朧月が晴れるとき(弐)

Present

楸瑛からの愛を受けるようになって、数日後、後宮に紅貴妃様が入内した。
雪娟も珠翠同様、彼女──紅 秀麗姫が霄太師から要請を受け、主上、劉輝様の教育係として来たのは知っている。
まだお会いしてはいないが、貴妃様の護衛にと紅貴妃様の家人であり、十六衛だった武官が羽林軍に特進したという話を、寝台の上で楸瑛から聞かされた。

「君はもう会ったかい?」

「いいえ、どういう方なのですか?」

髪を下ろし、横たわったままの楸瑛に身を預けながら、聞き返せば、楸瑛は雪娟の顔を覗き込んだ。

「気になるかい? 雪娟が他の男を気にするなんて、妬けるな」

「まあ、話を振ったのはそちらですのに……そんなことおっしゃるなんて」

あまりの言いようにふい、と雪娟は顔を逸らした。
その可愛いらしい行動に、頬が緩む。いつもは毅然として颯爽と仕事をこなす姿しか見ないからだ。
そんな風に気を許してくれる雪娟が愛しくて、笑みを浮かべ顎を引き寄せた。

「ごめんよ。そんなつもりではなかったんだ。話の続きだけど、名前はシ 静蘭。かなりの腕で今まで下っ端だったのが信じられないくらいさ」

「そうなんですの、珍しいですわね。楸瑛様が褒めるなんて……少し気になってしまうわ」

その言葉に楸瑛は、顔を上げた。見ればクスッと楽しげに笑っているのを見て、楸瑛は意趣返しに腕枕をしていた腕を外し、雪娟の上に覆いかぶさった。
そっと白い頬に手を滑らせ、呟いた。

「あまり、私をいじめないでおくれ」

息がかかるくらいの近さで言われ、雪娟はまたクスッと笑う。そして、楸瑛が接吻をする前に自分から口唇を重ねたのだった。


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


翌日、雪娟は秀麗姫の室に飾る花を持ち、回廊を歩いていると強い風に煽られ、手にしていた花が落ちてしまった。

「……やっちゃったわ…」

寝不足のせいか、つい煽られるままに落としてしまった。これでは秀麗姫の室には飾れない。
そう思いながら、落ちた薔薇を拾っていると、目の前の薔薇を誰かが拾い上げた。
誰だろう、と顔を上げると前髪の長い武官がいた。

「大丈夫ですか?」

「ありがとうございま──っ!?」

彼はそう言って薔薇を差し出してきたので御礼を、と思い顔を見て驚愕した。
自分の驚いた顔にびっくりしたのか、目の前の武官は不思議そうに雪娟を眺めた後、さっと目を反らした。
忘れるはずがない、この紫銀色の髪にあの先王陛下に似た貌は──。

「……清苑、公子…?」

そう呟いた途端、雪娟は武官に腕を取られ、庭院へと引きずられた。そうして人気のない場所まで行くと、掴まれていた腕を引き寄せられた。

「……お前、雪娟、か?」

「っやはり、清苑様ですのね!」

「いや、私は……私は、今はシ 静蘭という。聡いお前なら解るだろう」

その眼差しを受け、雪娟は瞠目したのち、目を伏せた。

「──失礼しました。静蘭殿。自己紹介がまだでしたね、私は紅貴妃様付きの雪娟と申します」

「私はシ 静蘭です。よろしくお願いします、雪娟、殿」

すっと握られていた腕を離され、清苑、いや静蘭はそう言うと雪娟が持っていた薔薇を取り、一輪だけを取ると結い上げられている雪娟の髪に挿した。

「やはり、お前には赤が似合うな」

微笑し、すれ違い際に耳元で「美しくなったな」と囁いて静蘭はそのまま行ってしまった。
雪娟は突然現れた、かつての憧れを持っていた彼の人の後ろ姿を眺めることしか出来なかった。
本人も気付かないでいたが、その頬は真っ赤に染まっていたという。



End



あとがき

思いついて書いてみました。
夢主は清苑に仕えていたことがあり、面識があります。ほのかに恋をしておりました。
という設定がございます。

雪娟様に捧げました。


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