三日月


「未夢ちゃん…私、彷徨くんがどーしても好きなんですの……とても…とても…好きなんですの…」

「……………………クリスちゃん……私っ、応援するからねっ!!」

恥ずかしそうに…幸せそうに…でも…どこか切なげに話すクリスをみて、未夢は笑顔でそう言った。
胸の奥に自分の気持ちを隠したまま…気付かないフリをした。

   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


ルゥやワンニャーが寝静まり、未夢はお風呂から上がって、そのまま縁側で月を眺めていた。

「………吸い込まれそう…」

ボソリと呟いた科白は、ゆっくりと静寂に包まれていく。なんだか、頼りなく見える三日月は心細く感じて未夢はキュッと膝を抱えた。
と、足音が聞こえ未夢はその方へと目線をずらすと上着を着た彷徨が立っていた。

「まだ起きてたのかよ、風邪引くぞ」

「んっ…大丈夫だよ。彷徨こそどうしたの?」

「いや…別に」

そう言って、未夢の隣に腰を下ろした。未夢が見上げてる三日月を彷徨もそっと、見上げた。
細く儚げな月明かりが、未夢の白い肌をぼんやりとうつし、彷徨は横に座る未夢に瞳を奪われた。

三日月の頼りなさか

見上げる未夢の儚さからか

未夢に触れたい。その薄紅の口唇に触れたい。そう願って……願って…彷徨は、自分の心の中にある思いが溢れ出るのを抑えつけられなかった。
そっと未夢に近付き、頬に手を添えると口唇を奪った。
気付いた時には、自分の口唇に柔らかく、甘い感触があった。そっと横から伸ばされた手は、頬を撫でるように自分を捉えていた。
薄闇の蒼い世界の中で見る未夢は、呆然としていた。
口唇が離れ、驚きと混乱の中、見上げてみた鳶色の瞳は、いつもとは違く熱っぽく揺れていた。そして───未夢の新緑の瞳は哀しげに揺れていた。

「……な…んで…」

「…俺…未夢が好きなんだ…」

信じられないという感じの未夢に彷徨は、返事をした。同時に未夢を腕に閉じ込め、甘い香りに陶酔していた。ゆっくりと長い髪を透き、華奢な身体を抱きしめた。

───トンッ…

「……未夢?」

「…ごめん……ご、めん…彷徨…」

「…未夢……」

未夢は彷徨から離れると、繰り返し謝った。ただ俯いたままで。
それが返事なのかと、彷徨は鳶色の瞳を見開いた。

「……好きなヤツ…いるのか?」

焦りと哀しみが入り交じった声が口が出ていた。
はっと見上げてくる未夢と一瞬、瞳が合うが見てられなくなる。

「………」

フイっと瞳を逸らし、彷徨は立ち上がると「………わるい…」
呟き立ち去っていった。
その姿を見送り、未夢は月をみた。途端に頬を流れる雫に月は歪んでいた。

彷徨…彷徨…彷徨…本当は嬉しかったの…
あのまま時間が止まればいいと思ったの…
私も「好きだよ」って言いたかった…
でも…でもね…
クリスちゃんを応援するって約束したのに
そう決めたのに…
一瞬にして、クリスちゃんの事を忘れようとしたの
でも…でも…
大事な友達を裏切れないの……

ぽろぽろと零れる涙をそのままに未夢は立ち竦んでいた。
静かに泣く未夢を包むのは蒼い月の光だけだった。


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


──ぱたん。
襖を閉め、彷徨は畳に座り込んだ。

「……俺…バカだ…」

ずっと自惚れていた。未夢は自分の事を好きなんだと。こうして、一緒に暮らしていて期待していた。

自分だけに見せる表情
自分だけに見せる仕草
自分たけにみせる態度

ひとつひとつが愛しくて、とても可愛くて…大事にしたくて…決して、誰にも渡せないと譲れないと思った。──でも、それは自分の独りよがりだったのか……。
そう思うと果てしなく情けなく思う。彷徨はそのまま寝そべった。

「……あ──…くそっ…言うんじゃなかった…」

そっと瞳を閉じるが、射し込んでくる月の光は彷徨の想いを小さくしていった。


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


彷徨が部屋で寝転んでいる時、未夢はまだ縁側にいた。涙が白い頬を濡らしながらも月を見ていた。

いつだって、素直になれない自分
本当の気持ちすら伝えられなくて…
これで彷徨の事を好きでいる資格なんてないんだ…

視界に揺れる三日月をみて心細くて手を伸ばした。
あの細い月の端から零れる私の想い
どうか…伝えて……伝えたい……伝えられない…
彷徨……本当は……

「……好き…」


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


不意に胸が騒めいて彷徨は、時計をみた。

「……はぁ〜…」

ため息を吐き、身を起こした。きちんと布団で寝ようかと、立ち上がり押し入れまでいく。が、なぜか外に気を取られた。

「…………」

なんとなく襖を開けた時、遠くでか細い声が聞こえてきた。

「……好き…」

──空耳かなんかか?でも…行かなきゃいけない気がして、彷徨はさっきまで未夢がいた縁側へと足を急いだ。

(──未夢っ…)

そこには、まだ未夢の姿があった。先程と同じ姿のまま縁側に腰掛けて手を伸ばし月を見ていた。
気配に気付いたのか、未夢はこちらを向くとはっとして、いきなり外へと走りだした。

「あ…お、おいっ…」

彷徨は慌てて、下駄を履き未夢を追い掛けた。


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


空気の変わる気配を感じ、ゆっくりと振り向いた先には想っていた彷徨がいた。
たった今、自分の気持ちに
彷徨への想いに蓋をしようと決めたばかりなのにっ…
顔を見てしまったら…ダメだっ!!

怖い、怖い、怖い…

私の中の私に掴まってしまう。

彷徨を誰にも渡したくない

誰にも見られたくない

私だけを見ていて欲しい

そんな独占欲、醜い感情

いやだ!知られたくないっ!
怖くて、思わず駆け出していた。
カンカンカン…と鳴る下駄で走っていた。何処に行くのか、何処へ行きたいのか、それすらも分からなかった。
ただ、あの場から逃げたかったのだ。気付けば、石段を駆け降りていた。焦って、焦って……気持ちだけが逸っていた。後ろから聞こえる呼ぶ声から逃げたかった。
きっと捕まったら、気持ちを隠せない。知られてしまう!
たった今、突き放したばかりなのにっ!!
どうしてっ!?


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


駆け出した未夢を追って、彷徨は石段まで来た。長い金の髪が揺れている。

「未夢っ!!」

分からなかった。何故、彼女が逃げたのか。
普段の自分なら去る者など気にしない処か、追いもしない。親父が言う『去る者追わず』だ。だが、そんなの構っていられなかった。
ここで未夢を追わなかったら…逃げられてしまったら……

もう未夢に触れられない気がした。

自分から欲した人。だから、逃がすものかと、手の届かないトコにいかせるものかと躍起になった。
石段を降りる未夢を追い掛け、手を伸ばした。
長い髪から香るシャンプーの匂いがやたら甘く感じながら、腕を掴み逃がさないとばかりに後ろから抱きしめた。


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


ぐいっ!と腕を掴まれ、ガバりっと後ろから抱き着かれた。

───あぁっ!!

未夢は心の中で悲痛な悲鳴をあげた。

捕まってしまった。逃げ切れなかった。

俯いた頬にはらはらと涙が零れた。
蓋は開けられ、想いが溢れ出してくる。
ふと見上げた月がまたゆらりと歪んだ。

「……………き、急にどうしたんだよ…」

緊張を隠せないのか不安げな声が後ろから囁かれた。
未夢は、再び顔を下へと向けた。そして、ボソリと呟いた。

「……そ、そっちこそ……なんで……」

追い掛けて来たの?と尋ねれば、彷徨はふぅ…とため息をついた。そんな彷徨に未夢は、不安になった。

追い掛けないで。と思う反面、追い掛けて欲しいと願っていたのかもしれない。いや、寧ろ追い掛けて来て欲しかったのだ。

ドキドキと心臓が早鐘のように鳴っていた。身を固める未夢に彷徨は、ため息をつくしかなかった。
なんで?だなんて、そんな理由はなかった。強いて上げるとならば、「本能」というしかなかった。考えるよりも早く、身体が反応していた。

追わなくてはいけない!
逃げられてはいけない!
捕まえてやると。
逃がすものかと。

あのまま、追い掛けなかったら『二度と未夢を手に入れられない』そう悟ったのだった。

「……追い掛けなくちゃいけないような気がした……」

「………」

「お前がいなくなる気がしたんだ……」

俺の前から……。手の届かない場所へ……俺ではない、誰か違う人の場所へ行ってしまう気がして怖かった…。
もう本気で気持ちが近寄らないんじゃないかと恐怖した。他人だけど、他人じゃない関係から、只の他人になるんじゃないかと思った。

そんな想いを未夢は彷徨から感じた。胸の前に交差させられた彷徨の腕にそっと手を添えた。
閉じた瞼の裏にふわふわしたピンク髪の少女が浮かぶ。しかし、自分の気持ちに嘘がつけなかった。
溢れ出る気持ちに蓋がすることなどもう不可能だったのだ。

──ごめん クリスちゃん…

本当の友達に嘘をつくなんてダメな事は分かっていたはずなのに…自分が傷つくのが怖かったからだと、未夢は今更ながら気付いた。
きっとクリスは解っていたのかもしれない。だからこそ、あぁ、言ったのだ。
本当の友達なら話してくれるだろうと………。牽制しようとしたのでもなく、協力を持ちかけようとしたのではない。
ただ、心を押し殺さずに言って欲しかったのだと──。

クリスの優しさに未夢は泣くのを我慢した。泣くのは間違っている気がした。それに───。

未夢は、ほぅ…と息を吐いて瞳を開いた。彷徨の腕を解き、くるりと彷徨を見上げた。
月に照らされた彷徨の顔は、より一層格好よく見えて胸が鳴った。

「………かなた…」

そう呟いた未夢の綺麗さに、ゴクリと息を呑んだ。
月が出ていて明るいとはいえ、逆光で未夢の表情まではきちんと見えなかった。しかし、呼ぶ声がなんだか甘さを含んでいるように感じ、馬鹿だと分かりつつも期待してしまう。
言おうとしているのは、きっと「答え」だろう。

「…私……私ね………」

「…俺は未夢がどう思おうが、気持ちは変わらない………好きだ」

「……っ」

未夢は胸に手を当て、キュッと握った。そして、再び彷徨を見つめると口を開いた。

「…私も………本当は彷徨が……彷徨の事が好きなの…」

紡がれた愛の言葉に彷徨は目を丸くした。先程とは違う答えに呆然とする。
一瞬、夢か?なんて思うも頬を撫でる風はやや冷たい。なにより目の前の未夢は少し(本当は少しどころではない)赤い。
恐る恐る…大事なものに触れるように彷徨の手が未夢の頬に触れた。

「………本当…に?」

言葉の代わりに触れた手にほお擦りをし、白い細い手が添えられる。ふわりと笑う顔に「嘘」なんてなかった。
彷徨は目を見開き、やがて愛おしそうに目を細めた。そして、甘えるようにほお擦りしてくる手に力を入れ未夢の口唇をさっきとは違う想いで奪った。
未夢は、力が入った瞬間ぎょっとした。抵抗する間もなく、またもや簡単に口唇を奪われてしまったのだ。
しかし、先程とは違う想いでそれを受け止めた。ゆっくりと瞼を閉じ、さっきと同じ柔らかい感触を感じた。
きっと、クリスは解っていたのだと思う。彷徨を誰よりも見ていたのだから……。
だからこそ、未夢に機会を与えたのだ。言ってくれるのを期待していたのだ。

明日、誰よりも早く彼女に伝えよう。怒られても、泣かれても……。あの優しい友達に──「ごめん」と「ありがとう」と。

薄闇の蒼い世界で三日月に照らされながら、未夢は心の中でそう思った。





END


あとがき

久々の駄文です。いつもだって!書きかけ一本ようやく書き上げました。
意味不明過ぎて私にも分からない話になりました。
なんで、こんな話になったのかさえ自分でも本気で分かりません。すれ違いを書きたかったのかもしれないけど…イマイチ分からなかったり(……おーい)
ってか「すれ違い」テーマ多いなぁ〜。でもそんな男女のすれ違いって好きなんですよね。
実際、なんでもかんでも上手くいかないし、上手く行き過ぎると贅沢だろうけど物足りないって感じじゃないかな?って思います。
自分がそんなだったら、上手くいく方がいい!とか思うと確信しますが、でもやっぱり…そんな簡単に上手く運ぶと結構絆みたいなもんは脆そうだって感じるんですよね。
上手く説明出来なくて申し訳ないです。

タイトルの「三日月」はなんとなくです。なんか脆さと危うさ、儚さを……って感じかな?「薄闇の蒼」の世界は、好きです。冬の晴れた夜中から早朝の暗い時間って感じです。
ってか、その時間があってますが、この話では徹夜になってしまうのでそんな遅くない時間です。

話の当初は、クリスちゃんは本当にただのライバルってだけでした。
未夢が「友達」だから裏切れない。彷徨の気持ちには応えられないという足枷?理由にしかなかったのですが、書いているうちにどんどん変わってしまい、彷徨も好きだが彷徨が未夢を見ていた事も知り実は未夢の事も好きだが、クリス自身自分が未夢の足枷だと思っていたので、好きな人達が幸福なら…と未夢の気持ちを気付かせ、尚且つ応援していたという。
一番切なく、苦しいのはクリスですな。


分からなすぎてごちゃごちゃです。夜マジックに掛かってるせいですかね。(※夜マジック=管理人脳内用語:意味:夜はシラフでも恥ずかしい発言が平然と出るという不思議現象(笑))


とりあえず、こんな作品を読んで下さってありがとうございました。感想お待ちしてます。



2006/12/20


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