12
SIDE:華
体調の悪そうな国光を残して図書館を去ることに少しだけ不安を感じつつ、私は手にしていた絵本を見た。すぐに蓮二くんに話しかけたのは、別に気を紛らわせようとしたわけではない。
『蓮二くん。この絵本、国光がタイトルを聞いただけで分かったってことは、本当に有名なんですね』
「大人も楽しめる絵本、贈り物にしたい絵本といったランキングでは必ず入ってくる絵本の一つだ」
『今まで知らなかったことが恥ずかしいなぁ……』
「それは違うぞ、華。知らなかったことを恥じる必要はない。本当に恥ずべきことは、知ろうとしないことだ」
蓮二くんはそう言うと私の手から絵本を奪い、奥付を開いた。
「この絵本の初版が発行されたのは1977年。長く愛されている理由としては、シンプルな話の中に、大人でも考えさせられる何かがあるからではないかと俺は思う」
『うん』
「現時点で読んだ印象と、何年後かに読んだ時の印象は違うだろう。華、“中学三年生”のお前の素直な感想を聞いてみたいものだな」
その言葉は、きっと蓮二くんの好奇心から出た言葉なんだろうし、蓮二くんらしい興味の持ち方だと分かってはいるんだけど、“何年後か”の約束をされるのが怖くて、私は冗談を言って逃げた。
『そ、そんなに面白いことは言えませんよ!』
広げた本を静かに閉じた蓮二くんは、その本を私の手に戻すことなく自分の脇に挟んで歩き出した。
「俺は別に、笑いを期待しているわけではないのだが……。まぁ、それはともかくだ。あとひとつ、聞きたいことというかお願いがあるんだが、それを聞いてくれないだろうか」
『はい!蓮二くんのお願いなら、何でも聞きますよ〜』
何も考えずに軽く返事をした後で、“何年後か”の約束を口にされる可能性がまだ残されていることに気づき、私は一度その場に立ち止まってしまった。
蓮二くんはその私の突飛な行動を問うことはなく、切れ長の瞳を開き、静かに言葉を口にする。
「何かが足りない それでぼくは楽しくない 足りないかけらを 探しに行く」
蓮二くんが口にしたのは私が困るような“お願い”ではなく、呪文を唱えるような音の響きにも似ていた。
それは絵本の一節だとすぐに分かったけれど、単純な私は“わぁ”という簡単な言葉だけを返し、蓮二くんからその説明がなされることを待つ。
「この絵本に出てくる“ぼく”は、転がりながら、歌いながら、花の匂いを嗅いだりしながら、自分に欠けている何かを探す旅に出かけるんだ」
『へぇ。人生みたいな話なんだね、奥が深いなぁ』
「ああ、そうだな。だからもし、華がその“かけら”を見つけることとができたなら……俺に、一番最初に教えて欲しい」
『う〜〜ん。それなら、もう見つけましたよ!」
「……そうなのか?」
『はい!』
「すまない、ちょっと心の準備をさせてくれ。……考えられる返答の中で、まさか一番最悪な答えが速攻で戻って来るとはな。だがしかし、返ってくる言葉が最悪だとは限らないんだが……」
蓮二くんは何事かをブツブツと言うと、道の端でストレッチを始めた。
うん、これはスポーツマン特有の癖だと思おう。私の“王子様”にしては、面白すぎる行動だからね。
-12-
treasure-tennis- / top