warm sirence

Treasure

ぽかぽかの陽気。
そよそよと吹く風。
秋も終わりに近づいているというのに、春のように気持ちのいい午後だった。

「コート、いらんかったなぁ」

そう呟き、コートを簡単にたたんで横に置く。
色づいた葉が少しずつ落ちていく大きな木の下。
下草の上。
そこに蜜柑は足をのばして座り込んでいた。
周りには誰もいない。
ここは北の森の入口付近で、ベアを恐れる生徒たちは基本的にここに近づかない。
では蜜柑はどうしてこんな所に一人でいるのか。

「………ベアの奴ぅー………せっかくうちが仲良うしたろう思て行ったたのに、いきなり殴りかかってくるやなんてぇ………」

むっすーと頬を膨らまし、蜜柑は一人愚痴をこぼす。
この愚痴の通り、蜜柑は『ベアと仲良くなろう作戦』に失敗し、悔しさと怒りの中、森の入口まで(逃げ)戻ってきたのだ。
はぁぁと長いため息をつく蜜柑。
すると、頭上からふてぶてしいこと極まりない声が降ってきた。

「情けねー奴」

クマの人形にやられてんじゃねーよ。ブス。
最初の一言以外は呟くような声だったが、蜜柑はしっかり聞き取った。
冷めた中に嫌味を含んだ口調。
それでいてよく通る声。
蜜柑の知る人物の中でこれに該当するのはただ一人だけ。
ぎんっと眼を剣呑に光らせ、蜜柑は声を張り上げた。

「誰がブスやっ!棗っ!」

怒鳴りながら振り返った蜜柑は、口をつぐんだ。
吊り上げた目をきょとんと瞬かせる。

「………棗?」

いると思っていた嫌味発言者、日向棗の姿がない。
辺りを見回すが、やっぱりいない。

「え、え、え?棗?」

いないのに、声はした。
いないのに、声はした。
いないのに………

「ぎぃやーっ!お化けー!!」

「アホか」

心底呆れた声と共に、上から何かが降ってきた。そして見事に蜜柑の額に直撃する。

「いっ!」

スコーンと良い音をたて跳ね返ったそれを手に取り、眺めた。

「………空き、缶?」

降ってきたのは、空のジュースの缶だった。
眉をひそめ、額を抑えながら蜜柑は上を見上げる。
すると木の中間あたりに位置する枝の上に、探していた姿があった。

「棗!あんたそんなとこにおったんか!」

というかゴミはゴミ箱に捨てんかいっ!

と蜜柑は木の上を仰ぎながら怒鳴った。
棗はそんな蜜柑に一瞥をくれただけで、何も言わずに幹に背をもたれさせる。

「む、無視すんなぁっ!」

きぃーっと蜜柑は地団駄を踏んだ。
やはり返事はなく、蜜柑は口をヘの字に曲げ、高い所にいる棗を悔しそうに睨みつける。
そのまましばらく黙って考え込み、蜜柑は決起した。
ばっと木にしがみつき、よじよじと登りだす。
さすがの棗も目を丸くする。

「お前………登れんのかよ」

驚き半分呆れ半分といった棗に、蜜柑はにんまりと笑った。

「うちは田舎者や。こんな木登り、朝飯前やで!」

そう言って意味なく不敵に笑い、蜜柑はよいしょよいしょと順調に登っていく。
そして、棗の座る枝に手をかけた。

「やっ………わっ!」

達成目前に、ぱぁっと顔を輝かせた次の瞬間、蜜柑は足を踏み外した。


落ちる―――!

必然的に受けるであろう痛みの恐怖に、蜜柑は目をぎゅっとつぶる。
しかし、それは免れた。
上から伸ばされた手が、落ちかけた蜜柑の腕をしっかりと掴んでくれている。
ぶらんぶらんと足が宙に浮いている蜜柑は、半泣きの状態で顔だけを上に向けた。

「な、つめぇ」

「朝飯前なんじゃねーのかよ」

ため息混じりにそう言われ、蜜柑は顔を赤くしうつむく。
そんな蜜柑を棗はぐぃっと引き上げた。

「わ………あんた力強いんやなぁ」

枝の所まで引き上げられ、棗の隣に座らされた蜜柑は素直に感嘆する。

「ほとんど身長変わらへんのに、重くないん?」

「すげー重い」

「………」

間髪入れずの返事に、蜜柑は必死に笑顔をつくった。
怒ったらあかん。怒ったらあかん。
自分が重いかどうか聞いたのだし、何よりさっき助けてもらった借りがある。
大人になるんや、蜜柑!

「象並みに重かった」

「んなわけあるかアホー!」

蜜柑は大人にはなれなかった。
ぎゃーぎゃーと喚き散らす蜜柑を、棗はやっぱり無視する。
一通り喚いた後、蜜柑は荒く息をしながら、もぅええわと呟き、棗から目をそらした。
そのまましばらく沈黙し、ふと疑問に思ったことを口にする。

「………あんた、何でこんなとこにおったん?」

景色を見ていた、ということはないだろう。木の上と言っても中間辺りなので、そこまで遠くは見えない。

「なぁ、何でなん?」

重ねて尋ねてくる蜜柑に、棗はふんと鼻を鳴らす。


「………どーでもいいだろ。お前には関係ない」

関係ない。
その言葉に、蜜柑は少しだけ胸が痛んだ。
何か言おうと口を動かすが、言葉にならない。
また沈黙がおとずれた。
その場の空気のように冷たい風が二人に吹きつく。
肌寒さを感じ、蜜柑はくしゃみを漏らした。
それを見ていた棗が、眉をひそめる。

「お前………コートはどうした」

そう聞いてくる棗はしっかりコートを着ていた。
蜜柑はきょとんとし

「え、あ………下に置いてきてもーた」

と頭を掻く。

「………馬鹿じゃねーの」

「………」

だって、下はあったかかってんもん。
そうぼやく蜜柑に、棗は小さく息をついた。そして思むろにコートを脱ぎ、蜜柑に投げる。

「着てろ」

「え、ええよ!棗が寒くなるやろ。うち、もぅ下に降りるか………」

「降りるな」

思わぬ棗の反応に蜜柑は目を大きくし、棗を見やる。
すると、驚くほど真撃な瞳とかちあった。

「……それを着て、ここにいろ」

「………う、ん」

有無を言わさない棗の言葉に、蜜柑はこくりと頷き、従った。
ぎくしゃくした動きでコートに腕を通す。
コートには、ほのかに棗の体温が残っていた。

「………あったかい」

呟くように言い、蜜柑はほぅと息をつく。
なぜだかわからないけど、鼓動が速くなる。顔が、熱くなる。
蜜柑はそれに戸惑いながらも、目元を和ませた。
本当に嬉しそうな笑顔になる。

「………ありがとな、棗」

「………」

やっぱり返事は返ってこなかった。
それでも、先程みたいに無視されたわけではないと蜜柑はわかる。

今日何度目かの沈黙。

だけどそれは、今日初めての暖かい沈黙―――



<END>





四葉 ゆう様から頂いちゃいましたvv
素敵小説過ぎます!!鼻血噴きそうでしたvV
ありがとうございます♪ありがとうございます♪
読んだ後、自分には書けない話を書く人には、本当に尊敬しちゃいますvV

しかし、再会記念で「?」な方がいると思われますが
…実は去年、ジャンルは違いますが、四葉 ゆう様が運営していたサイトに入り浸っていたのです(苦笑)
そして、今回偶然にもネット上で再会したので
その記念なんですよ♪
四葉 ゆう様、その節は多大なご迷惑をおかけしておりました…。m(__)m

では、本当に素敵すぎる小説頂けて、感謝感激ですvV

'04/11/21


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