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Treasure

「何かが足りない それでぼくは楽しくない 足りないかけらを 探しに行く」

「……」

「“ぼくを探しに”は、人は何かが足りないと感じながら生きているもので、その足りない何かを探すために転がり続けるという話だ」



柳が静かに読み上げたのは、絵本の一節。



「ぼくはきみのかけらじゃないからね 誰のかけらでもないからね ぼくはぼく もしぼくが誰かのかけらだったとしても きみのだなんて思えない」

「……楽しく過ごせる“かけら”を見つけたのに相手から拒否をされ、ぴったりの“かけら”を見つけたのに、一人も気楽で良いと気付く話でもあるな」

「ああ。幼い子はもちろんだが、俺たちにもまだ少し理解しがたい内容かもしれない」

「それ故の大人向け絵本か」



柳の言葉を受けて本の内容を思い返していると、華が二冊の本を携えて走り寄る姿が視界に映った。華の走り寄るタイミングに合わせるように、隣に座っていた柳がスッと腰を上げる。



『蓮二くん!国光!見て、見て!英語で書かれている本も一緒に見つけたよ!』

「時間にして4分35秒、なかなかの好記録だぞ」

『比較対象物が良く分からないけど褒められた〜』

「華は褒めると伸びる子らしいからな」

『はい!伸びますよ、何かが!』

「それなら、英語力が伸びるかもしれない」

『いや、たぶん鼻の下とかが伸びるだけですよ。びろ〜んと』




主人が放ったボールをくわえて、一目散に戻って来た飼い犬のように息を弾ませている華の髪に、柳がソッと触れた。
――人の頭を撫でるという行為は、第三者の目から見てああいう風に映るのか……と、今この瞬間に全く関係ないことを考えると、鼻がむずむずとし始めた。




「へ〜〜っぷし!」

『こら〜、国光!今のくしゃみは激お下品!東京と神奈川を代表する文学美少年が揃ってるってのに、お姉さんはがっかりだよ!』

「下品ですまなかったな。ところで、お前たちはこれからどうするつもりだ?」



“デート中”の2人にそう聞いたのは、我ながら愚問過ぎるほどの愚問だとは思う。
だが、微笑みあった2人から返って来た言葉は……。



『「読み聞かせ?」』

「外でやれ」




“読み手とのスキンシップにより、聞き手に落ち着いた心が育まれるのだがな……”と、読み聞かせの効能について語っていた柳の独り言を聞かなかったことにし、貸し出しの手続きを済ませた華と柳を見送るために、図書館の入口へと歩き出す。
そして、いつものように俺の左隣を跳ねるようにして歩いていた華に軽口を叩いてみせた。




「柳に読み聞かせをしてもらえば、現金なお前はすぐにでも英文を覚えそうだ」

『う〜ん……どうだろ。蓮二くんの素敵ボイスに流暢な英語を乗せて奏でられたら、うっとりするだけで終わりかもしれんのだ』

「絵本という物は、繰り返し読み重ねても飽きの来ない物だ。明日からは、手塚に毎日読み聞かせをしてもらえば良いのではないか?」



俺にとって余計な提案をした柳は、華の左隣を静かに歩いている。



『お〜!ナイスアイデアですよ、蓮二くん!』

「俺は嫌だ。帰国子女の越前に、綺麗な発音で読んで貰えば良いだろう」

『え〜〜っ!なんで、なんで!国光だって充分に綺麗な発音だよ!』

「とにかく面倒くさい」

『やだ〜!国光じゃないとやだ〜!国光に読んで欲しい〜!』

「……」

『やだやだやだ〜!』

「うるさいな……。俺が了承する代わりに、1週間後にはスラスラと読めるようにしろ」

『やったぁ!それなら、頑張るよ!1週間後には、私が国光に読み聞かせちゃる!』




俺ににっこりと微笑んで、力こぶを作るような仕草を見せた華。その笑顔に触れようと、手を伸ばして華の髪に指先が触れたところで、急にその感覚がなくなり、俺の左手は行き場を失った。
故意ではないと思うが、柳が華の腕をたぐり寄せたからだ。


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