02

Treasure

 ―――僕等の関係が、親友から好敵手となってから。
 ―――冬至が過ぎ、立春をようやく迎える前に、アリス学園に真白の結晶が舞い降りた。










「よっしゃ!今日は皆で雪合戦に決定やー!!」

 教室の硝子越しに外の様子を伺った蜜柑は、くるりとB組生徒に振り返って高らかに宣言した。寒かろうと、暑かろうと、常に元気と無邪気さが溢れる彼女は、大きな茶金の双眸を輝かせて、両手を天井に広げる。
 彼女がこのアリス学園初等部に転入して来てから暫く。クラス内対抗競技が昼休みに行われるのは、恒例事となっていた。
 初回は、皆のストレス発散の場を設ける…という彼の特力先輩の偉大な助言と大義名分の元に行われたそれだが、結局は、口車に乗せられただの、むきになっただので、子供達の楽しい交流だ。皆も、乗らない、やってられないと愚痴を零す者が多数だったにも関わらず、今では蜜柑の掛け声に我先にと飛びつく様になっていた。
 ―――だがそこはもちろん、敗者が負う規定ルールがあるからこそ燃えるのだが。

「お、雪合戦かーいいじゃんー」
「でも外は寒いだろ?室内ドッヂにしねぇ?」

 のってきた男子に、教室内と外との温度差で硝子がかく汗をちらりと見やった他の男子が顔を顰める。
「何言ってるんー!こっちで雪が降って、まして積もるなんて滅多にないんやろ?雪合戦しようよー!!」
 ぶんぶんぶんと、小さな両の握りこぶしを縦に振って主張する蜜柑。その姿は、年齢以上に彼女を幼く見せる。
 野外には、珍しく白銀の世界が広がっている。先程までは小降りだった粉雪も落ち着きを見せて、陽光を受けてキラキラと光る表面は足跡一つない。この世界に我先一番に飛び込んで、跡を付けるのはどれほど快感だろうか。
「外で遊んでればあったかくなるやろ!なぁ蛍ー?」
「何で私まで外に行く事が決定なのよ。寒いのなんてごめんだわ」
「そんな殺生な事言わんとーっ」
 親友に相変わらずべったりな蜜柑は、我関せずと、抱える分厚い書籍を広げ始めた蛍の首に抱きついた。鬱陶しそうに顔を顰めながらも、だが蛍が蜜柑を跳ね除けようという気配はない。するだけ無駄だと悟ったのか、邪険に扱いつつその実嬉しいのか。―――両者なのだと言う事は、周知の事実であった。
 元々、蜜柑側に付くクラスメイトといえば、これもまた相変わらず少数で。なので、嫌々ながら


「わ、わわわわ棗さんが……!」
「すげぇ怒ってるぜあれは…馬鹿の奴、流架さんをまた巻き込んだりするから…!!」
「やめてくれよもう…!!あの馬鹿絶対わかってない!」
「下手な攻撃して流架さんにあたったら俺ら命ないっての!これも戦略だとしたら…あいつ絶対馬鹿の皮被った策士だぜっ」
「あいつがそんな利口な奴かよっ」
「―――いや、君達も結構わかってない馬鹿だよ」

 ―――一体この中に、棗の不機嫌の真意を知る者がどれだけいただろう?

「棗、俺は遠慮しないからね」
「…当たり前だ」
 そして親友は好敵手として、互いに真摯な双眸を見据えあった。










 開戦は、棗による高速ボールだった。
 冷たささえ厭わないといった風に、棗は適量の雪を掴んで、苛立ち任せに雪玉を投げる。仲間が一杯だと笑顔でへらりとした蜜柑の顔に見事にそれは命中した。

「―――わぶっ!!」

 ぼたりと情けなく白いものが顔から零れ落ちる。雪はゆるく掴んだのみで痛みは少ないが、それでも雪の冷たさは、白い肌をほんのりと紅潮させた。
「こ、こらーー!!乙女の顔を狙うとは何事かい!」
 抗議の声までもが元気のいい蜜柑に、棗はふんと鼻で笑って見せた。
「うるせぇよ。雪化粧でもしたら、少しはまともな顔になるんじゃねぇ?」
「ムッ…ムキーーッ!!絶対負けへん―――っ!!」

(人の気も知らねぇで…)

 威勢のいい蜜柑に、さらに苛立ちが募っていくのが分かる。投げ遣りになっているというのだろう。これでは、何時もと同じ調子ではないかと、己の冷静な部分が苦笑していた。
 棗の一球で、棗側は勢いを増して活気付き、雪玉を懸命に握る者、防壁を作る者、投げる者と分散して総攻撃が始まった。蜜柑側もつられて活気付き、少数ながらも、それを生かして軽やかに避ける。蛍の頭には相変わらずのヘルメットが装着されて、絶対防御は万全だ。
 それでも数というのははやり圧倒的で、降る様に襲いかかる雪玉を全て避けるのは困難だ。

「―――佐倉!!」

 ―――ぱしんっ!

 蜜柑のツインテール目掛けて来たものを、流架の手の平が払いのける。呆然と振り返った蜜柑は、目を白黒して、茶金の双眸を瞬いた。
「後ろ、気を付けて」
「おおきに流架ぴょんー」
 ふわりと満面の笑顔で互いが向かい合う。間近で見た少女の華の笑みに、赤面が隠しきれない流架は直ぐに明後日の方向へ顔を背けた。

「………………」

 いら…と棗の黒いオーラが機嫌の悪さを如実に語って、取り巻きは再び震え上がる。
「な、棗さんまた怒ってる…!!」
「佐倉の奴でしゃばった事するから…!!今日の棗さん不機嫌最高潮じゃないかっ」
 ―――この雪合戦での一番の被害者は彼等だろう。
「ちょっと調子乗り過ぎなんだよアイツ、見てろ…」
 きょろきょろと辺りを見渡した一人が、沢山雪をすくった所為で覗く茶の土に転がる小石を拾い上げる。素早く空いた手で雪をすくい、小石を包むようにして丸める。一見するとただの雪玉だが、中にある物は凶器だ。
 もちろん本人としては単なる脅かし程度の気持ちしかない。それが人に当たった時の事なんて、安易に考えすぎて想像もしていない。
「へへっ……」
 にやりと口端を上げて、茶金の少女目掛けて投げようとした瞬間に…雪玉は炎に包まれてじゅわっと蒸発した。

「う、うあぢっっ―――!!」

 雪に包まれていたはずの小石まで、真っ黒になって消し炭になる。灰がかった白い雪の上に、消し屑がぱらぱらと舞い落ちる。
 元々水の属性がある雪を、資源なく強烈な炎でもって蒸発させ、その中身さえも一瞬にして消し炭にする。…そんな強力な力を有する炎を生み出せるものなど、考える限り一人しか浮かばない。
「な…棗さ……」
「いい度胸してるじゃねぇか、あぁ?」
 尻餅をついた一人に、影が差すように立つ棗の紅玉は、獲物を狙う様にギラギラを強い光を宿している。

 ―――もしもそれが、大切な親友に、大切な彼の少女に当たったりでもしたら、コイツどうしてくれようか。

 本日一番の恐怖に直面した少年は、情け無く座り込んだまま失神した。雪が尻にしみて、その様は笑いを誘うほど滑稽だ。
「よーし、反撃開始ーー!!」
 何も知らない蜜柑の号令が、高らかに蒼穹の空に響いた。試合は、始まったばかり―――。









大変です隊長!!何だかこれ、棗VS流架になってない気がします…!!
本人思い切りその気で書くのですが、彼の行動とか考えながらやってると…本当何やってんの君達っていう!(爆
少しばかり、流架ぴょんは頑張ってると想うんですけど…棗君に至っては、いらいらして…次の瞬間には暗躍して裏方ですか!っていう…
基本的に当サイトの二人は仲慎ましい親友であってほしいので…どうしてもこんな形…しかもこれで中編。私、どうやって後編に繋げるつもりなんでしょう(そんな事ぁあんたしかわかんねぇよ!
も、申し訳ございませ……っっ(だらだら
とりあえず、本日の被害者、B組の棗取り巻き。と言う事で。ちゃんちゃん♪(うあ逃げたコイツ!

2005.02.18 ...瑠璃


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