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「では手塚、明日から華への読み聞かせは頼んだぞ。読み聞かせは、読み手にとっても忘れかけていた温かい気持ちを思い起こさせ、人の心を育てるからな」
『じゃ〜ね、国光!明日から心を育てようぜ』
2人の背中を数メートル先まで見送った俺は、図書館の中と踵を返した。
そして、また一つ、くしゃみをする。
『お〜〜い、国光!国光!』
「?」
名を呼ばれて振り返ってみれば、遠ざかっていたはずの華の姿が目の前にあった。
華のその後ろでは、先ほどの俺と同じように、華の腕を掴んでいたはずの右手を持て余している柳の姿が見える。
『ちょっと、おでこ出して』
「……何をするつもりだ。デコピンしたら、兎跳びでグラウンドを5周させるぞ」
『罰則、重っ!』
「さらに絵本を読む約束は破棄。そして1週間無視だ、俺からではなく海堂から」
『私から薫を取り上げないでくれぇ!悪いようにはしないから、屈んでってば!』
渋々と膝を少し曲げると、華は俺の額と自分の額を合わせようとした。
何となくやるのではないかと思ってはいたが、俺の両耳を掴んだ時点で、それが一瞬にして嫌な予感へと変わる……。
ガツンっ!
『「痛い……」』
大方、思いつきで額を合わせて熱を測ろうとしたのだろうが、これではただの頭突きである。華の吐息がかかる距離にいるのに、そんなことはこの際どうでも良いと思えるほどの激痛に見舞われた。
『国光の石頭っ!外も内も石頭!イタタタ……』
「バカか、お前は……。額を合わせたところで、どうせ熱が出ているかどうかの判断なんてつけられないんだろう?」
『蓮二くんとラヴラブで手を繋いだ後だから、手を使いたくなかったんだも〜ん。有名人と握手した後に、手を洗いたくないのと同じ心境さ』
「それなら熱を測ろうとするな」
『だってさ、だってさ!国光、図書館から出てもくしゃみしてんじゃん。これは絶対に風邪だよ』
「鼻炎かもしれないだろう」
『鼻炎〜?そんなに突発的になるもんかなぁ』
「それもそうだな……」
『なのだ』
2人で向かい合ったまま、同じ方向に首を傾げたが……答えなど出るはずもなく。こういったことをグダグダと考えることに対して異常にあきらめが早い華は、自分のバッグの中からティッシュを取り出し、俺の左手に握らせた。
『トイレにも流せる鼻に優しいティッシュだよ。国光ほどの美形が鼻水垂らしていたら、ショックで何人か死ぬかもしれないからな。和実も死ぬぞ』
「……」
『風邪だったら大変だからね、なるべく早く家に帰るんだよ!』
「ああ」
俺に向かって注意を促しながら、華は後ろ向きに歩き出した。ゆっくりした足取りだが、10歩も歩いたところでつまずくだろう。
――だが、今日の俺は手を差し伸べたりはしない。苦笑いを浮かべた柳が、華の後ろに回り込んでいたのが見えたから……。
『早く寝るんだぞ!』
「ああ」
『暖かい格好で寝るんだよ!』
「分かっている」
『薬を飲みたくないんだったら、国光ママにショウガ湯的なものを作ってもらうように!首にネギを巻いたら、明日臭いからダメだからね!』
「……分かった。分かったから、前を見て歩け」
『だって国光、何か生返事……って、うわっ!』
「……」
俺の予想通りに、平坦なはずのコンクリートの床につまずいた華。
ティッシュを取り出した時に開けっ放しだったバッグの中から、何かが飛び出すほどに大きく体が揺れた。
「ふむ、予想通りだな」
『あ、蓮二く〜ん!助かりましたよ、ありがとう!』
「俺が一緒にいる時に華に怪我でもさせたら、俺は和実に一生ネチネチと怒られるだろう」
『そうですかね』
「きっと和実は、“グーで殴る”と言う」
『蓮二くんをグーで殴ったら、私がパーで叩き返してやりますよ!』
「もしそんなことになったら、俺がチョキで目を潰される可能性が出てくるかもしれないな」
『とんだ泥仕合ですなぁ』
床に手を付く寸前に、柳に抱き支えられた華。そして2人は、もう俺の方には振り返ることももなく、そのまま図書館の敷地内から姿を消した。
その誰もいない空間に向けて、俺は“ぼくを探しに”の一節を読み上げた。
「ぴったりのかけらを見つけたと思ったのもつかのまで しっかりはめておかなかったので落してしまった」
こうして文章を音として口にすると、言葉の意味が頭の中に入って来て、自分の欠けている部分をまざまざと見せつけられたような気分になるのはなぜだろう(これが、読み聞かせの効能でもあるかもしれない)。
その疑問を探るように、また文章を読み上げる。
「きつくくわえすぎたらこわれてしまった とにかくどんどんころがっていく むちゃをしたり 穴に落ちたり 石の壁にぶつかったり……ハクション!……これは、本当に風邪かもな」
明日から“読み聞かせ”をすることを考え、俺も絵本を借りて帰ろうか。横になりながら絵本を読むくらいなら、華もそう怒らないだろう……と図書館の入口で、病気や怪我に対して誰よりも心配性な友達の顔を思い浮かべた。
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