
 棗に年齢相応に笑ったり騒いだり…という光景は想像に難く、当然そんな姿は他者に見止められた事はない。
 けれど、棗がそうしたくない…という訳では無いことを流架は知っていた。ただ、そんな自分は罪だと、無邪気な光景から目を背けているだけだと。
 行って見ない?と棗を促す流架に、だが棗の答えは何時だって決まっている。

『流架だけ、行ってくればいい。俺はいい』
『でも棗、一緒に行こうよ』

 広げた雑誌のページを指先で掻い摘んで捲りながら、一際穏やかに笑んで見せる棗の肩を掴む流架。棗は流架の白い手を優しく掴んで、それでも抗えない強さでそっと己の肩から外させた。
 そしてまた、首は縦ではなく横に振られるのだ。
『いいから、行って来いよ』
 流架に乗じて棗の膝に縋り付いてきたウサギを抱き上げて、棗は流架の腕に手渡してやる。

『お前が楽しければ、それでいいんだ』








 ―――何時だって相手ばかり見ていて。

(けど、俺は―――)

「棗は、何時も自分を犠牲にして相手の事ばっかりで。それが、棗の優しさでいい所だって俺は思ってる。
 でも、「今」もまた退くのは違うと思う。逆に失礼だ。俺にも、佐倉にも」
 それは己の奢りだと流架もわかっていた。何時も守って貰っている立場で、ありがたく思うことすれ、こんな風に跳ねのけるなんて。でも優しい親友だから、後に自分のせいで後悔して欲しくなかった。相手の幸せを、少女の幸せを願っているのは何も棗だけじゃない。
「…………」
「きっと、後悔する。
 棗、優しさと遠慮は違う。俺を親友と思ってくれるなら、佐倉が好きなのなら、遠慮はしないで欲しい」
 まっすぐにぶつかって来る鳶色に吸い込まれそうで、棗は目を細めた。苦しかった想いが、この一言で紐解ける。

 ―――親友だから、大切にする。
 ―――親友だから、真っ向面から、全力でぶつかりたい。

 ―――互いが後悔しない様に。

 棗の口元が、小さく笑みを刷いていた。この学園へ来てから、滅多に、否ずっと笑いを見せなかった彼が、自然に浮かべたもの。
 人差し指を構えて、棗はつんと流架の額を軽くつついた。咄嗟の事で後ろへ後退した流架は、それでも嬉しさを隠しきれない曖昧な笑みで額を抑える。数年来笑わなかった親友の笑顔がそこにあった。

「流架、お前人が良すぎる」
「棗には負けちゃうけどね」

 今度は、二人で顔を見合わせて笑い合った。何も知らなかった頃、幸せだったあの頃に戻った様な。違うのは、ただの親友同士から、加えて互いが好敵手になった事だ。

 ―――陽だまりが似合う、少女を巡って。








あ―――やっぱり前編になってしまいました!!(涙
長引き過ぎなんだよ私…と自分をとりあえず叱咤してみましたが…(笑
遅く引っ張りすぎたキリリク作品、何時も感想を頂いております、マキ様へのお礼と称して仇作品です(殴
蜜柑ちゃんを巡ってバーサスな二人、つまるところトライアングルですが、私が書くとどうもこういう関係から始まってしまう…すみませ!親友な二人が大好きなんですっ(握り拳
ちょっとシリアス風味ではありますが、次回はギャグ…だと思いますんで!(何
なるたけ早めの執筆心がけますv

2005.02.14 ...瑠璃


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