満月と狼さん
「それでは、私はこれで失礼させて頂きます。長々とお邪魔してしまって申し訳ありませんでした」
「構わないよ、引きとめたのは龍蓮だからね。帰りは気をつけて」
はい、と頷いて軒に乗り込んだなら。
「送っていく」
龍蓮が、軒に乗り込んできた。
「り、龍蓮様!?」
「送っていく。道中何があるか分からない」
「ですが…」
軒なので滅多なことはない。だが、自分の身を真剣に案じている龍蓮に真っ直ぐに見つめられ、告げられれば断れるはずもなかった。
「それでは…ご一緒くださいますか?」
「帰りの道中の安全は私が保証する」
押しかけるようにして姫の軒に乗り込んだ弟の姿に、楸瑛は苦笑するしかなかった。龍蓮は姫が大事で大事で仕方ないらしい。
「龍蓮、くれぐれも笛は吹くんじゃないよ」
弟に釘を差して、楸瑛は二人を見送ったのだった。
******
微かに揺れる軒の中、隣り合って座っていると龍蓮が軒の小窓を開けた。
「見るといい、今宵は満月だ」
「本当ですか?」
嬉しげに身を乗り出して窓を覗き込む。すると、ぴたりと体が密着するような体勢になった。衣服越しの温もりや鼻を擽る香の馨りに、龍蓮は一瞬くらり、と眩暈ににたものを感じる。彼女を今すぐ抱きしめたいという衝動と戦っている、龍蓮の心の内の葛藤に気づくことなんて絶対にないだろう。
やがて、軒が彼女の邸の前で止まる。
「姫様、着きました」
御者の言葉に龍蓮は小さくため息をついた。もう、彼女と別れる刻限が来てしまったのか。
「わざわざお送りいただきましてありがとうございます、龍蓮様」
邸まで付き合ってくれた龍蓮に向き直り、礼を述べると。
攫うように――ほんの刹那、唇が重ねられた。
「満月の夜は狼が出るという。今後は気をつけるといい」
その狼は自分だということは明言せずに、龍蓮は紅くなっている彼女に手を貸し、軒から降りさせる。
御者は頬を真っ赤に染めた姫君を見て首を傾げた。
――軒の中の出来事は満月だけが知る秘密――
<終>
とあるところでネタを頂いた送り狼+十五夜ネタです。…十五夜はもう過ぎましたが(汗)
このSSはお約束どおり森川沙耶ちゃんに捧げます。こんな仕上がりですみません!!
2008/09/17/蒼水
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