呪詛に塗れた言祝ぎを
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世羅様のサイト「al fine」にてあったGWリクエスト祭のフリー小説を強奪してきました。
其の日が、終わる間際だった。日付を超える直前、其の日が終わり逝くとき、其の仔は生まれた。
わたしはその場に立会いはしなかった。けれど、風が、世界が震える感覚に、其の仔が生まれたことを知った。
――二人目の男児。第二公子。
其の仔が己の後を継ぐに足る器であると、わたしは直感で悟った。同時に、此れは妄執か何かなのでは無いかと、己の精神を疑った。己の後を継ぐと云うことは、此の座に付随する絶望を継ぐことに等しい。
死だけがきっと其の仔の救いとなりうるだろう。何人たりとも、其の仔の中へは入れない。
聖域の名を与えたのが、皮肉なのか祈りなのか気まぐれなのか、自分にも最早分からない。
けれど其の仔は、清苑は、たった一人、自分が名前を与えた仔だった。其の事実は、確として在り続ける。
呪詛に塗れた言祝ぎを
王宮にそぐわぬ僅かな血の薫りが、そういった類には鋭敏に出来ている自分の琴線にひっかかる。わたしは、些か思案した後、腰の剣を確かめて、血の薫りを辿った。
大して歩かぬうちに、わたしは血の発生地点を知った。その場所で生きているのは、たった一人だ。
紫銀の髪。真直ぐに伸びた背。そして、己に似た瞳。
伏せめがちのその少年は、直ぐに視線に気付いたようだった。わたしの方に真直ぐな眼差しを向けてくる。視線には後ろめたさや罪悪感は何一つも無い。ただ、幼い掌が握り締めた短剣だけが、彼の人を殺めた罪状を証明する。
「――清苑か。」
「名前を覚えて下さっていましたか。」
たとえ周りが血溜りだろうが、自分は余り頓着しない性格だ。元々が戦乱を切り開いた人間だ。軽く顎を上げて名前を云うと、僅か皮肉を含めて清苑は返す。
わたしが愛を注がぬ、只の王位を継ぐ器としてしか公子たちを見ていない事を知っているのだろう。幼い風貌の清苑は、既に老獪さをも身につけている。早くに成長しすぎた子だった。
わたしは、其の子供の精神を、僅かで良いから振れさせたかった。其れは、子供が蟲の足を探究心からもぎ取るような、純粋であり、容赦の無い欲求だった。
「当然だ。お前の名は私が付けた。知らなかったのか?」
「――知って、おります。」
帰ってきた言葉は怨嗟に濡れていて、血が滴るようだった。炯炯としてわたしを睨み上げる其の光に、僅かに唇が緩む。此の子は、大人を相手取るだけの素晴らしい能力を持っているのに、まだなお純粋だった。其の事実はわたしにとって酷く気分が良いものだ。
唯一、王から名を授けられた子。其れゆえに、清苑の母は王の愛を得た唯一人と誤解され、他の妃の嫉妬の的となり、策謀に晒された。其れ故に母からも疎まれた清苑は、其れでも、十にも届かぬ年齢で、母を守らなければならない。
清苑の足元に転がっている凶手たちも、其れらの一環だろう。凶手たちの斬られた跡から読み取れる太刀筋は、安定していないが、躊躇が無い。実践的で、わたし好みの太刀筋だった。
一歩踏み出すと、清苑が警戒して身構えるのがわかる。けれどわたしはあえて気付かぬ振りをした。じっと見上げる目線を気にせず、無造作に腕を掴む。細い腕には血が滴っている。決して軽い傷では無い。其れでも眉一つ顰めぬのは、驚異的な精神力だった。武官でも、声を上げておかしくない。
「剣は誰かに?」
「――兄が、少し。」
腕を掴んだまま問うたわたしに、清苑は僅か目線をずらして答える。公子同士が、仲良し、と云う言葉からかけ離れていること程度は知っているわたしは、その視線だけで大体理解した。予想よりも、己の子供達は泥沼に嵌っているらしかった。其れについて余り感慨は抱かないが、目の前の子供の剣の腕には興味があった。まともな指導を余り受けてない状態で此の腕なら、正式に指導すれば相当伸びるだろう。
わたしには、其の事実は酷く魅力的に思えた。此の子供ならば、きっとわたしの剣を継げる。
「明日からわたしが教える。」
端的に言って、わたしは清苑の腕を離した。清苑は一瞬瞳に何かをよぎらせて、けれど其れを怒りに近い感情で覆い隠してわたしを睨み上げる。
「何の、気まぐれですか。」
「お前には剣の素養がある。」
「素養?此の程度の凶手を斬り捨てた程度が何になりますか。」
「違う。」
ジリジリと、肌の表面を焦がすような視線を、私は柔らかく言葉で包んで返した。清苑は、唇を噛み締める。賢しい子は、既にわたしの言いたいことを悟っているようだった。
「お前は、殺した。お前の剣は、命を奪うためのものだった。」
太刀筋を見ればわかる。明確な、純度の高い殺意。其れは憎しみだとか、剣を向けられることに対する恐怖をほとんど含んでいない。ただ、殺すのだと決めて容赦なく振り落とした刃だ。技量など今からならどうとでも伸びる。必要なのは、目的に対して感情を純化できる其の精神だ。
「清苑。お前は、私の想像以上に育ってくれたよ。」
わたしは微笑んで、腰の辺りにある清苑の頭を撫ぜた。
自分と同じ色の清苑の瞳は、怒りに純化した後、全く何の感情も読ませない限りなく澄んだ色へと変化してゆく。
まっさらな瞳は、赤子よりも純粋に見えて、私は思わず目を眇めて微笑んだ。
空は絵の具を塗りたくったように鮮やかな紅や黄や藍で彩られている。恐ろしいほどに美しく、そして何かに嘲笑われているように、虚構的な光景だった。
太陽の断末魔が同じ色彩を持つ血の色を消してゆく。清苑の肌の白さと幼い細い肢体が赤の中に浮き立つようで、私は名前の付けられない感情に臓腑が鈍く痛むのを、酷く遠くに、感じた。
世羅/2007.06.19
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