03

Treasure

 ―――一体、何時からだったろうか。
 殆ど「敵対」していたと言っていい関係の彼の少女が、大切な親友と肩を並べるくらいには大きな存在になって。けれど、親友に抱くそれとはまた違った感情の正体に気付いたのは、それからまた暫く時間がかかって。
 棗自身戸惑いも多く、当初はそんな彼女を受け入れるのも、己と関わると彼女が傷つくと…身を引いたり。それよりも、自分が大切で止まない親友と、少女が一緒になって幸せになってくれたら。こんなに嬉しい事はないなんて、親友を応援する気でさえ、いた。

 ―――嬉しくなんか、ない。

 ―――そんな事、心の底から望んでいたわけじゃなかった。

『棗…本当にそれでいいの?』
 ―――親友は、棗よりも早く気付いていた。

 ほら、行くといいと親友の背を押して、少女の元へたきつけるも、背後から聞こえる笑い声と穏やかな空気に心臓が押し潰されそうになる。背に目があればいいと思う反面で、なくてよかったと思う自分もいる。
 自分でした行動に、直後後悔する。
 今までも、クラスメイトの輪に入らない棗に、「一緒に行こうよ」と誘ってくれた親友。けれどどうしても異質となって浮かび上がってしまう自分では、親友は根から楽しむ事なんて出来ないだろうと、「お前だけ、行って来い」と棗は促した。

 ―――その時送り返した親友の背を眺めながら思った事。
 ―――少女の元へ親友をたきつけ、背を向けて思った事。

 わからない感情を持て余した棗の両拳が、痛い程に握り締められた。否きっと、わからないのではなく、気付きたくなかったから背を向けた。今となってはそう思っている。

『きっと、後悔する。
 棗、優しさと遠慮は違う。俺を親友と思ってくれるなら、佐倉が好きなのなら、遠慮はしないで欲しい』

 その時程、真っ直ぐで純粋な親友を嬉しく、誇りに思った事はなかった。形こそ違えど、互いの幸を願い続けた、優しさの在り方がそこにある。

 ―――だから。
 ―――もう一歩だって、退かない。

 それが彼の親友への優しさで、新しい、自分達の関係だから。









 半日で終了を遂げた授業の、放課後に開かれた恒例のクラス内対決ゲーム「雪合戦」。その勝敗はまたも恒例で「引き分け」に持ち越し、だがその後の状態と来たら、それは悲惨なものだった。

「さ、寒―――っ!…ふぇ、ぇ、へくしっ!!」

 人一倍元気な茶金の少女が、これもまた人一倍盛大にくしゃみする。
 冬空を元気に走り周り、真っ赤になる手を構いもせずに雪を掴み上げ、雪玉を投げる。テンションは上がり、盛り上がりを見せればおのずと簡単な寒さや冷たさなど吹き飛んでしまう。だが、一度試合が終われば、思い出したように再び襲ってくる寒さ。
 見れば雪まみれになった黒の制服は溶けかけたみぞれがくっついて体温を奪い、中途半端に濡れた身体に冷たい冬の風が容赦無く突き刺す。両手は霜焼け寸前の様に真っ赤になっていた。頬も紅潮して、吐く白い息が寒々しい。鼻を指先で抑えながらすすれば、ずずっと音がする。
 このまま放っておけば間違いなく風邪を引く。
「馬鹿ね、コートも着ずに雪合戦に挑むなんて。あんたって本当考えなし」
「殺生や蛍ー!そうゆうのは前に言ってくれなっ!」
 そうのたまう蜜柑の親友は、ラビットファーの付いたパーカーニットに、頭部にはイヤーマフラーと、しっかり装備万端だ。ふわふわのファーに、流架と腕の中のうさぎんは複雑な眼差しを送っている。
 そのファーは「本物」なのか。動物を愛して止まない彼にとって、羽毛はどうにも複雑だった。
「言わなくても分かるでしょう。普通は」
 淡々とした突っ込みに、答える声はなく変わりにまた、盛大なくしゃみ。それに応える様に、蜜柑の周りで同じくくしゃみを連発するクラスメイト達。皆一斉に、教室で温まるんだと初等部校舎に駆けて行く。B組には馬鹿ばっかりね、と蛍は感情を露にしない表情で肩を竦めた。
 この調子でいけば、間もなくB組の教室の暖炉には一杯の生徒で囲まれるだろう。乗り遅れないように蜜柑も走り出すも、冷たい風が鼻頭をくすぐっていけない。再び大きなくしゃみをすると、自然蜜柑の足は止まった。何だかんだ言いつつも、いろんな意味で集中攻撃を受けるのは大抵蜜柑なのである。雪まみれの比率もそうだ。
 その様を見兼ねた流架が、自分の羽織り物脱ごうと腕の中のうさぎを地面に降ろすと、うさぎはぴょんと跳ねて蜜柑に飛びついた。抱き上げれば、冬の寒さをものともしない羽毛と動物の暖かな体温がじんわりと肌を伝う。
「うあーうさぎん暖かい〜」
 溜まらず、蜜柑は腕に飛び込んだうさぎを抱き絞めた。その様を、「生きた羽毛…」とぼそりと呟いて目を光らせた蛍を見た流架は、さらに縮み上がった。恐ろしいがやりかねない。何を、とは言わない。
 再び蜜柑を見やれば、うさぎの暖かさだけで十分だと言いたげに、満足げな姿が伺える。中途半端に脱いだ上着はその役を失い、流架はどうしようかと戸惑いの色を表情に浮かべる。

 ―――そしてちょっとうさぎが羨ましい。


 流架が隣を伺えば、鏡を照らし合わせた様な困惑顔―――殆ど崩されない不機嫌顔にほんのりと覗く程度かもしれないが―――の棗の姿があって。
 きっと。同じ事を思っているんだろうなんて苦笑でもって相手を見やれば、くしゃりと相手の顔が歪んだ。もっとも彼にしてみればうさぎとて流架の一部だろう。更に面白くないはずだ。

(棗って…本当は凄く独占欲とか強いんだろうな…)

 一度仲間と認めたなら、決して裏切らない彼。その情の深さを知っているから、ならば更に特別な存在が出来たとなれば、一体どれだけの想いと親愛を注ぎ込むのだろう?
 すっと流架から視線を外した棗は、白い雪をどっしりと背負った枯れ枝を見上げた。鋭い紅玉の双眸の焦点を枝の分かれ目にあわせると、湿ったそこに軽くぼぅっと火が上がる。脆い枝は直ぐに雪と共に棗の足元に落ちてきて、くるりと回しながらそれを拾い上げる。そんな作業を転々と繰り返せば、枯れ枝の束が出来上がる。そして作業を何度も繰り返せば、そこだけが穴が開いたように雪が溶けて茶の地面が覗いていた。
 準備が出来た、と言わんばかりに棗はうさぎとじゃれる蜜柑のツインテールを背後から強く引っ張った。反動でバランスを崩した蜜柑が、腕の中からうさぎを取り落とす。

「いたたたた…!!何すんねん棗ーっ」

 甲高い、耳のつんさぐ様な抗議の声には応えず、棗はぐいぐいと蜜柑の髪を枯れ枝の山まで引っ張った。
 彼のやらんとする事が直ぐに掴めた流架は、ふっと表情を綻ばせて後に続く。蛍にもそれは明らかに伝わったのだろう。「素直じゃないっていうか、強引よね」そんな風に表情だけが語っていた。
 間もなく枝の山に火が音を立ててつき、その傍に蜜柑の体を投げ捨てる様に手を引いた。またっくもって何処までも素直じゃない。
 どうせ、教室は暖を取る他のクラスメイト達でごったがえしているのだ。棗が行けば当然の様に席は設けられるだろうが、最も温まって欲しい彼女には、当然の事ながらそれは期待出来ないだろう。
 まるで、一緒のチームになれなかったのを追いつくのだと言わんばかりの行動に、随分と垣間見なかった彼の幼さを伺う。
 そしてちらりと互いを見やった棗と流架は、多分同じ事を考えている。今度こそと肩に掛かる己の上着をやる手は同じ動きをするのだろう。
 ―――そんな、些細な事から、水面下で勝負は始まっていて。

(…負けないよ)
(…負けるかよ)

 そしてさりげない風に己の上着を脱いで、愛しい少女の肩にかける事が出来たのは。
「―――まったく、馬鹿ね。仕方ないから今だけ貸してあげるわ」
 ふわり。すっと白い繊手が小さな肩に添えられる。
「「……………」」
 再び、両者の手は行き場を失って。中途半端にはだけた上着は役目を失って。なんて自然で素早いのだろうか、まるで見透かしたような彼女の行動に、両目をぼぅっと瞬く事しか出来ない。
「ありがと〜やっぱり蛍大好きやーっ」
「きちんと洗濯して返しなさいよね」
 そっけなく言い放った蛍の視線は男子二人に注がれて、ふっと勝ち誇る様な笑みを携える。あぁ楽しい、と紫紺の瞳は雄弁に語った。
 棗と流架は、先程とは別の意味合いで困惑顔を浮かべて顔を見合わせる。もちろん彼女を譲る気なんて毛頭ない。けれど、それよりも先に立ちはだかる大きな壁。
 誰となく、二人だけが聞こえる声量でぼんやりと口を開いたのは金髪の少年で。

「ねぇ棗…俺達は親友だよな?」
「あぁ」
「俺達は…ライバル…だよな?」
「あぁ」
「でもその前に…手を組んだ方がよさそうじゃないか…?」
「…あぁ」

 ―――What kind of relations are relations, such as I?
 ―――(僕等の関係はどんなものですか?)












一体どれだけお待たせしましたか…!?
一体どれだけご要望から逸れまくりましたか…!?
あぁぁぁぁマキ様ごめんなさいごめんなさいーーーっ(涙涙
ありがたくもリクエストを頂き、そしてあまりに逸れた展開に…結局打倒蛍ちゃんのために、ライバルな二人は手を組んだりしています。加えて最初っから結構ばちばちやってた風にも見えません…!昼ドラみたいにどろどろしていないとです!(誰!?
本当に…大変お待たせした上にこの仕上がり…不満なんでも承ります…!!寧ろげしげしやってください…(T_T)
管理人…穴に入りたいです…ひきこもーり症が出ている…(爆

2005.05.01 ...瑠璃


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