8
嫌だったマリンフォードからフーシャ村に帰ってこれたマリィは、マキノと村長に世話になる事になった。
弟に会いたい!という少女に、マキノと村長は顔を見合わせた。
ルフィはガープの知人である、ダダンという山賊のところに預けられている。この娘はまだ幼い頃にどこかの人攫い集団によって攫われた経験がある為、ガープはマリィを連れて行かなかったのだろう。
マリィを攫った山賊の一味ではないとはいえ、“山賊”というのは、ルフィの事もあってマリィは嫌だろう。
「ルフィは元気?!」
「あぁ、すごく元気じゃったわい」
「ケガしてない?」
「毎日、山を駆け回っているから傷は絶えないみたいだけど、お兄ちゃんが二人も出来て、楽しいみたいよ?」
「……お兄ちゃん…?」
「えぇ、そこにはルフィより、確か三つ上だから……マリィと同じね。お兄ちゃんが二人いるのよ」
「ふーん」
まさか、それは盃を交わしての義兄弟だとはマリィは思っていなかった。マキノの口調だとてっきり年が近い年上の人に対しての“お兄ちゃん”なんだと思っていた。
マキノたちがルフィの様子と新しい服を持っていくというので、マリィも「わたしも行くぅぅぅ!!」と村長にしがみついた。
「これ!離さんか!」
「やだやだやだやだ!ルフィに会いたいぃぃ!!」
元々駄々をこねる少女ではなかったマリィに村長とマキノはびっくりした。
そもそも、あのガープが無理やり連れて行ったのだとしてもルフィ同様帰ってこれないのだと思っていたが、半年で戻ってきた。
ガープも困ったように、孫娘の機嫌を取ろうとするが、海軍本部で何かしらが起き、とにかくマリィが海軍本部にはいたくない!帰りたい!!と強く願ったので、帰ってきたという。あのガープが、マリィには弱いとはいえ折れるなんて思わなかった。
ぐす、と涙ぐむくらい、ルフィを恋しく思い、会いたいならば「自分たちの傍を離れない事」を条件に連れて行くことにした。
少女とはいえ、山を登るのは大変だろうと思ってたが、やはりというか、流石ガープの孫だという体力を見せた。
いつも村ではルフィばかりに目がいっていたが、そういえばルフィと一緒に走り回っていたのを思い出す。可愛らしい顔立ちがそう思わせないのだろう。
「ルフィ!」
久々の姉弟の再会に、マキノは「良かったわね」と二人を見やる。そして、ルフィのお兄ちゃんたちの所に移動した。
彼らも突然の事に驚いたのだろう。
「ルフィのお姉ちゃんよ」
そう伝えれば、サボは「へぇ、ルフィのねーちゃん」と面白がり、エースは無言で二人を見ていた。
少し気になるが、マキノはエースに声を掛けた。
「じゃあ、エースくん。新しい服、選ぼうか」
何かに気を取られていたエースがハッとして、マキノを見上げてくる。ん?と首を傾げるマキノに「……ルフィが先じゃなくていいのかよ…」と告げた。
「ルフィのはマリィが持ってきたから大丈夫よ」
「マリィ…?」
「えぇ、あの子の名前はマリィっていうのよ」
「………へェ…ま、オレには関係ねェな」
「………ふーん」
「な、なんだよ!!」
「別に。さ、どれが似合うかな〜」
身体に合わせるように服を広げてくるマキノをよそに、エースの視線がルフィたちに向いていたのにマキノは微笑んだ。
(ルフィを取られると思っているのかしら…)
ルフィたちを見れば、サボがマリィに対して何かと話しかけている。意外にも人懐っこい所がある彼は、ルフィの姉だからか、マリィにも友好的な態度をとっている。
そういえば、初めて会った時も、彼に「いらっしゃい」と声をかければ、どこか嬉しそうに近寄ってくれていたっけ…と思い出す。
どちらかと言えば、エースは懐かない猫のような態度だったし、まだ緊張してるのか、照れくさいのかそっぽ向いていたりする。
「はい、じゃあこれはエースくんのね」
手渡した服に見ながら、エースはフン…とルフィたちを一瞥すると小屋へと戻っていった。
いつの間にかダダンたちも出てきていて、村長と会話をしている。
「そのガキは誰だい!」
「ガープの孫じゃ」
「が、ガープの!!?ま、まさかまた増えるんじゃないだろうねェ!!!」
「いや、流石にマリィを山に置くことは出来ん。ガープが知ったら、エライことになるしのう」
「はァ?」
ここだけの話と言わんばかりに村長はダダンを引っ張り、小屋へと入っていく。多分、マリィの事を話すのだろう。
マキノは村長に任せて、ルフィの元へ行く。
「マリィ、ルフィに服を渡した?」
「……あ、まだ!ルフィ、服持ってきたんだよ!!」
「ねーちゃんがえらんでくれたのか?!」
「うん!!」
「ルフィの服はルフィのねーちゃんが選んでたのか」
「サボもえらんでもらえばいーじゃねェか」
「お!いいね、おれのも選んでくれるか?」
「……ぇ、……べつにいいけど……サイズ合わないんじゃ…」
助けを求めるように見てくるマリィに、マキノは「この中から選んであげたら?」と提案する。
「これから、でもいい?」
首を傾げてサボを見上げるマリィに、マキノは「あら可愛い」など自然に言葉に出た。
マリィはマキノから渡された服とサボを見ながら、服を選んでいるのさえ、どこか微笑ましくて、笑みが溢れる。
「これなんてどう?」
「……お、おぅ、ありがとな!」
「どういたしまして!ルフィ!これ、ルフィに似合うと思わない!!」
「かっけェ!!さすがねーちゃん!!」
マリィがルフィに服を見せれば、ルフィは目を輝かせながら、喜ぶのをみて、マリィも嬉しそうに笑っている。
マキノはどことなくホッとした。帰ってきた当初は、元気がなく、落ち込んでいたりしたが、ルフィに会えたことで安心したらしい。傍らでマリィとルフィのやり取りをサボが見つめていたのには気づかなかった。
ここにはルフィたちの服だけではなく、お酒と料理をする為に来たので、マキノは村長とダダンに「ご飯作りますね〜」と軽やかに声を掛けた。伊達に酒場の店主をしている訳ではない、海賊であろうと無法者であろうと客として来るならば相手にするマキノは意外と強かなのかもしれない。
「マキノさん、手伝う!!」
「あら、マリィ。いいのよ、ルフィと遊んでても」
いつの間に来たのか、くいくいとエプロンを引かれていた。マキノが久しぶりに会ったんだし…と思ったが、先にマリィが口を開いた。
「ルフィ……あの子たちと狩りに行っちゃった…」
あの子たちって…とマリィを見れば、少し寂し気な表情で出入り口を見つめていた。
「そっか。じゃあマリィは玉ねぎの皮剝いてくれる?」
「うん」
山賊の一家は意外にも多く、ましてやルフィを筆頭に子供たちが食べるのだ。マリィには悪いが、玉ねぎを沢山渡しお願いをした。
「何作るのー?」
「それはスープに使うわよ」
さっきまでの寂し気な顔は無くなり、マキノはそのままじゃがいもの皮を剝いていくことにした。
やがてルフィたちがワニを狩って来たのを見たマリィは驚きで、口を開けてる。
「ねーちゃん!ワニ、獲ってきたぞォ!」
「すごーい、ルフィ!!」
「てめェだけで狩った訳じゃねェだろォが!!」
「まぁまぁ、怒るなよエース。ルフィもマリィにイイとこ見せたかったんだよ。な、ルフィ」
「おぅ!!ニシシ!!」
「ルフィ、怪我してる!大丈夫?」
頭から血を流してるルフィにマリィは大慌てで近寄った。もっていた手ぬぐいで血を拭えば、もう乾いたのか布にそれほど付かなかった。
「ねーちゃん、だいじょーぶだ!」
「で、でも…」
「おぃ、ガキ共、風呂に入ってこいやァ!!」
ダダンという人がルフィを持ち上げると奥の部屋へと放り投げた。ついでにエースとサボもだ。
「オメェもぎゃあぎゃあ煩いんだよ!ガープの孫だからって、ずいぶん甘ちゃんじゃないか!!」
「……ルフィに乱暴しないでよ、おばさんっ!!」
ギッ!と睨むと、一瞬だがダダンはたじろいた。
「うるさいね!さっさとマキノの手伝いをしやがれ、ガキ!!」
マリィを持ち上げ、粗末なキッチンへと放り投げれば、フンッ!と鼻息荒く、自分の定位置へと座り、酒を煽るダダンに、村長が文句を言っている。
マキノが慌てて、マリィの傍により「大丈夫?」と声をかけていると、ルフィたちが何か騒いでいる。
「ダダン!!ねーちゃんになにすんだ!!」
裸で出てきたルフィに村長もダダンも酒を吹き出した。
「おめェがなにしてんだ!!」
「おい、ルフィ!!」
サボがタオルを持って出てくれば、エースは仕切りにしてるカーテンからこちらを見てはハァ…と頭を抱えている。
サボにタオルを巻かれたルフィは仁王立ちをして、ダダンたちに「ねーちゃんイジメたらただじゃおかねェぞ!」と言っている。しかし、マリィはポカンとしながら、その光景を見ていた。
(……ルフィ…)
なんだか、取り残された気がしてならなかった。
騒がしかったが、ルフィはサボに連れられてもう一度風呂に入ると、マキノが用意した食事が出来上がった。
テーブルに並べられた料理に、ルフィやサボ、エース、山賊の一味は目を輝かせて、勢いよく口へとかき込んでいく。
ルフィとガープの食べっぷりに慣れていたマリィではあったが、エースとサボの食べっぷりにも驚いた。エースの食べ方をみて、既視感を覚えた。
(……おじいちゃんに似てる…?)
マリィは目の前の骨付き肉を齧り付きながら、首を傾げたのだった。
「さぁ、そろそろ帰るぞい」
村長が口にすれば、ルフィはマリィに抱きついて「えーー!!ねーちゃんはおいてけよォ」とぶ〜ぶ〜と文句を言い出した。
すかさず村長がルフィにゲンコツを落とすが、ガープとは違うので痛みはない。
「馬鹿モン!!マリィをこんなところに置けるか!!」
「そうよ、ルフィ!マリィに何かあったら……」
「だいじょうぶだ!!おれがまもる!!」
ニカッと笑うルフィにマリィは嬉しく思うが、横からエースがルフィを引っ叩いた。
「弱ェおめェがなに言ってんだよ」
「ルフィ……さすがにムリだぞ」
呆れるように話すエースとサボに、ルフィは満面の笑みで言い放った。
「エースとサボも強ェからだいじょうぶに決まってる!!」
「「……………はァ…」」
ため息を吐く二人は、それでも義弟からの信頼に少し嬉しそうに見えた。ルフィも二人を大分信頼しているのを見たマリィはどこか居心地の悪さを感じる。
「る、ルフィ……」
「どうした、ねーちゃん!」
なんの曇もない眼差しに、マリィは臆してしまった。
「………あ、あのね…今日は帰る、よ……久しぶりに会えて、嬉しかった!!」
無理やりに笑ってみせれば、ルフィは「えぇ!!」と声をあげる。
「いーじゃんかよォ〜!ねーちゃんもココにすもうぜェ〜」
「勝手な事言うんじゃないよ!!」
ルフィの勝手な言い分に、これ以上ガキばかり増えて堪るか!ダダンが声を張り上げる。
「だって、ねーちゃんに会うのいつぶりだと思ってんだよォ!!」
ぎゅーっとしがみつくように抱きついて離さないと言わんばかりのルフィをダダンや村長が引き剥がそうとする!
「は〜な〜れ〜ろ〜!」
「は〜な〜れ〜んんん〜〜!!」
「っっっ!!」
がっつりくっついているせいで、マリィは苦しくて堪らない!
「ルフィ!!」
「ルフィ!マリィが苦しそうだ!!」
サボがマリィを引き、エースがルフィを引き剥がした。途端に息が吸えて、マリィが咳き込んだ
「ゲホッ……ゴホッ……ハァー…ハァー…」
「マリィ、だいじょうぶか?」
目の前のサボにマリィはただ頷くしかなかった。
「ほんとうか?」
「ね、ねーちゃん……ごめんなァ!!」
ルフィが半泣きになりながら謝ってくるのにもマリィは首を縦に振るだけで、ぜぇぜぇと息が荒い。
「マリィ、お水よ」
マキノから差し出されたコップの水を一口飲み、マリィは息を整えた。
「…、ぁりがと…マキノさん…」
だが、次の瞬間、目の前が真っ暗になったのだった。
次に目を覚ました時には、見慣れない天井が目に入ると同時に、身体が動かないでマリィは横を見れば、そこにはルフィの寝顔があった。
ぐるりと回された腕が身体に巻き付いていたのだ。
(…………抜け出せない…)
困った、とルフィの方だけではなく、辺りを見渡してみる。まだ夜なのだろう、ホーホーと梟の鳴き声が聞こえる。だが、他から物音は聞こえない、どこかからはイビキと寝息は聞こえるが……どうやらまだまだ夜中だという事だ。
村長とマキノはいないのだろうか……マリィはどうしたもんか、と身動ぐがやはり動けない。
ルフィを見れば、ニシシ…と笑いながら眠っている。
「…………ね、ルフィ、────」
ボソリと呟かれたそれは、静かに暗闇へ溶けていった。