04
「話は変わるが、和実」
『ん、何?』
「今朝方、お前が良く言う、華の“やだ”を初めて聞いた」
『あの子が、蓮二王子に“やだ”って言うなんて珍しい!何を言って追い詰めたの?』
「失敬だな。別に理詰めして追い込んだりしたわけではないぞ。だがお前の言っていた通り、こちらが正しいと分かってはいてもアレには反論できそうもない」
『頑固だから、一度“やだ”って言い出すとなかなか折れないからねぇ。それに、どんなにバカな理由があったとしても、悪意がないのが厄介だっていうね』
「しかも、少し甘えるような言い方がそこはかとなく庇護欲を刺激し、この柳蓮二が思わず頷いてしまうという破壊力だ」
『どの柳蓮二だよ……』
「俺は、きっと手塚も……」
トントン……
俺と和実の声だけが響いていた室内に、控え目なノックが聞こえた。
叩いているのは華しかあり得ないのだが、華にしては控え目過ぎて、驚いた俺と和実が目を合わせるほどであった。
『はーい』
和実がそう返事をすると、覗き込まなければ顔も見えないほどの隙間が開いた。そこから漏れ聞こえる声もか細い。
『どうしたのよ、華?』
『あ、あのさ〜!和実はさ〜、朝ごはんは食べたの?』
『うん、もう食べちゃったよ。だから気にしないで朝ごはんを食べちゃいなさい。お水もちゃんと飲むんだよ、暑さで倒れたりしたら大変だからね』
『う、うむ』
和実は華の返事を聞くと笑顔で頷き、ドアを静かに閉めた。
部屋の中に振り返った和実は首を傾げ、俺から少し離れたベッドへと腰かけた。
『えっと。それで何の話をしていたんだっけ?』
「要点をまとめると、華は可愛いという話だったな」
『だ、だいぶコンパクトに自分勝手にまとめたわね……。あの子が可愛いことは私も大賛成だけど、ごく自然に“可愛い”とか会話に紛れ込ませるな。ああ、そうだ!国光くんの名前を出さなかった?』
「ああ、確かに出したな」
『気になるから、その続きを話してくれる?』
「華は手塚にも“やだ”と言わないか?」
『言うね。というか、主に国光くんに言ってるね。しかも連発』
「手塚は呆れながらも、妥協点を見出さないだろうか」
『出すね。というか、いつも国光くんから歩み寄ってるね』
普段の手塚と華の様子を思い返しているのだろう。和実は少し目線を上にし、空に向かって幾度となく頷いてみせた。
「俺と同じように思っている証拠だ」
『そこはかとなく庇護欲を刺激し、この手塚国光が思わず頷いてしまうという破壊力だ……って?』
「ああ。口には出さないだろうがな。無意識に甘やかしている証拠だと言える」
『無意識で上等よ。口にしたらムカつくし!』
「ほう……。嫉妬か、それは」
『あはは。うん、嫉妬かも!』
「なるほど、なるほど……。“和実も嫉妬する”……と。和実の本命は手塚だったというのにはかなり驚いた。だが俺が独自に作成した“和実の好きそうな男前ランキング“では手塚も上位だ。予想の範囲内としておくか。若干の修正は必要だがな」
『おいお〜〜い!何をメモっているんですか!しかも、勝手に妙なランキングを作らないで!』
いつ・いかなる時もメモが取れるように(メモなど取らずとも忘れることはないが)と、身体のあらゆる所に忍ばせていたメモ用紙を和実に取り上げられてしまった。
和実はきっと、空港で保安検査を行う保安官や万引きGメンのような職業に向いているのではないだろうか。
『油断も隙もあったもんじゃないわね……。ポケットだけじゃなくて、リストバンドの裏や靴下の中にまでメモを隠しておくなんて
「俺は最近、嫉妬……主に異性間に起きる嫉妬についての事例を集めているところなんだ。今日もそのデータを蓄積するつもり満々でやって来たという訳だ」
『……テニスに関係なさすぎて、否定する気もつっこむ気も起きません』
「否定?手塚が本命ではないという部分か?」
『そりゃそうよ』
「和実。嫉妬をする女性は嫌いではないが、本命でもない人間に係わる者にまで嫉妬していては、身が持たないぞ」
『放っておいて』
トントン……
『あれ?またノックが』
「朝食を終えたのではないだろうか」
『う〜ん。華にしては、ちょっと早すぎるかな』
華が朝食を摂る速度などは、俺よりも和実の方が頭にあるのだろう。
そんなことを考えながら、2人がテーブルを挟み、賑やかに食事をしている様子を思い浮かべた。
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