01

ジリリリリリ…
布団の中から鳴り響く目覚まし時計に手を伸ばし、音を止めた。
なんだか、まだ眠い。しかし、未夢はモゾモゾと布団から這い出てきた。
(…なんか……怠いかも…)
「未夢さ――ん、朝ご飯出来てますよ〜〜起きて下さ――い」
台所の方から、ワンニャーの声。未夢は腕を伸ばすと(気のせいだよね)と自分に問い掛け
「今、行くよ〜〜ワンニャー」
返事をして、パジャマに手をかけた。制服に着替え、台所へと向かうとテーブルには朝食が並び、ぷかぷかと浮いているルゥが目に入った。
「おはよう、ルゥくん」
「あーい♪マンマぁ」
「おはようございます、未夢さん」
ワンニャーは哺乳瓶片手にルゥのミルクを作っていた。
「おはよう、ワンニャー」
ワンニャーにあいさつをしながら、未夢は席につくとキョロっと辺りを見渡した。いつもいるはずの同居人の姿が見当たらない。
ご飯を口に運びながら、ルゥにミルクを飲ませてるワンニャーに聞いてみた。
「ねぇ、ワンニャー。彷徨は?」
「彷徨さんは何やら日直だとかで先に出掛けられましたよ」
「…あ、そういえばそんな事言ってたっけ…」
(なーんだ、一瞬、置いて行かれたのかと思ったじゃない)
ちょっとだけ胸の奥が寂しいと感じ、未夢はハッとしてぶんぶんと顔を振った。その光景にワンニャーとルゥは不思議そうに見ていた。
「み、未夢さん…大丈夫ですか?」
「えっ? うん、大丈夫だよ〜〜〜………って!? もうこんな時間っ? 遅刻するぅぅぅ〜〜」
壁にかけてある時計が目に入り、未夢は慌ててご飯を掻き込むとわたわたと鞄を持ち、玄関へと走って行った。
「じゃ、ルゥくん。いい子でね! ワンニャー、行って来まーす!」
「行ってらっしゃいませ〜〜…はぁ、未夢さんは毎朝同じですねぇ〜ルゥちゃま」
「る?」
ワンニャーはやれやれと言った感じで未夢の食べ終えた食器を片付けた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ばたばたと学校への道を走りながら、一瞬頭がズキっと痛くなったが、遅刻する訳にはいかない!と未夢は必死に走っていた。
ガラガラ…
「ふぇ〜間にあったよ〜〜うわっぷ?」
ぜいぜいと肩で息をし、走った為が顔が紅潮していた。それでも、教室のドアを開けるといきなり降り掛かるバラの花びら
「やぁ! おはよう、未夢っちぃ〜今日もとってもキュゥートだよぉぉぉ〜」
くるくるくると回転しながら、バラの花を携えて望が未夢にあいさつをした。
「お、おはよ〜〜望くん」
「おや? なんだか、今日はいつもとなにか違うね?未夢っち」
「え? そうかな?」
「うん、いつもは艶やかって感じなんだけど今日は儚げって感じかな!」
「うーん…よく分からないけどいつもと同じだよ」
ふわりっと満面の笑みを浮かべると、望は少し頬を赤らめたのだった。
その光景を彷徨は少し面白くなく見ていたが、目を逸らすと読みかけの本へと移した。
「未〜夢ぅ、おっはよー」
「おはよう、未夢ちゃん」
「おはよう。ななみちゃん、綾ちゃん」
席につくと、ななみや綾がやってきた。
「毎朝、毎朝、本当未夢は大変だねぇ〜」
「いやぁ〜なかなか布団のぬくもりが離せなくて…」
「最近、朝晩は涼しくなったもんねぇ〜でも未夢ちゃんはいつもギリギリだよね」
「綾ちゃん…ピリリとキツイお言葉ありがとう」
綾の言葉にぐさっとなりながら、未夢は机に突っ伏した。ふと、顔を上げると彷徨と目があった。彷徨は、口を開けると
『ばぁ――か』
と口パクをして、ベっと舌を出した。そんな彷徨に未夢はムッとして、ベッと舌を出した。
そんなやり取りを見ながらななみはからかった。
「やれやれ、朝からイチャつくのは止めなさいよ」
「いっ…イチャついてなんて、してないもん!」
「その割には顔赤いよ?」
「はっ、走って来たからよ!」
未夢は誤魔化すようにぷいっと顔を逸らしたが、確かに頬は熱いと感じた。
ななみと綾は、そんな未夢を見つめ同性ながらも可愛くてしょうがない。というように2人顔を見合わせ、くすくすと笑った。
やがて、水野先生がやって来て授業が始まった。未夢は、一瞬くらっとしたがあまり気にせず教科書に目を向けた。
2時間目、3時間目と過ぎていく4時間目は、理科だった。実験室にて、顕微鏡を使っていたのだがこの時には未夢はもう限界に来ていたのだが。
「光月さん、記録取った?」
クラスの男子に話し掛けられるもボーっとしていた未夢は「え?」という感じで顔を上げた。
その姿に、男子生徒は真っ赤になっていた。未夢は訳が分からず、キョトンと首を傾げるがその仕草がまた煽っている事に気が付かない。
熱が出てきたのだろうか、真っ白い頬はいつもより赤みを増し、碧玉の瞳はうるうると潤んでいた。
「こ、光月さんっ!お、俺っ……」
「? あ、ごめん…なに?」
授業中であるにも関わらず、その男子の変わりっぷりに未夢はぼーっとした頭で聞き返した。が、その時、隣からいきなり手を引かれ未夢は顔を上げた。
そして……ぴとっ。額に彷徨の手を当てられたかと思えば
「先生、こいつ熱あるみたいなんで保健室行って来ます」
「え? か、彷徨っ?」
「お、おう。頼むな、委員長」
慌てる未夢を余所に彷徨は、ぐいっと腕を掴み廊下をずんずん歩いていく。
「か、彷徨?」
「………」
「彷徨ってば、なんなの?」
ぐいっと引っ張られていた手を振り払い、未夢は彷徨を見るとじろっとジト目で見られた。
「このバカっ! 熱ある事位、自覚しろ!」
「へっ? 熱…」
ぽかんとする未夢をみて、彷徨ははぁ〜とため息を吐くと、また歩き出した。
未夢としては、掴まれた腕の方がなんとなく熱い気がした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「8度7分」
体温計をみた保健医は、やれやれといった風に未夢をみた。
「えっ…そんなにあります?」
未夢はたはは〜と笑いながら、頭を掻いた。傍らに立つ彷徨は、そんな未夢をみて
「お前…自分の体調くらい把握しろよ!」
「いや…だって……ねぇ…」
「はいはい。いいから、西遠寺くん。でも光月さん、本当に具合悪い時は無理しちゃダメよ。水野先生には言っておくから、さっさと帰って暖かくして寝なさいよ」
ビシっと言われ、未夢は「はぁ〜い」と返事するしかなかった。
熱があると自覚すると途端に身体が重くなるのは気のせいだろうか?
そんな事を思いながら、一度実験室に戻り、筆記用具を持ち教室へ戻ろうとした。すると横に彷徨がいるのに気付き、不思議に思っていると
「先生、俺送って来ます」
ふらふら歩く未夢をみた教師は
「あぁ、そうだな。頼むぞ、西遠寺」
「えっ? 彷徨?」
未夢は焦るが、彷徨は未夢の肩を掴んで実験室から出て教室へと向かった。その後、クリスが暴走したのは言うまでもなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「…ねぇ…彷徨…」
「……」
「ねぇってば!」
「……なんだよ」
「わ、私、平気だから学校戻っていいよ…」
じろっと横目で見てくる彷徨にドキっとしつつ、未夢はそう言うと
「ふらふらして真っすぐ歩けないヤツが言うなよ。ほら、しっかり歩け」
未夢のカバンを片手に持ち、もう片方の手は未夢の腕を掴んだまま西遠寺への道を歩いた。
石段になると、未夢はかなり体力を消耗したのかはぁはぁと苦しそうにしていた。
ガラガラ…
ようやく玄関まで辿り着き、ドアを開けると彷徨は声を張り上げた。
「おーい、ワンニャー」
ばたばたと走る音が近づくと、ワンニャーが走ってきた。
「彷徨さん…え? 未夢さん、どうしたんですか?」
「た…ただいま〜…」
「こいつ、熱あるらしくて連れて帰ってきた。ルゥは?」
もはや、自分で立つのがやっとの未夢を腕で支え彷徨は説明した。
「ルゥちゃまはまだお昼寝してます、未夢さん大丈夫ですか?」
「…う、うん……」
赤い顔をして、ひらひらと手を振る未夢はどうみても平気ではない。ワンニャーは慌てて額に手をおくと熱さに驚いた。
「わ、わたくし、氷枕作ってきますね! 彷徨さん、未夢さんをお部屋にお願いいたします」
わたわたと台所に走っていくワンニャーをみて、彷徨は未夢の腕を引きながら部屋へと向かった。
「……ご、ごめんね…彷徨…」
「ったく。我慢なんかするなよなぁ〜」
「だって…心配かけちゃ悪いじゃない…」
「バカ! いいも悪いもないだろ、風邪で死ぬことだってあるだぞ」
「……私なんか心配しなくたっていいのに…」
「怒るぞ」
「…彷徨、短気ぃ〜〜。望くんみたいに優しくな〜い」
「…………悪かったな、光が丘みたいに優しくなくて…」
不意に出てきた『光が丘』という言葉にムッとしてしまった。
部屋の襖に手を掛け、開くと未夢を座らせ、押し入れから布団を引っ張りだした。
「ほらっ、着替えて寝ろよ」
「……あ、うん」
立ち上がろうとした未夢がふらりとよろけたので、彷徨は慌てて手を伸ばした。身体に触れる熱とサラっとした長い髪から香る甘い匂い
――どくんっ
心臓が一瞬にして跳ね上がった。
「……あ…ごめん…」
「い、いやっ…本当に大丈夫か? 未夢」
「…彷徨って……本当はすっごく優しいよね……」
「な、なんだよ! 急にっ…」
「……彷徨の…そういうトコ……好きだよ…」
くったりとして、力が抜けきっている未夢を支えた。しかし、彷徨は未夢の言葉に真っ赤になるしかなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「あれ、未夢さん寝ちゃったんですか?」
氷枕を持ってきたワンニャーは、布団に横たわる未夢をみて言った。
「あ、ああ! 悪いけどワンニャー、後頼むな。俺、学校に戻るからっ!」
彷徨はそう言うと、走って行ってしまった。
「彷徨さん、真っ赤でしたが風邪移ったんでしょうか?」
そんな事を呟き、ワンニャーは未夢をパジャマに着替えさせ、氷枕を頭の下に置いた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
学校へと彷徨は真っ赤になって走っていた。
(未夢のヤツ……熱にうなされやがって…)
突然、発せられた言葉
――――彷徨って……本当はすっごく優しいよね……
――――彷徨の…そういうトコ……好きだよ…
イヤだった訳じゃない。むしろ嬉しくて堪らなかったのだ。
だが…未夢は言った事を覚えているのだろうか…もしかしたら、未夢にとっては何の意味はないのかもしれない…
そう思った時、走っていた足がゆっくりとなっていく。
そうだ、もしかしたら『家族』として『好き』と言ったのかもしれない。
そう、思った時へたっとしゃがみ込んでしまった。はぁ〜〜と盛大にため息をつき、もう目の前にある学校を見やる。
(どうにも調子が狂う…)
すっくと立ち上がり、彷徨は学校へと向かった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「あーい、あんにゃ」
「あ、ルゥちゃま起きたのですか?」
コトコトとお粥を作っていた所へお昼寝から目覚めたルゥがぷかぷかと浮いて飛んできた。
「う? あんにゃ?」
「あ、これですか? 未夢さんのですよ」
「マンマ? マンマ〜♪」
未夢が帰っている事を知ったルゥは、ふよ〜と部屋に行こうとするがワンニャーは慌てて止めた。
「ルゥちゃま、いけませんよ〜。未夢さんは風邪を引いてお休みですので静かにして下さいね」
「う――…あーい」
「早くよくなるといいですねぇ〜」
「あいっ!」
そーっと襖を開け、まだ寝ている未夢の姿を確認し
「まだ寝かせておいた方がいいようですね…そうです、今のうちに!」
ワンニャーは呟くと襖を閉めた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
しばらくして、未夢はうっすらと瞳をあけた。
あれ? ここ……あたしの部屋…?
ぼーっとする頭で見慣れた天井を目にする。ゆっくりと身体を起こすと自分がパジャマに着替えている事に気付いた。
えっと……玄関までついたのはなんとなく覚えてる…でも、どうやって部屋まで?
………彷徨かワンニャーが連れてきてくれたのかな?
そんな風に思い、ゆっくりと立ち上がった。まだ足がふらついているのに気付き
…こんな風に熱出したのいつ以来だろ。
小さい頃は…ううん。パパやママと暮らしていた頃は、あまり熱なんて出さなかったのにな。
いつも忙しい両親に迷惑をかけちゃいけない。と未夢は健康には気をつけていたのだった。
よろよろと歩いて台所へと行くと、喉が乾いていたのでキュッと蛇口をひねり水を出した。冷たい水が乾いた喉を潤すのが気持ちよかった。
コトン…とコップを置き、静かだな。と思い居間を覗いた。
そこにはルゥとワンニャーの姿はなく、未夢は一抹の不安が過る。が、テーブルにメモが置いてあるのを発見して読んだ。
『未夢さんへ
薬が切れてましたので、買い物に行ってきます。食欲がありましたら、お粥を作っておきましたので食べて下さい。
なるべく早く戻りますので暖かくしていて下さいね。
ワンニャー』
「……なんだ、買い物か…」
不安にさせないでよね。と呟きながら未夢は自室へと戻った。お粥を食べようかとも思ったがなんだか食べたい気分ではなかった。
一人布団に入ると、妙に寂しく感じる。
変なの…いつもは平気なのに……と思いながら、片隅にあるぬいぐるみに目がいった。
「〜〜〜〜……」
中学生にもなって、恥ずかしい。と思っても弱っているせいか心細い。
未夢は、ハイハイするようにぬいぐるみのそばにより手を伸ばした。
そっと、枕の横に置くと手を繋ぎゆっくりと瞳を閉じた。
小さい頃も……寂しかった夜とかはこうして寝たっけ―――……
そう思いながら、瞳を閉じた。