優しい罰と穏やかな午後

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「燕青ーっ、あんったふざけんじゃないわよーっ!!」

「ごめんごめんごめん。うわっ、悪かったってー」

「このおバカー!止まれーっ」








優しい罰と穏やかな午後









茶州府の長い回廊をドタドタと駆け回る二つの足音にある者は頬を緩め、ある者は苦笑し、ある者はひたすら筆を動かしていた。

「待ちなさーい!!」

「やーだーよーっ」

ちらりと振り返って燕青が舌をのぞかせれば眉をきりりとつり上がらせた。

「んのっ‥‥‥いい加減に」

しろーっ!という叫びとともにその細腕から放られたとは思えないような速さで‥‥‥靴が飛んでいった。

「うわっと、ほい」

慌てて避ければ避けたところにもう一つ飛んできた。
もちろん避けられないはずもないので燕青がひょい、とかがんでから振り返るともっとすごい物が上から降ってくるところだった。

「ちょ、ちょっと待てーいっ!!」

「むーり」

柔らかな微笑を浮かべたまま膝を畳み衣の袖をはためかせている葉華が近づいてくる。
受け止めないわけにもいかないので手を差し出せば、そのまま頭に手を置かれてぐしゃりと床と対面させられた。

「おまっ、ひどくねー?」

「止まらない燕青が悪いのよ」

自分の上、というか背中に座っている葉華を見上げれば靴に手を伸ばしているのが見えた。

「だいたい俺が受け止めなかったらどーするつもりだったんだよー」

あのまま行けばむしろ葉華のほうが床と対面していただろうに。
口を尖らせると左だけ靴をはいたままさらりと答えられた。

「小旋風と違ってあんたなら絶対受け止めてくれるもの」

右もはけたのか、よいしょ、という掛け声とともに立ち上がった葉華を見上げる。

「わー俺って信用されてるんだなー」

「何よ、その棒読みは。だって小旋風なら綺麗な笑顔でひょいっと避けそうじゃない?」


身を起こしながら想像してみた。

「‥‥‥‥‥うん、有り得るな」

「でしょでしょ!?‥‥‥ってそーじゃなくて!」

危うく談笑しかけて違う違うと悩内だけで首を横にする。

「また無銭飲食したわね!?」

「‥‥‥してません」

気付けば燕青は正座で、葉華に説教される状態に。
茶州府の真の上下関係がかいま見える光景である。

「嘘おっしゃい」

「マジだってー。タダ食いじゃなくてツケただけ――」

「このっ、ばかちん!!」

仁王立ちしている様は般若のようだったとか真ん中分けのどこぞの教師ようだったとかそうでなかったとか。
とにかく回廊の真ん中で説教状態の為、数人の官吏達は(怯えて)室からしばらく出られなかったらしい。

「そんなどんどんツケてってどーすんのよ!!」

「俺だけじゃなくて師匠も食べ――」

「言い訳しないのっ!罰として」

葉華はごそごそと懐に手を突っ込み四つ折にされた料紙を一枚、取り出した。
ばーん、とそれを広げる。

「今日一日自室謹慎ー!!」

ぎょっとして料紙をよく見ると悠舜以下各部署の長官の印がずらりと並んでいた。

「じゃあ兇手はどーすんだよー」

「南老師に来て頂いたから大丈夫よ。しっかり謹慎しなさい」

にっこりと笑った顔が、彼女の従兄弟とそっくりであった。







「‥‥‥‥んなこと言ってもなー」

自室、といっても州牧邸は現在使用不可なため燕青は城の仮眠室でごろん、と横になっていた。

葉華が片付けたのか妙にこざっぱりしている。

「特にすることもねーし‥‥‥」

今自分がいる寝台と小さな卓くらいしかないこの小部屋ではぼーっとするくらいしかできない。

「うっし。寝るかー!」

ごろんと寝返りをうって目をつむれば、日頃の疲れからか自分の意識がすっと薄れていくのが分かった。






室の扉をそーっと開けると中から規則正しい息遣いが微かに聞こえてきた。
昼食の乗っている盆を手近な卓に音をたてないようそっと置く。

ちろりと寝台を窺うと緩やかに閉じられた瞼に力の抜けた表情。
どうやら本当に眠っているようだ。

昔幾度か狸寝入りに騙されたことを思い出し、微かに笑う。

乱れた掛布を直してやった。



彼はいつもいたって自然体だが、それと同時に必ず神経を一つ、尖らせて、張り詰めている。
それすらも自然でなかなか葉華自身も気付けないが、どんな時も気を使う燕青を見ていると不安になる。

いつかその一つが、弾けてしまうのではないかと。
それでも彼は強いから絶対大丈夫、と思えるけどやっぱり一日くらい穏やかに過ごして欲しい。

そんな願いをぽそりと漏らすと悠舜は笑顔で例の書類を用意してくれた。曰く、「急に倒れられては困りますからね」だそうだ。
悠舜も存外素直じゃない。

整った寝顔を見ていると安心する。それが自己満足でも、彼が本当は休めていなくても、それでも安心する。



しばらくぼけっと寝顔ばかり見ていたのに気がついて、はっとする。
燕青は気配に敏感だから起きてしまうかもしれない。


扉に向かおうとしてカシッ、と手首を掴まれて。

気付いたらお日様の匂いのする寝台に転がっていた。

「ちょっ、燕青起きたの!?」

「うんにゃ。起きてねーよ?」

「絶対起きてるでしょ」

小声でぼそぼそしながら目線をあげると燕青と目が合った。
今まで本当に寝ていたのか若干眠そうだ。

「もうちょい寝るから」

そう言って目を閉じたと思ったら、抱え込むようにされて寝台から出られなくなる。

「‥‥‥私は抱き枕じゃないわよ」

胸板からまた目線だけ上げれば幸せそうな彼の「本物の」寝顔とぶつかり、脱出を諦めた。

「ま、今日くらいいっか」

そうして、自分も彼に寄り添い丸まった。

おやすみ、と聞こえた気がした。







人の気配に目を開けば見慣れた後ろ姿で、何も考えず寝台に引きずり込む。

そうしてからヤバイな、と思ったが暖かい日差しと眠気に勝てず抱きしめる。

文句が聞こえた気がするが起きた時にまとめて聞く事にしてまた目を閉じる。

葉華を抱えなおしてまた眠る。
心がぽかぽかして安心した。
わざわざ「罰」を作ってくれた葉華と悠舜達に感謝しながら「ま、今日くらいは勘弁してくれ」と内心呟く。

「おやすみー」








穏やかな、昼下がり。

悠舜によって二人が目覚めるのは、星が光りはじめる頃だったそうな。












素敵な話をありがとうございます!
もうドキドキさせて頂きましたv

頂いた日:2008/2/16


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