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ONEPIECE

 エースがマリィに対して態度が丸くなってくると、生活は少しだけ変わった。
 フーシャ村にマリィを迎えに行き、勝負をしたり、釣りをしたりと仲良く過ごすのが増えた。
 今日もマリィはお弁当を(マキノと一緒に)用意して三人が迎えにくるのを待っていた。しかし、今、彼女の視線はいつ弟たちが来るか分からない山道への入口ではなく、海の方へと視線を向けた。

(──おじいちゃんだ!)

 ルフィたちに知らせないと!足元に置いていたバスケットを持つと、山道へと足を踏み入れた。
 ちょうど三人が駆け上がってくるマリィを見つけた。

「ねーちゃんっ!」

「ルフィ!!」

 抱きつこうとするルフィの手を取ると、すかさず走り出したマリィに、エースとサボは前にもこんな事があったな、と顔を見合わせた。もしかして、もしかする?

「おじいちゃんがきたよ!」

「じぃちゃん、ひまなのかよ!」

「マジかよ!」

「ウソだろ!」

 四人は急いで山へと向かった。
 海が見渡せるところへ来ると、サボは息をきらせてるマリィをみて、気になっていたことを聞いてみた。

「なぁ、マリィってなんでいつもガープのじいさんが来るの分かるんだ?」

「へ?」

「そういやそうだな」

「ねーちゃんはむかしからカンがすげェんだぞ!」

「……え、っと……分からないけど、なんか分かるの……」

「なんだそれ?」

「カン……勘が良いってことなのか?」

 エースが怪訝そうにマリィを見た。マリィ本人もよく分からないとは言っているかは結局分からないままである。後に見聞色の覇気を幼いながらに使えていただけの話である。
 四人でコルボ山へと入り、いつもと違う場所へと行く。まぁ、この先、捕まるのは容易であるが子供ゆえの抵抗でもある。
 三人の勝負を眺めていた。自分も身体を鍛えたいと思わなかった訳じゃない。

「わたしも強くなりたいなぁ」

 傍で聞いたエースはハァ?おめェが?と眉を顰めた。

「なに?ダメなの?」

「いや、強くなりてェならいいんじゃねーか……鍛えてやろうか?」

「ホント?」

 ぱぁっ!と嬉しげに笑うマリィにエースの口角が上がる。がマリィは空を見上げると同時に何かがどしーん!と落ちてきた。
 驚きすぎて無言になる少年少女たちは顔を青ざめた。なぜなら、なにか降ってきた場所にはガープの姿があったからだ!

「じ、ジジイィィィ〜〜っ!?」

「お、おじいちゃん?」

「じ、じいちゃん……」

「う、ウソだろ……」

「エ〜スぅ〜?わしのマリィちゃんを鍛えるじゃと……?」

 流石のマリィも初めて祖父に対して恐怖を感じて、思わずエースの服を掴んだ。勘よりも先にガープが現れたからだ。

「マリィちゃん!?そんな震えたりしてどうしたんじゃ?!なにか、怖いのがおったのか?じいちゃんが叩きのめしてやるわい!!」

「……どーみてもジジイのせいだろ……」

 ルフィがサボに抱きついて、うんうん頷くも、ガープは「あ"ぁ"ん」とエースを見ると思いきりゲンコツを食らわせた。

「…………ってェ、な!くそジジイ!!」

「じーちゃんと呼ばんか!!……どれ、お前達、わしが鍛えてやろう」

「「「…………」」」

「マリィちゃんはそこで待っておるんじゃぞ!」

 ルフィたち三人は一目散に逃げ出したが、ガープは「はっはっはっは〜」と笑いながら追いかけていった。

「ま、まっておじいちゃんっ!!」

 必死に逃げてるであろう三人とガープは驚異的な速さで行ってしまったが、マリィは追いかけた。追いかけたが、そこにはたんこぶや腫れた頬をした三人が地面や茂みに突っ伏していた。

「る、ルフィ!?みんな?!」

「さぁてマリィちゃん行こうなぁ〜」

 三人の心配をよそに、ガープはマリィを抱き上げると、まだまだじゃわい!ぶわっはっはっ!!と豪快に笑いながらダダンの家で向かった。

「おじいちゃん!!」

「……どうしたんじゃ、マリィちゃん」

「わたしもはきたえたい!!」

 ぴたり、と歩くのを止めたガープは腕にいる孫娘を見つめる。どうやら大人しくフーシャ村にいるだけではないのは知っていたが、強さを求めるようになるとは思わなかった。この子には不自由に生きて欲しくはない。無論、ルフィもエースもだが、彼らはしがらみが多すぎて、自分の庇護下に置きたいのだが、そううまくいかない。まだのびのびここで育っていて欲しいのだ。生きていく術を。

「…………マリィちゃん…」

 この子自身は覚えていないのだろうが、昔の事件で無意識に覇気を出したことがある。この子はきっと強くなる。理解していたが、利用されてしまうのが目に見える。
 こんなに小さく可愛らしい孫が不自由になるのはツラいのだ。

「おじいちゃん、わたしもつよくなりたい!」

 じっ、と見つめてくるマリィをガープは地面へと降ろした。え?っと思った時には脳裏になにか浮かぶ。ガープが右から殴ってくる様に驚いた。びっくりしながら、避けるもまた右、左、左、右と拳が襲ってくるのをなんとか避けたが、避けた拍子に尻もちをついてしまった。

「…………なんで…?」

 意味が分からない、とばかりにマリィは己を見た。なぜ、避けれるのだろう。

「マリィちゃんは、それでいいんじゃ…」

「………………で、でも!やっぱりわたしも、強くなりたい!おじいちゃんみたいに!!」

「わしみたいに?」

「うん!こう…」

 見様見真似でパンチを繰り出すもガープのような鋭さはない。ないのだが、なかなかのスピードにガープはふむ…と顎に手をやった。

「………………よし、マリィちゃん教えてやろう」

「ホント?!」

「あぁ。じゃが、マリィちゃんが本当に危険な時にだけ使って欲しいんじゃ…」

「おじいちゃん………?」

 頭を撫でてくるガープをマリィは見上げながら、首を傾げる。
 ルフィたちのように厳しすぎる訳では無いが、ガープはマリィをコルボ山の麓に連れていく。ここならばフーシャ村からも近い。
 とりあえずは基礎を教えていく。今まで抑えられていた分、やはり血筋なのか飲み込みは良かった。いきなり岩壁は崩れる訳では無いが、マリィはルフィたちに知られないようにこっそり特訓するようになった。ルフィに心配されるのが分かっていたし、ガープに秘密だと約束したからだ。
 マリィはそのままガープに連れられて、ダダンの家に泊まることになったが、ルフィたちの姿が見えないことに首を傾げた。

「どこにいったんだろ…」

 探しに行きたいが、マリィはガープによって膝に乗せられ、太い腕にホールドされている為動けないでいる。次第に疲れからか寝てしまっていた。

「…………ちゃん、ねーちゃん…」

 どこからかルフィの呼ぶ声が聞こえて、マリィは「んぅ…」と呻き声を上げた。ごしごしと眼を擦ると目の前にルフィがいた。

「……ルフィ…?どうしたの、いっしょに寝る…?」

 掛かっていた布をあげて、寝るように促すと「うん!」とルフィが声をあげて、一緒に寝ようと横に入り込もうとしたが、ゴンッ!と音がした。

「……いてェ…」

「そーじゃねェだろ、アホ!」

「なにやってんだよ、ルフィ」

 小声で話す彼らを見る。まだ外は暗くて、マリィは混乱した。それに気づいたのかサボはシィ〜と口元に指を立てているから、マリィは頷いた。
 ルフィはエースが引っ張り出したらしく、マリィはサボに手を引かれて、小屋から出た。

「どうしたの?」

「ねーちゃん!」

「うん」

「「「どくりつするぞ!」」」

「うん??」

 三人の勢いによく分からずにマリィは首を傾げる一方だったが、散々にしごかれた三人は生命の危機を感じたらしい。

「とにかく、おれたちは明日ジジイに殺される」

「運良く生きのびられても海賊はあきらめないかぎり、結果はおなじだ!」

「死にたくねェよ」

 エース、サボ、ルフィは思い出したのか腕を擦っている。そして、決心するかのようにエースは口を開いた。

「道はひとつしかねェ。けつだんのときだ、兄弟! どくりつするぞ!!」

「「おおー!」」

 三人の決意にマリィは目を丸くするしかない。

「どくりつって……」

「ここからが出る!」

「え?え?出るって……どこにいくの??」

「ここじゃねェどっかだよ!」

「おれたちが住める場所をまずは探すか」

「……ねーちゃんはどーすんだ…?」

「「………………あ、」」

 流石にガープが溺愛するマリィを連れていけば、すぐに追ってこられるのが目に見えてる。三人とマリィは悩んだ。悩んだが、いい案は出ない。
 マリィも自分が行けば、すぐに連れ戻されることは 理解しているので、小さくハイ!と手を上げた。

「わたしは行けないから今日はここに残るよ」

「えェェェェェ、ねーちゃん!」

「こら、静かにしろよ!ルフィ」

 エースもサボもそれが最善策だと理解はしている。それでも仲良くなってきたし、彼女が夜にコルボ山にいるのはどこか新鮮でもある。
 ルフィもマリィとせっかく一緒にいられるのに、と不満げに声を上げた。

「だけどマリィを連れてったら、すぐにジジイがくるぞ」

「う、じーちゃんが……」

 エースの言葉に、それはやだ……。と呟くとマリィの腕を掴んだ。マリィはルフィの頭を撫で回すとルフィの頬を両手で挟んだ。

「ルフィ…」

「……ねーちゃん?」

 チュッとルフィの額にマリィが唇を落とすと、「なっ!」「は?」とサボとエースの声が聞こえたが気にしない。

「だいじょうぶ!ルフィは本当にかわいいね」

「カッコいいのがいい……」

 ぶすっとするルフィにマリィは笑うと、エースとサボを見た。

「ルフィ、手がかかるけどよろしくね」

「……べつにコンジョーのわかれじゃねェんだぞ!」

「わかってるよぉ〜」

「ルフィ、また、明日も会えるんだからだいじょうぶだ」

「そうなのか?」

「あぁ。とりあえず、おれたちは行こう」

「あぁ、ジジイに見つからないうちに場所を探すぞ!」

「「おー!」」

 三人は両手をあげて、いってしまった。
 また明日。そんな約束をしてからマリィは首を少しだけ傾げた。もやもやとした気持ちが胸に広がる。なんだろう、この胸騒ぎは。
 おじいちゃんは休暇は終わりじゃ!仕事があるといって、またフーシャ村から海軍へと戻っていった。
 マリィもフーシャ村に戻り、いつものようにマキノや村人たちの手伝いをして過ごしていた。
 三人と別れてから数日後、マリィはマキノに頼んでお弁当を沢山作った。いつものように山への入口で待っていると「ねーちゃぁぁぁぁん!!」と声が聞こえる。

「ルフィ!!久しぶり!!」

「おぅ!」

 抱きついてくるルフィを抱きしめ返すと、エースが呆れたように「相変わらずだな…」と呟けば、サボが「まぁまぁ」と笑う。

「エースもサボも元気だった?」

「あぁ…」

「今どこにいるの?」

 訊ねれば、二人ともニヤリと笑った。
 サボが前に出て、手を差し出してきた。その仕草が不自然ではなくて、マリィは首を傾げる。

「招待するよ、おれたちの「秘密基地に!!」」

「秘密基地?!」

「おれたちで作ったんだ、ねーちゃん!」

「作った?」

 驚いているとエースとサボに両手を取られ、ルフィに背中を押された。愉しげな顔の彼らに引っ張られながら、コルボ山の奥の奥へと連れていかれる。
 大きな木の上に何かが作られている──ツリーハウスだ。

「なにこれ、すごーい!!」

 ほら、はしごを指差され、エース、ルフィと上がっていく。サボに促されてはしごに足をかけて、上がっていくと狭くはないが、子供三人が過ごすには充分な広さがある。
 わぁ!と歓声をあげるマリィに三人はやっりぃ!と手を合わせている。
 「すごい!すごい!」と称賛するマリィにルフィが「せっけい?はサボがやったんだぜ!」と誇らしげに話すと、サボは照れて鼻を擦った。

「サボって設計とかも出来るんだね、すごーい!!」

「そ、そんな、大したことないぜ」

「えー、すごいよ!どこでそういうの知るの?」

「……ぁ、その……」

「うん?」

 自分たちはまだ十歳。手先が器用であろうが、子供がツリーハウスを作るほどの知識を持つには勉強しなくてはならないが、どこで勉強したのだろうと首を傾げてると、ルフィはともかくエースがこちらを見ていた。

「……マリィ…」

「ん?」

「……ちょっと、話したいことが、あるんだ……」

「うん?」

 サボに促されて、ツリーハウスの上にも見張り台みたいな場所があり、『ASL』という文字が描かれた旗がはためいていた。

「あそこまでいけるか?」

「うん、だいじょうぶだよ」

 サボが手を出してくれたから引っ張られながら上へあがると、フーシャ村からゴア王国まで見えた。

「うわぁ!すごい見晴らし!!ここもサボが考えたの?」

「あぁ……」

 頷きながらも、どこかそわそわしているサボにマリィはしゃがみ込んだ。トントンと叩くと隣にサボが座った。

「……………」

 黙り込むサボにマリィは待った。何度か口を開くも、帽子のツバを掴むサボに対して、ただ待った。

「……………聞かないのか…」

 ようやく言葉を発したサボにマリィは「何を?」と問えば、「……ゔ、」と言葉を濁した。

「サボが言いたくないならべつにいいよ?」

「………おれ、じつは、……………………き、ぞく…なんだ…」

「………きぞく?」

「あぁ……!だ、だからその…エースやルフィにはいってたけど……マリィには、いってなくて……だから、その……ここも作れたんだ……」

「サボって貴族だったの?」

「…………っあぁ…」

「そうなんだ」

「……………………き、嫌いになったか……?」

「え?なんで??」

「なんで、って……おれは隠してたんだぞ、孤児みなしごってウソも、ついてた……」

「うん」

「ほ、ほんとうは、親もいる…………いるんだけど……嫌なんだ……貴族だからと威張り散らすアイツらが……親も、自分たちの『地位』と『財産』を守っていく“誰か”が必要なだけで……おれが必要じゃないんだ……王族の女と結婚出来なきゃクズで、エラくなるために勉強しろとしか言わないんだ……おれ自身なんて、どうでもいいってヤツらだから…………ごめん……ウソついてた…」

 マリィはサボを見つめて、なんとなく頬を引っ張った。

「……ま、マリィ……?」

「えっと、えっとね……うまくいえないんだけど、サボはサボだと思うの」

「……ぇ…」

「親がどうとか、身分とか、えっと、サボが貴族だからって、そんなのわたしには関係なくて、サボはサボでしょ?わたしにとっては変わらないよ、大事なともだちだよ」

 にっこり笑うマリィにサボは顔が急激に熱くなるのが分かった。頬から赤くなったからか、マリィは頬をつねったせいだと慌てて放してくれたから、サボは誤魔化すように帽子を引っ張った、顔を隠すように。

「そっかぁ、勉強頑張ってきたからこういうのも考えられちゃうんだ、サボって本当にすごいね!」

 マリィの言葉に涙が出そうになるのを我慢した。だって彼女も自分を認めてくれた。────嬉しかった。
 立ち上がって、遠くの海原を見ているマリィを、好きだと思えた。

「ルフィ〜!」

「ねーちゃん、おれもそっちいっていーかー?」

「バーカ、オメェはおれと釣りにいくぞ」

「えーー!」

「サボ、ちょっと行ってくるからなァ」

「おれ、ねーちゃんといたいィィィ」

「うるせぇよ」

 ズリズリとルフィを引きずり落としたのか、マリィが焦ったように「ルフィ!」と声を上げている。エースが「だいじょうぶだ!」と言ってるが、マリィは「ルフィをイジメないで!!」と怒っていた。横目で彼女を見ると頬を膨らませているものだから、それが可愛らしくて、またルフィに対しての過保護さに少しだけルフィが羨ましく思えた。
 でも今はそれでもいいと思えた。サボは目元を擦ると、声をあげた。

「おれらも行こう!」

「………うん!待って、ルフィ、エース」

「「おぅ!」」

 降りるのち少々時間が掛かったが、無事に地面に降りたマリィにルフィは飛びつく。

「ねーちゃん、行こう!」

「うん!」

 仲良く手を繋いで、先に行くマリィとルフィを眺めながら、エースはサボを見やる。
 じっ、とマリィだけを見つめるサボを見て、今度はマリィを見た。なんとなくムッとした感情はなんなのか、エースには分からなかった。


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