13

ONEPIECE

 ダダンたち山賊一家の家の前には、自分たちで作ったであろう、小さな小屋が二つ並んで建っている。
『エースの国』『ルフィの国』
 そう称されている小さな小屋へ、ルフィの姉であるマリィは恒例のお泊まりにやって来た。ダダンたちはマリィが泊まる時は、ダダンたちの国に寝泊まりしろ!と騒いでいたが、彼ら曰く「一人で生きる力をつける」為の独立国家なので、マリィもルフィの国に泊まるという事になった。
 変な境界線すらも作っていたエースとルフィにマリィは苦笑いするしかない。線上はどこまでなのか知りたいところである。
 エースはルフィが怪我した頃から少し変わった、マリィがやさしくしてあげてねと伝えたからという訳ではないが、もう一人の兄、サボのように少しは優しくしたいと思ったのかもしれない。
 マキノさんに挨拶の仕方を学ぶようになったのは、ルフィがシャンクスの事を命の恩人であり、尊敬する海賊で、大事な麦わら帽子を預けてくれた友達だからと聞かされていたからだ。

 月日は流れ、三年が経過した。

「お前、そこで寝るのかよ」

 泊まりにきたマリィにエースは『ルフィの国』を覗きながら言った。今更?という顔をしたマリィに、エースは頭をガリガリと掻いている。

「エースお風呂は?」

「もう入ったよ!!」

「え?頭洗った?」

「どういう意味だよ」

 いや、頭掻いていたし…とマリィが言えば、痒くて搔いてる訳じゃねェとエースは『ルフィの国』の前でしゃがみ込んだ。
 ふーん、と首を傾げるマリィに、エースはちらりとマリィを半目でみた。

「?なにか言いたいことでもあった?」

「…………お前さ、いつまでルフィと寝る気なんだよ」

「いつまで、って?」

 んー?と悩む彼女にエースは最近、マリィを見る度、ムカムカしている感情がある。それはマキノたちが見れば『微笑ましい』と和んだ笑顔を向けてくるのだろうが、生憎エースにはどういう感情なのかは分からない。否、もっと前にも似たような気持ちを抱いたことがあったような気がするが、あの時もよく分からなかった。

「あれ、エース何してんだ?」

 どこから採ってきたのか、ルフィは林檎を食べながら自分の国へと戻ってきた。

「ルフィ、どうしたの?その林檎」

「ねーちゃんと食えってマグラがくれた。エースもいるか?」

「……食う」

 エースは籠へ手を伸ばし、林檎を取るとそのまま齧りついた。蜜があってウマい。マリィもルフィから林檎を貰い、小さな口で林檎に齧りついているのを見て、また胸がざわざわするのを抑えようとする。

「……エース、どうかした?」

「…………べつに…」

「ホント?」

 顔を逸らしながら答えると、ぐいっと顔が近くなる。屈んで覗き込んでくるマリィにエースは頬が熱くなるのが分かった。そして、彼女が自分より背が高いことに、びっくりした。

「っ、なんでもねェよ!」

「エース?」

 立ち上がり、『ルフィの国』から出ていくエースをマリィとルフィは理由が分からず、ただ見送った。

「ねーちゃん、エースどうしたんだ?」

「……わかんない…」

「?」

 ルフィは大好きな姉とエースの様子が気になったが、まぁ、大丈夫だろ、と今日もひっ付いて寝ることにした。
 ルフィにとってマリィは特別だった。生まれた時から傍にいてくれた大事な姉。既に両親はおらず、親という概念はルフィにはなかった。いないのが当たり前だった。祖父のガープはああ見えて海軍本部中将という忙しい身の上で、実質、ルフィとマリィを育ててくれたのはフーシャ村の人々だった。母親的存在というのはマキノだった気がする。今ではダダンもきっとそうだ。
 それでもルフィがいつも甘えたいのはマリィしかいない。小さい頃から姉弟は寄り添って生きていた。マリィと引き離された時は絶望しかなかった、よりにもよって山賊に預けられ、頼る人はいなくなった。
 ガープに『今日から兄貴じゃ』とエースを紹介された時、彼しか頼るのはいないのだと思った。その直感は正しかった、ツバを吐かれたのはイヤだったけど。尊敬するシャンクスに些細な事だと言われていたから、許してやった。
 エースとサボと一緒にいられるようになり、毎日が楽しくなった。ただ、夜に寄り添ってくれる存在がいなくて、エースやサボに寄り添ったら「気持ちわりぃ!」と言われてショックだった。顔に出ていたからか、二人はため息を吐きながら近寄る事は許してくれて、盃を交わして、兄弟になれた時は本当に嬉しかった。姉以外に家族が出来た。
 そんな折、姉が戻ってきた。ルフィは嬉しくて泣いた。離ればなれになっても忘れたことはなかった。夜に姉のぬくもりを探して誰にも知られないように泣いたりした事もあった。エースとサボという義兄弟が出来た事を報告した時に、喜んでくれたのが嬉しかった。でも姉も寂しがり屋なのも知っていたから、一緒にいたかった。弟だから、心配をさせないようにしていた姉に気づいたのはエースとサボだった。兄たちが姉を気にしてくれるのが、ルフィは嬉しかった。
 サボがいなくなり、ルフィはサボの年齢になってから、エースとマリィを見て、違和感を感じる事が多くなった。
 エースはぐんぐん背が伸びている気がするし、マリィもルフィよりは背が高いが、最近はマキノのように身体が柔らかいと思える。一緒にお風呂に入ってくれていたが、いつしか身体をタオルで隠すようにとダダンに注意されてるのを聞いた。ダダンに「姉弟でももう一緒に風呂に入るのはヤメロ!」と言われ、エースからもゲンコツを食らいながら同じことを言われて、渋々止めた。一緒に寝る事にも小言を言われるようになってきた。本人は気にしていないのに、周りがうるさくなっていく。

『ルフィとマリィは性別が違うからね』

『おれのねーちゃんだぞ?』

『家族でも男女である以上は離れなくてはならなくなるのよ』

 マキノの言葉にルフィはムッとしたのを覚えている。ねーちゃんはねーちゃんで、おれは弟だ。それは変わらないのに、オトナになると変わらなくてはならないと言われて、納得は出来ないでいる。
 エースも「いつまでマリィにくっついてるつもりだよ」と呆れるように話してくるが、エースのマリィを見る目が変わったのをルフィは知っていた。それがどういうものなのかは分からないが、ルフィはマリィを取られるのではないかと焦った。
 ルフィは隣で眠る姉を見つめながら、「ねーちゃんはおれが守るからな!」と呟くと、彼女の柔い心臓の上に耳を寄せた。とくとくと聞こえる鼓動が眠りへと誘ってくれるのを昔から知っているから。

 また月日は流れる。
 エースとルフィは変わらずコルボ山にて鍛錬の日々を過ごし、“端町”に行っては、町の不良やチンピラ達とのケンカ、中心街へ行けば、食い逃げをして、以前のように悪名を響かせていた。
 マリィはよほどの事がない限り、ゴア王国へは足を踏み入れなかった。エースやルフィが止めていたからである。ゴミ山は謂わばスラム街であり、端町行くにしても彼女がゴミ山を通るのを避けたかった。
 フーシャ村で暮らすマリィは人をあまり疑う事はない。ただ、マキノの手伝いで酒場に顔を出しているので、人の悪し善しはきちんと理解はしている。
 まだ少女の頃は、ルフィとの約束通りに週に一回はコルボ山に泊まりに来ては、エースとルフィとで三人で過ごしていた。それがいつしか毎週ということはなくなっていく。思春期を迎えたエースはマリィが傍にいると様子がおかしくなるのが分かった。マリィがルフィと一緒に眠る事や、ルフィにばかり世話を焼いて、時には抱きついているのを見るとムカムカしては、猛獣に八つ当たりをしてしまうことが多々あった。だから避けてみれば、彼女と顔を合わせないというか、彼女を見れないのはなによりキツかったりした。

「エース、ねーちゃんのこと嫌いになったのか?」

「………………はぁ?」

 ルフィからの問いにエースは眉を顰めた。

「だってよぉ、最近ねーちゃんと会ってねぇじゃんか。ねーちゃんがエースに嫌われたかなって言ってたぞ」

「……き、嫌ってねェよ!」

「そっかぁ!良かったな、ねーちゃん!」

 にしし!と笑うルフィにぐりん!と視線を向けると、ルフィの背後、木の後ろからマリィがこちらを見ていた。むすっとした顔にエースは「おい!ルフィ!!」と声を張り上げるが、マリィが笑顔で「ルフィ?エースと二人にしてくれる?」といえば、姉が大好きなルフィは「分かった!」とその場からいなくなった。
 先ほどのムスッとした顔から、にこにこと人好きしそうな笑顔を振りまくマリィだが、エースは背中に汗が流れる。パキ、と小枝を踏んだ足が一歩一歩とエースに近寄ってくる。

「エース……」

「マ、マリィ……」

 正面から顔をまともに見たのはいつぶりだろうか、なんだか知らない内に綺麗になってきてないか、とエースは思った。いつの間にかすらりと伸びた手足に、両手で掴めそうな腰の括れ、そして、端町で見る娼婦たちには劣るが年々膨らみを増してきた胸元にゴクリと喉を鳴らしてしまった。
 エースもエースで成長期だからか、背が伸びたし、毎日の鍛錬で身体付きも逞しく均整の取れた身体になり、顔付きも精悍だからこそ端町でお姉さんらに声を掛けられることが増えてきた。
 町のお姉さんらに声を掛けられるも、その実、エースはお姉さんたちにそそられる事はなかった。一般男子と同様に性には興味はあるが、いざ目の前に誘惑してくる輩がいても、食指は動かされなかった、そう動かされなかったのだ。ただ一人を除いて。

「…………」

 エース、と呼んだまま何も言わないでいるマリィにエースはどうしたものか、と思ってしまう。気まずい雰囲気に、なんとかせねば、と思いながらどうしたら良いのかさっぱり分からない。

「…………マリィ、」

 名前を呼べば、俯いていたマリィがパッと顔を上げた。どこか、寂しげで迷子のような不安げな態度にエースは「あ〜〜」と声をあげた。やってしまった、忘れていた、ルフィもマリィも寂しがり屋な一面があることを。

「……わりぃ…」

「なにが?」

「なにがって………」

 むすっと口を尖らせる彼女は拗ねているようにしか見えなくて、エースは(くそ!)と心の中で悪態をついた。
 頼むから、おれにサボを裏切らせないで欲しいんだ。でもこんな風に思っている時点で、自分が彼女を好ましく思っている。
 まぁ、端町のお姉さんらに迫られても何も思わないし、触れたいと思うのは目の前の彼女だ。
 はぁ、とため息を吐けば、彼女がビクッと反応するものだから、慌てて彼女の頭を撫でまくった。

「ちょ、なに?!」

「……ンな寂しそうな顔すんなよ」

「!!だ、誰のせいよ」

「ふはっ!おまえ、おれに会えなくてそんなに寂しかったのかよ」

 自分の願望を乗せて、からかえば、カッと真っ赤になる頬を、へへっ!と笑いながら撫でる。スベスベしてずっと触っていたいくらいだ。

「〜〜〜〜っ!」

「どうした?」

 いつの間にか出来た身長差に少しだけ屈む。いつの間にか、同じ目線だった筈なのに少し上目遣いになっているのに、エースは口角をあげる。
 きっと、意識し始めたのは彼女の目線が自分より高くなってからだったと思う。女の方が成長期は早いから、とマキノたちが笑っていて、悔しかったんだ。
 フーシャ村に行った際には牛乳を沢山飲むようにした位に。

「…………べつに…」

「なんだよ、怒るなよ」

 ん?と目線を合わせれば、マリィはむすっとしたままだが、頬を撫でるのは止めない。久々に触れることが出来るのだ。指先をすべらせて、くるくるとなぞるように触れていくといつの間にか無言になっていた。まじまじと見つめては彼女の睫毛がこんなにあるのか?という位に多く長い、赤く染まった頬、フニフニと柔らかい唇、順に触れていく。

「エース…?」

「…………(あぁ、ダメだ…)」

 触れていたい、抱きしめたい、あわよくば自分のモノにしたい。完敗だ、と思えた。抑えていた感情はここまで厄介だと思わなかった。されるがままの彼女になんで抵抗しないんだよ!と責任転嫁したくなる、お前が許すから、感情が止まらなくなる。顔を彼女の首元へと近づける。

「えー「なんで、嫌がらないんだよ」え?」

「エースぅ、ねーちゃーん、話終わったかぁ?」

「ルフィ!」

「あ、おぃ……」

 背後から声を掛けてきたルフィにマリィはすぐさま反応した。ホッとしたような顔に、ムッとする。ルフィ、ルフィとそればかりだ。ルフィもルフィでマリィに飛びつく。
 普段はバカわいい弟ではあるが、こういう時は憎たらしくなってしまう。

「ねーちゃん、エース怒ってなかっただろ」

「うん、そうみたい!」

 良かった!と安心するマリィに、そこまでヒドい態度だったか?と思うも、まぁ、彼女が泊まりに来ればルフィとお風呂や同衾する度に何かしら言っていたし、成長期と共に彼女を見れなくなったのは自分だ。
 あー、うん、ヒドいかもしれないが、もっとヒドいのはそっち、姉弟だろう!と思う。大体、十歳過ぎても姉と風呂とかないだろ!何度か言ってみても「今更?それにルフィは能力者だからだよ」と言うし、ルフィもルフィで「たまになんだからいいだろ!」とか抜かす。たまにじゃねぇ毎回だ!と叱るも、当のマリィが「別にいいじゃない」とか言う始末。なんなんだよ、と嘆きたくなる事が多かった。
 そんなエースをよそに、ルフィとマリィはコソコソと何かを話していて、カチン…とくる。なんなんだよ…と思ってると、マリィが話しかけてきた。

「えっとね、エースに渡したいモノがあるんだ」

「あ"?」

「うわ、柄悪っ!!」

「……うっせーな、なんだよ」

 マリィとルフィが目配せをした後、ルフィが腕を伸ばして、木の陰にあった何かを取った。勢いあまったのか、まだまだコントロールが下手なのか、それは空を舞い、わたわたするマリィとルフィを飛び越え、エースの頭に乗った。

「あ"?」

「あ、」

「……よ、よーし、ねらい通り!!」

「いや、ぜってェ違うだろ!!……なんだこれ… 」

 エースの頭に乗ったのは帽子だと分かる。視界に入るオレンジ色を手で持ち上げてみると、ウェスタンハットがあった。

「ウェスタンハット…?」

「これはウェスタンハットだけど、どちらかといえばテンガロンハットかな」

「……これ、どうしたんだ?」

 訊けば、二人は顔を見合わせてから笑顔を向けてきた。

「「エースへのプレゼント!!」」

「…………は、」

「ほら、ルフィもサボも帽子被ってるでしょ?」

「ねーちゃんが、今日はおれたちが兄弟になった日だって教えたらさ、じゃあ、三人でお揃いになるように帽子をプレゼントしようって言ってくれたんだよ!!」

「……お揃い…」

「うん!ルフィはシャンクスの麦わら帽子、サボはシルクハット、エースにはそれ。二人で選んだんだよ!」

 楽しげに帽子を指差すマリィにエースは嬉しくてニヤけそうになるのを堪えた。でも正面にいる二人にはまる見えで、顔を見合わせるとハイタッチをしていた。

「………これ、ありがとな…」

 照れくさそうに礼をいうエースに、マリィとルフィは「照れてる」とからかえば、「う、うるせぇ!!」と怒鳴られ、頬を引っ張った。

「だけど、これ、どこで手に入れたんだ?フーシャ村じゃねェ、よな……」

 エースの問いに二人は顔を逸らした。ん?となったエースは嫌な予感がした。フーシャ村でなければ、こんな新しい帽子がゴミ山にあるはずはそうそうない。まさか……と思うが……。

「えっとぉ……」

 口籠もるマリィを見てから、ルフィを見れば目を逸らしている。まさか、と思うが……。

「ゴア王国の中心街に行ってきた」

「……はぁぁぁぁぁ」

「ご、ごめん、エース!!」

「ルフィ、お前なぁ〜〜」

「る、ルフィを怒らないで!!私が無理を言ったんだから!!」

 バタバタを両手を振り回すマリィと両手を合わせるルフィに、エースは怒るに怒れない。だって、自分へのプレゼントの為に行ったというのが、嬉しいのだ。
 それでも、マリィがゴミ山を通り、端町をも通ったというのが心配だった。フードを被っていたから大丈夫だというが、コルボ山で育つ自分たちとは違い、フーシャ村で過ごす彼女は人攫いに目をつけられてもおかしくはない、ましてや子供だけで行くのは危険だっただろう。
 エースはもう一度ため息を吐いてから、二人の頭に手を乗せた。

「頼むから、もし、行く時があれば絶対俺にも声をかけてくれ!」

 ルフィはまだ十二歳、喧嘩や狩りが出来るようになったとはいえ、まだ背は低いし、ゴム人間だからか身体は細い。マリィはエースと同じ年だが、少女から大人へと変わる悩ましい時期で、アンバランスな容姿に心配しかない。無事でよかったと心から思う。

「エースと一緒ならいいの?」

「………ぜってェ、傍を離れねェならな」

「うん!」

「やったな、ねーちゃん!」

「うん!」

 きゃっきゃと抱き合う二人に、エースはムッとしてしまうが、視界にあるオレンジ色のテンガロンハットに免じて目を瞑ることにした、今だけは。
 今夜はマリィは泊まるらしく、相変わらず『ルフィの国』にいた。ルフィはエースと共に狩ったワニをたらふく食べたせいか、すぐに寝てしまった。

「マリィ」

「ん?」

「ちょっと来てくれ」

 『ルフィの国』を覗き込んできたエースは、眠るルフィを見てから、マリィを連れ出した。いつもの海が見える場所へと行けば、今夜は満月だからか海原に光が反射していつもより明るい。

「わあ、綺麗だね!」

「……あぁ、」

「エース?」

「……これ、ありがとな!」

貰った帽子を指差して礼を言えば、ふふっ!と笑うマリィを腕の中におさめた。掴まえてもまだ笑う彼女をぐっと力を込めて「笑うな!」と伝える。

 不意に漂うマリィから香る匂いにクラクラしてしまいそうになる。いつの間にか女らしくなった彼女が堪らなくなる。

「エース?」

 振り向こうとする彼女を後ろから抱きしめたままで、ついついいつものようにがなってしまう。

「うるせェ、こっち見んな!」

「照れてるの?」

「だから、こっち見んな!」

「ふふっ……エースも可愛いトコあるんだね!」

「なっ!男に可愛いなんて言うな!!」

 けたけたと笑う彼女に、可愛いなんて言われたくはない。可愛いのはそっちだろ!と言いたいのを堪らえるも、くるっと身を捩らせたマリィと見つめ合う。

「え〜〜、だって照れるエース、可愛いじゃない!」

 まだ言うか!と片手で頬をムギュッと掴めば、彼女の唇が突き出す形になって、それがタコの口になってしまい、今度はエースが笑ってやる。

「ハハッ、タコグチ〜!」

「むぅ〜〜!!」

「何言ってるか分かんねェよ……………」

「…へーふ…?」

 首を傾げて見てくるマリィに、エースは何も言えなくなった。我慢など出来なかった、自然と身体が動いていた。ちゅ、と唇を合わせ、すり、と頬に手を滑らせる。

「…エース…」

「……………………好きだ…」

「…………へ?」

「マリィが好きだ」

 気持ちが溢れるとはこういうことなんだろう、止まらなかった。止められなかった。指先が頬、耳へと移動する。見つめていると、マリィは驚きながら、口を開いた。

「ホントに?」

「あぁ」

 確かめるように、ぎゅっと服を掴まれる。頷けば、彼女の瞳が潤み、ほろりと涙が溢れた。指先で涙を拭えば熱い水滴を感じる。泣くほど、嫌なの?

「…………いや、だったか?」

 答えを聞くのが怖い、だけど、頬に添えられてる手にマリィの手が重なる。小さく首が横に揺れた。

「……わたし、も……エースが好きだよ…」

「っ!」

 まさか、とは思ったが真っ赤になりながら伝えてくるマリィの頬を掴み、唇を重ねた。ふにっと触れた唇は昼間指で触った時と同じなのに、唇同士だと違う。柔らかい、少し口を開けて、続けようとすればコツン!とテンガロンハットのブリムがマリィの額に当たった。

「「……………………」」

 互いに目をぱちくりとさせた後、なんだかおかしくて互いに笑った。
 恥ずかしそうに目を逸らしながらも笑うマリィに、エースは堪らなくててまた唇を重ねた。ぐっ!とエースの胸を押すマリィが照れてるのが分かる。自分もそうなのだから、ただエースは押しのけようとするマリィとは反対に抱きしめたくて仕方ない。
 ある程度、唇を何度か重ねて、はぁ、と力なく凭れてくるマリィの頬や瞼、首筋にも唇を寄せた。恥ずかしさのあまり、真っ赤になるマリィに今は最後とばかりにもう一度唇を重ねた。

「……戻るか…」

「……ぅん…」

 恥ずかしさで真っ赤になるマリィが俯いててくれて良かった…とエースは手を繋ぎながら、家へと戻る。片手は彼女と手を繋ぎ、もう片方の手はニヤけるのを抑えるように口元を覆っていた。
 家に戻れば、ルフィの寝相がひどくて、エースはおかしそうに笑い、マリィも苦笑していた。いつものように『ルフィの国』へ入ろうとするマリィの腕を引いた。

「なんでそっちに行くんだよ」

「へ?」

 どこか吹っ切れたようなエースはマリィの耳元で、口の端をあげて囁いた。

「おれもお前と寝たいんだぜ」

「なっ!?」

「なーんつって、な」

 ニヤけたエースがマリィの頬にキスをすると、「おやすみ」と『ルフィの国』から出ていった。マリィは真っ赤になりながら呆然としてると、腕を伸ばしてきたルフィにそのまま抱き寄せられた。無意識でマリィにくっついてくるルフィの顔を見ながらも、マリィは両手で顔を覆う。

「〜〜〜〜〜もぅ!」

 熱くなる顔がどんな顔をしているかが分からない。口元はニヤけてしまうが、それを堪らえる為に眉間には力が入る。
 明日からどんな顔をしたらいいのよ!と恥じらいながら、夜は更けていった。
 翌朝、早起きすればエースも起きていたようで、互いにどこか余所余所しくしつつも、エースのマリィへの態度が甘くなったのをルフィは首を傾げていたのだった。

 まさか、それでエースとルフィのマジ喧嘩が勃発しようとは思わなかったのだった。暫くの間、ルフィはマリィにベッタリくっついて、エースをイライラさせるのも別の話である。


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