千鳥雨

Treasure

 あんたは幸せもんやな。

 腕の中に大人しく閉じ込められているこの女は、嬉しそうに微笑んでいるんだろうな。
 俺からは見えないが、恐らく。――容易に想像できる。っつか、想像なんつー生温い表現じゃ足りねぇし。事実だろうな。

「ア?」
「だから、棗は幸せもんゆうたんよ。親友の流架ぴょんも居るし、取り戻したかった葵ちゃんも居る。ウチっちゅー、可愛い恋人も居るしなっ!」
「てめーで言うな馬鹿女」
「きーっ! なんやその言い草っ!」

 耳元で喧しい。
 ギャーギャー騒ぐな迷惑だ、今日も水玉パンツめ。

「あーんーたーと、ゆー奴はぁ! もう知らんっ!」

 情事後の気だるさが体を占めているが、気分良い。満たされるものがある。
 さっきまで下で喘いでいた女はまだ元気が有り余ってるようだ。……良い度胸してやがる。

「あんた、またウチの話、聞いておらへんやろ? 棗はいつもそうや、大体、あんたは自分ひとりで完結させる嫌いがあるわ。自己完結ってより、自己納得ちゅか」
「アホか。ほとんど同じ意味じゃねぇか」
「アホ言うな、イヤミキツネっ!」
「……………ほー」

 ほんと、良い度胸してやがる。
 あー、うるせぇ。ギャーギャーと。
 しかたねぇ。黙らせるか。

 触れた唇は相変わらず柔らかくて癖になる甘さがあった。

「ふ、…ん、ぁ………ふ」

 鼻から抜ける甘い息。
 舌を絡ませるとコイツは薄ら目を開けた。軽く、舌を噛んでやった。
 んあ? ……なんだ? 誘ってんのかよ。
 ってか、俺が我慢出来なくなるし。
 蜜柑の頭を力込めて引に押さえつけた。そうしねえと、離れようとすんだ。そのまま仰向けに倒れた。そのまま俺と蜜柑の位置を交換する為に、身体を捻った。

「ん、んっ」

 あー……ヤベ。
 俺、やっぱコイツたりねぇわ。
 求めても求めても。
 欠乏する。足りなくなる。
 ああ、どうせなら世界はコイツと俺のふたりだけのものであれば良いのに。
 安心出来るんだろうのに。


「蜜柑。…わりぃけど、手加減出来ねぇ」
「ちょ、したばっかりやろうっ! なに言うとん、っ」

 文句を完全に言い終える前に塞いでやれば、うるさくねーし。
 つか自分も感じてるクセによく言うぜ。
 頭の中、今、俺だけでいっぱいなくせにな。……けどな、そうじゃなきゃ、意味ねぇんだよ。
 酷く甘い蜜柑の唇。それと同じ甘さの吐息が鬱血した赤い唇から漏れる。
 額に、頬に首筋に鎖骨に唇を押し付けて、鎖骨やら胸にやらは強く吸うたびに身体は震えて同じ甘い息が出る。
 ……こいつの声、安心する。
 渇いていた、ずっと。
 触れたくて。……蜜柑が欲しくて、すべて欲しくて。
 頭ん上から聞こえる砂糖菓子の声に溺れて死んでいってしまいたい。

(どうせ死ぬなら、だがな)

「な、つめぇ……んん、ぁ」

 名前を呼ばれるたびに来る震え。
 込み上げるのは赤々とした塊。熱やら感情やら、欲に犯された幸福なのだろうな。
 葵も、流架も、……クラスの奴も居ないより居た方が良い。
 大切な仲間、友、家族だ。
 けれど、欠けて欲しくない唯一の存在が居る。

「蜜柑」

 促すように呼んでやれば、潤む金茶の双眸が覗いた。……ヤベ、我慢出来なくなる。ま、するつもりもねーけど。

「ん、なつめ?」
「おまえが居れば良い」

 大した意識もしてないのに腰に回した腕に力が篭る。

 おまえがいれば、それでいい。
 どんな暗中の只中に居たって、おまえが傍で笑っていてくれるなら。なんだって。
 引き替えに出来ない、そんな事は望めない、ただひとりの大切な。

「おまえが居れば、……他には望むのはねぇ」

 おまえが居れば、これから先も生きていける。
 おまえが生きていてくれるから、傍にいてくれるから、生きていられるだなんて、んな恰好悪くて陳腐なことは言いたくはなかった。
 けど、蜜柑。

「……俺はおまえが居ないと、なにも感じられないんだろうな……」
「……そんなこと、は」

 頭をやんわりと指先が撫でる感触がする。その手をとって、薬指にキスをした。押し付けるように強く噛んで。


「愛しているよ、おまえだけを」

 俺の与える熱で、頬を上気させながら女の表情で幸せそうに笑う。
 煽ってるような仕種に芯に燻っていた火種が燃えるのを感じた。
 なあ、知らないだろう? おまえをどれだけ好きでいるかなんて。
 蜜柑がくれるすべてで満たされてしまえば、良いのにな。

「俺の全てで教えてやるよ」

 そして、俺の全てがお前を満たせばいい。





Fin


後記■……甘いですよね?(たぶん)
 棗氏一人称。エロっぽくないのは私が書くからか?



梨織沙雪様のサイトから18万HIT企画からパチってきちゃいましたーーー!!
いやぁ、素敵な小説で文才がすごい…
見習いたいモノです。

頂いた日:2006/8/17


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