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ONEPIECE

 ガープが襲来した時は、ルフィとだけ逃げてしまったが、結局は捕まったマリィとルフィの姉弟はエースとサボに「先に逃げてごめん」と謝った。なぜなら、二人は先にガープに捕まり、ゲンコツを食らったからだ。ルフィも「ジイちゃんから逃げるとは何事だ!」と怒られていた。
 流石にマリィも怒られるのかと思ったが、ガープは笑顔で頭を撫でてきた。
 そんな対応の差に、ルフィは口を尖らせて「じーちゃん、ずりぃぞ!」と文句を言う。そりゃそうだ、一緒に逃げたのに片方は殴り、片方は撫でるとか差別すぎる。

「ルフィ…誰のおかげでワシから逃げられたんじゃ」

「うぅ……ねーちゃん…」

「そうじゃ、マリィちゃんのおかげじゃろうが!」

「お、おじいちゃん……わたしも悪いよ…ルフィばっかりじゃかわいそう…」

「そうだ、ジジイ!!ルフィばっか殴んなよ!!」

「マリィちゃんは殴らん!嫌われたくない!!それにマリィちゃんはマリィちゃんの修行になっておるからの!」

「「は??」」

 エースとサボは、マリィの修行?修行なんてしてんのか??と首を傾げる。

(この弱ェのが?)

(マリィの修行?)

 本人も分からずにポカンとしているが、ルフィが「ねーちゃんの予感はすげェんだぞ〜」と言っている。なんのことだ??
 その後は、修行だ!と騒ぐガープを、マリィは「おじいちゃんといたい!」とぐいぐい腕を引っ張りながら、マキノたちとフーシャ村へと戻っていったおかげで、今回はボロボロにならずに済んだのだった。
 ジジイは軍から帰還要請とかでそのまま軍に戻ったと教えられたのは、次の日だった。ルフィはマリィがまた連れていかれたんじゃないか!と焦ったからだ。

「ねーちゃんっ!!」

「ルフィ!おじいちゃんなら戻ったよ!」

「ホントか!」

 ちょうど、山から降りたところにいたマリィを見つけたルフィは勢いよく抱きついた。勢いよすぎたせいで、すっ転んだ。少し踏ん張ったからか、ころん、とだけど。
 少しだけ違和感を持ちながら、二人に近づいた。

「こんにちは、サボくん、エースくん」

「あぁ」

「……あぁ」

 笑顔で迎えるマリィにサボも笑って挨拶をしている。

「待っててくれたのか?」

 サボが彼女の横にあるバスケットを見て聞くと、すかさずルフィが「食いモンか?」と聞いた。

「うん!マキノさんと作ったの!」

「やったァ!」

 喜ぶルフィをよそに「みんなで分けるんだよ!」と注意しているが、何か変だと思えた。

「ねーちゃんも一緒に食うんだろ?」

「お姉ちゃんは食べたから大丈夫だよ!今日も特訓するんでしょ?」

「まぁ」

「……………………オメェは来ねェのか?」

「へ?」

「エース?」

 口から出た言葉にマリィは驚き、サボがエースを見る。ルフィはマリィにくっついていた。
 なんとなくムカついた。そう、苛立ったのだ。

「オメェはルフィの姉貴なんだろ、ルフィから離れようとするな!」

「…………っ」

「テメェもルフィとおなじで、ひとりは辛ェたちだろ!!」

「……エース!」

「……ねーちゃん、やっぱりひとりは辛ェのか?」

 ルフィがマリィの手をぎゅっと握る。それをマリィが見て、ルフィを見つめた。
 ポロリ、とまるい頬に涙が溢れていた。
 ギョッ!としたのはルフィ、サボそしてエースも驚いた。

「エース!!ねーちゃん泣かすなよ!!」

「そうだ!エース、泣かせるなよ!!」

「っ!?お、おれのせいかよ!!」

「どうみてもエースのせいだろ!!ま、マリィ、泣くなよ!」

 ルフィとサボに責められ、エースはたじろぐしかない。
 う〜〜!と泣くのを我慢しようとするマリィにルフィはずっと抱きついたままだ!サボもおろおろとしている。エースは頭を掻いてから、マリィに近寄った。
 そして、服の裾をマリィの顔に押しつけた。隣にいたサボが「エース!お前っ!!」と声を上げるが、そのまま涙を拭ってやった。ゴシゴシしすぎて、服を離してから、彼女の目元が真っ赤になってて、サボが「擦りすぎだ!!」とエースを殴り、マリィの大きな目がまんまるになったのだった。

「……はは、ねーちゃん、目が真っ赤だ!」

「……ルフィ…」

「ねーちゃん、さびしいならいってくれよ!おれはねーちゃんといられなくてさびしいぞ!!」

「…………お、姉ちゃんも、ルフィといられなくて、さびしい……」

 ぐずっ、とまた涙ぐむマリィに、さっきの仕返しとばかりにエースが口を開いた。

「ルフィ、オメェだって、ねーちゃん泣かせてるじゃねェか」

「うるせー!おれは弟だからいいんだ!!」

「なんだそりゃ!」

「落ち着けよ、エース、ルフィ!マリィも大丈夫だって、な?」

 泣き止ませようとするサボに、エースは半目で見る。マリィは鼻を啜りながら「ゔん…」と頷いた。

「ねーちゃん、泣きやめよ。エースは泣き虫はキライなんだぞ」

「なっ!!」

「……そ、なの…?」

「〜〜〜〜っ!おまえは、泣き虫じゃねェだろ!!」

「…………」

「どっちかっつーと、ガマンしすぎだろ!!」

 マリィは驚いて、涙が引っ込んだ。隠していた思いをエースに気づかれて、びっくりしたのだ。しかし、サボも気づいてたらしく、マリィの頭を撫でた。

「そうだよな、ルフィ取っちまって、ごめんな」

「!」

「気づかれてねェと思ってたのかよ!」

「ねーちゃん、おれはねーちゃんの弟だぞ?」

 ぎゅーっと抱きつくルフィを見れば、どこか泣きそうでマリィはルフィを正面から抱きしめた。

「……ごめんね、ルフィ……おねえちゃん……ルフィがはなれた気がして…さびしかったの……」

「……ねーちゃん、だいすきだぞ!」

「おねえちゃんもルフィが大好き!!」

 抱きしめあう姉弟を、エースとサボはやれやれといった感じで見ていたが、サボがにやりと笑うとエースも巻き込んで、ルフィとマリィに抱きついた。

「うわっ!」「えっ?!」

「サボっ!!」

「ハハっ!オレたちもまぜてくれ!!」

 びっくりした顔を間近で見たが、目が合えば、見たことないくらいの笑顔を向けられた。




 そんな事があってからか、マリィはコルボ山には住みはしないが、特訓の時には三人の勝負を見学するようになった。毎日ではないが、お弁当を持ってきてくれたりして、フーシャ村に帰る時は三人で送るようになった。
 ただし、ゴミ山には連れては行かないようにしていた。ルフィもサボもそれには頷いた。エースはゴミ山は勿論、ゴア王国の方には連れて行かないように考えていた。それは、ダダンとフーシャ村の村長との会話を聞いてしまっていたからだ。

(…コイツ、狙われてるんだよな……)

 しかも父親が関係しているという。ルフィも狙われる可能性もあるのだろうか。
 まぁ、ルフィはジジイに鍛えられてるし、オレたちと勝負をして、狩りも出来るようになっている。なんとかなりそうだ。
 問題はマリィだろう。ルフィとはどこか似てるは似てるが、小綺麗にしているし、サボが言ってたように可愛いんだろう…と思えるようにはなった。
 よく分からねェが、サボはマリィを気に入っている。マリィが見てる時は勝負に勝つ時が少しだけ多くなった気がするし。
 いわゆる、男女の話はよく分からない。そんな事気にするヒマはなかったからだ。
 エースは、目の前で戦うサボとルフィの勝負を見てるマリィを横目に、頭を掻いた。

(サボみてェに頭はよくねェからな、おれは)

 そんな事を考えてる間に、ルフィとサボの勝負は呆気なく終わったのだった。


「釣りに行こうぜ!」

 夕飯の調達に来た俺たちに、マリィも着いてきた。今日は海釣りだから、問題はない。
 マリィはルフィの横でエサを釣り針に付けていた。ルフィが勢いよく投げると、バカなのか釣り竿ごと投げてしまい、慌てて下へ降りてった。海に落ちたらどうするんだ!とサボも降りていく。

「ルフィ!」

「サボが付いてんだ、だいじょうぶだろ」

「そうかな…」

 心配そうに見るマリィに、不意にエースは聞きたくなった。まだ二人は戻って来ない。

「………なぁ、」

「なに?」

「…………………もし、もしも、海賊王に子供がいたらどう思う…」

「海賊王に?」

「………あぁ」

「いるの?」

「だ、だから、いたらだよ!どう思う?」

「えー!海賊王のでしょ、会ってみたい!!」

──そりゃあ打首だ。
──誰もそれを望まねェんだ。仕方ねェ。
──世界中の人間のロジャーへの恨みの数だけ針を刺すってのはどうだ。火あぶりにしてよ、死ぬ寸前のその姿を、世界中の笑い者にするんだ!
──みんながいうぞ……ザマァみろって。
──遺言は、こう言い残してほしいねェ。“生まれてきてすみませんゴミなのに”

 以前、町で聞かされたのが脳裏に浮かんだ。

「会う?会ってどうすんだよ……石でも投げんのか?」

「はぁ?そんな事しないよ!!お友だちになってみたい!!」

「………ハァ?!か、海賊王の子供だぞ?!」

「えー?だからだよ?」

「海賊王がどんなのか知ってんのか?!」

 マリィの思いがけない言葉にエースは声を荒げるも、マリィは「シャンクスに聞いた事ある!」と告げた。

「シャンクス…?あぁ、あの麦わら帽子の、ルフィの命の恩人つってたヤツか」

「そう!シャンクスがスゴイ人だって、教えてくれたの!」

「スゴイ……?コワいじゃなくて……」

「うん!海賊王は仲間からすごく慕われていたんだって!子供のように純粋?単純で真っ直ぐ、だったかな?あとめちゃくちゃ強いって!」

「なんだそりゃ、バカにしてんのか?」

「えーと、そうじゃなくて……仲間思いなんだって!仲間が馬鹿にされたりした時はすっごい恐いんだって……それだけすっごく仲間が大事なんでしょ、ステキじゃない?」

「………………そう、なのか…」

「エース?」

 マリィが首を傾げながら、見つめてくる。
 “海賊王”がそんなヤツだなんて、知らない、聞いた事がない。いつだって聞いたことがある“海賊王”はクズ野郎、生まれてこなければ良かった人間、世界最低のゴミだった。
 それなのに、目の前の少女は“海賊王”を知っている人間の話を信じている。
 ──そうだ、町で聞いた奴らは“海賊王”の事など何ひとつ知らない人間なのに、それを物心つく頃から聞かされた、いや、聞いたのだ自分で。
 すぐには信じられない気持ちはある。本当にそうなのか、ソイツは本当に“海賊王”を知っている人間なのか?

「………………マリィは、」

「ん?」

「おれは生まれてきてもよかったと思うか?」

「………………」

 エースはしまった!と思った。この聞き方だと自分が“海賊王”の子供だと言ったみたいだと。顔を上げると、そこには表情を失くしたマリィの顔がある。

(……しまった!)

 せっかく、サボやルフィ以外にも一緒にいてもいいと思えていたのに、失くしてしまう。それがなんだかイヤになった。
 マリィはいつの間にか、俯いていた。まだルフィたちは戻らない。

「………………エースは、」

「………………」

「わたしは生きていていいとおもう?」

「……は?」

「わ、わたし……」

 見ればマリィの頬にはポロリと涙が溢れていた。エースはぎょっとした。なんで泣くんだよ!と服を引っ張るとマリィの顔が拭いた。

「おめェに何かあったらルフィがかなしむだろ!サボも!!ジジイだって…………おれ、も」

「………そ、なの…?」

 自分もと言ってしまった後、エースは気恥ずかしくなり、ゴシゴシとマリィの顔を拭くと、「アイツらおせェな!!」と下へと飛び降りていった。
 マリィは唖然としていたが、エースのぶっきらぼうな優しさに、口角があがる。

「………………ありがとう」

 呟いてから、「まってェ!」と自分も下へと降りていく。
 さっきまでの会話が嘘だったように、隣に並ぶマリィにエースはそっぽを向いていた。


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