泥中の蓮のようであれば良かった:前編

ONEPIECE

何度も何度も、それでも諦められないのは、あなたに生きて欲しい、ただそれだけだった──。

「…………あぁ…此処でなら、……」

この世界を見つめていた何かがスゥっとその場から消えたのだった。


 偉大なる航路グランドライン『新世界』において、四皇は世界の均衡を保つ為に、必要でもある。
 長い間、海賊王という存在は今はおらず、その前に座る偉大なる男は白ひげことエドワード・ニューゲート。幾度ライバルである海賊王 ゴールド・ロジャーと戦ってきただろうか。今はもうロジャー亡き後は、海賊王は存在しない。
 近年、白ひげ海賊団に新たな息子が出来た。白ひげの首を百度狙うも、力の差で負けてしまったが、男は白ひげに惚れ込み、海賊王にしたいと願う程になっている。
 しかし、それがこれからの運命を狂わせることになるのを誰も知らない。

 夜半、寝苦しいのと夢見の悪さから四番隊隊長サッチは完全に目が覚めてしまった。いつもなら睡眠を取らない親友ティーチと酒でも飲み交わすのだが、それが出来ないのだ。
 そう、夢見が悪すぎたのだ。なんと親友ティーチに自分が食い殺されるという、狂人めいた夢だった。

「…………なんなんだ、一体」

 たかが夢。されど夢。この夢を見たのは、初めてではない。毎日見ていたものではないものの、最近は繰り返し同じ夢を見る。親友に食い殺される原因もよく分からなかった。
 ゼハハハハハと耳障りの悪い笑い声が頭の中に木霊している。そして、サッチは認めたくはないが、これは未来に起こることなのではないかと思っている。日毎鮮明になる夢の先、ティーチに手を掛けられたその先は真っ暗な無だった。

「くそっ……!」

 今夜も眠れなくなったサッチは、これ幸いとギャレーへと行く。明日の食事の仕込みでもしておくか、と腕まくりをした。

(…………気をつけてください)

 なにかの気配に振り向くが、ギャレーは疎か食堂にも誰もいない。首を傾げながら、食料庫へと足を運んだ。
 新たな息子が二番隊隊長になり、めきめきと成果を上げていく。船員の中でも末っ子と呼ばれる人物は元からいる船員も認める程の強さだ。船に乗った当時は手負いの獣か、というくらいに逆立っていたものだか、今となってはそれは夢だったのではないか?と思うくらいに、モビー・ディック号に馴染んでいる。
 傘下の船長に、己がメラメラの実を食べた自然系にも関わらず、編笠を作ったりしていた。人柄かカリスマ性か、または覇王色持ちだからか、そうでなくても皆がソイツを可愛がっていく。他の隊長たちも末っ子がかわいいと思えている。仲間を大事にし、二番隊隊長としては申し分ないくらいだった。飯時に突然寝ることや陸に上がれば食い逃げをするのはどうかと思うが。
 そうして、日々過ぎていくなかで、隊長たち、特に強い見聞色を持つ者たちが夢をみるようになる。何人が同じ夢を見ただろうか。無論、このモビー・ディック号の船長である白ひげも同じ夢を見るようになった。
 初めてその夢を見た時は、馬鹿な夢だと一蹴してしまったが、最近は毎日毎日同じ夢を見る。夢見の悪さに酒でもと寝床の近くの棚に手をやるが、あるのは水だけだ。毎晩毎晩胸くそ悪いのだ。この船には鉄の掟がある、仲間殺しだけは絶対にしてはならない。それにも関わらず、夢とはいえ見てしまったのだ。
 息子サッチ息子ティーチによって殺されてしまうのを。そして、隊長として隊員に始末をつけると飛び出した末っ子をきっかけとした海軍との戦争、末っ子の死、そして、裏切り者の息子に殺される夢。ただの夢であればと思うも、そうはいかないだろうと白ひげは気づいていた。
 見聞色を持つ実力者が多いこの船において、既に何人かが同じ悪夢を見ているのだろう、と。とりあえずはマルコにでも様子を見させようともう一度眠りについた。
 翌朝、白ひげの元にサッチが食事を運んできた。

「おはよう、オヤジ。飯を運んできたぜ」

「…おぉ、サッチか、ありがとうよ」

 サッチの姿を見て、安堵しつつも、息子の異変に気づいた白ひげは声をかける。

「なんだ、サッチ。寝てねぇのか?」

「ん、あぁ……。なんだか夢見が悪くてよぉ」

 テーブルの上にトレイを置き、頬を掻きながら話す息子に、白ひげは少し考えた後、サッチの頭を撫でてやった。思いがけない行動に驚いたサッチだったが、敬愛するオヤジにされてイヤな理由はない。

「朝食の後で良い、マルコを呼んでくれ」

「あぁ、分かった」

 じゃあ、と部屋から出ていったサッチを見てから白ひげは愛する息子が作った料理に手を付けたのだった。


 一番隊隊長マルコもまた夢見が悪かった。仲間の裏切りによる仲間の死、そして、そこから引き起こされた海軍との戦争、オヤジと弟分の死という、とんでもない夢を最近見るようになった。
 こんなことをオヤジに相談しようものなら、と思うも家族思いのオヤジにサッチが殺される夢を見たとは言い出せずにいた。

「お、マルコ」

「おぉ、サッチ。おはようさん」

「あぁ、おはよう。オヤジが飯食った後できて欲しいってよ」

「…………そうか、ありがとよぃ」

 サッチの姿を見て、安堵してからまずは食事をしてからオヤジの元へ向かおうと食堂へと入った。
 人数が桁違いに白ひげ海賊団は人数が多い。戦闘員だけでも16部隊に分かれ、またその下にも部下がいる。一斉に飯など食えるはずもなく、朝の仕事をしてる者は後から食べたりするので、食堂は常に人がいる。
 目に止まるのは、若いながらも二番隊隊長になった末っ子と、古参のティーチが食事をしていた。彼らは夢をみていないのか、仲良く飯を食っている。
 それに対し、最近嫌悪感を増しているのは夢見のせいかもしれない。マルコは食事を素早く取ると、トレイを片付けてオヤジの部屋へ向かった。
 扉を叩き、「失礼するよぃ」と言えば「来たか」と返される。既に食事も済ませたようで、ナースたちも新しい点滴を換え終わったようだ。

「後はおれがやるよぃ」

 そう伝えるとナースたちは「お願いします、マルコ隊長」と愛想を振りまいて、部屋から出ていった。ナースに憧れる下っ端などは多いが、侮るなかれ、ここは白ひげ海賊団である。色っぽい格好をしていようが、女というのは強かであり、彼女たちも白衣の天使というよりは女狐みたいな奴らであることを長い付き合いのマルコは知っている。

「最近、おかしな事はねぇか」

「!……オヤジはなにか気づいたのか?」

「厭な夢ばかり見るなぁ」

 オヤジの言葉にマルコは目を見開いた。相談してみようか、と悩んでいた事を告げられた事もあり、夢の内容も気になった。

「おれも、最近夢見が悪ぃんだよぃ」

「そうか……悪いが少し調べてくれねぇか、他にも見てるヤツがいないか……あぁ、アイツには気取られないようにな」

「分かったよぃ」

 何がとは言わなくても分かる気がする。とりあえず、まずは付き合いの長い隊長たちへの聞き込みをすることにした。
 それは既に確信を手に入れていた。毎朝、何人かがティーチとサッチを見てる事が多かったからだ。主に隊長たちばかりだから、報告もかねて集まることにした。

「どうかしたのか、マルコ」

「あ〜〜、みんな、最近夢見はどうだよぃ?」

 その言葉に隊長ほぼ全員が反応する。あれ、もしかして、お前も?みたいに顔を見合わせる。
 そして、マルコはどこまで見ているかを訊ねた。

「それって、さぁ、ここにいる奴らはだいたい同じなんじゃねーの?」

 この場にいない隊長はサッチと末っ子くらいだ。
 隊長たちは整理をしようと言い始めた。自分たちが見る悪夢にどこか違いがないかと…。
 やはり見ているのは同じである。
 サッチが手に入れた悪魔の実をティーチが目をつけた。その時の表情がまた不気味である。
 夜中、サッチに悪魔の実を見せて欲しいとティーチは頼むも、サッチはその実を食べてしまい、ティーチは後ろからナイフで刺した。その手際の良さに、アイツ…と誰もが夢の中で手を伸ばすらしい。しかも、それより恐ろしいのがティーチがサッチを喰い殺すのだ。
 そして、夢の中とはいえ、ティーチが「白ひげ海賊団ここにいれば手に入ると思っていたぜぇ、ゼハハハハハ、これでクソみたいな生活ともオサラバよ」とあの厭な笑い声にぶん殴りたくなる。夢の中で手を出そうと何度もした。しかし夢だからか、サッチを助けることも、その後に起きる戦争でもエースとオヤジをむざむざと死なせてしまった。
 だが、ここにいる隊長たちはその後の記憶もあった。見覚えのない女が泣いているのだ。エースの棺の前で。その女と目が合うことはない。しかし、日毎に彼女が泣いたままでいたのが、涙を拭い、顔をだんだんとあげてくるのを見てきた。
 そして、ただ一言、「エースを助けてください」と言うのだ。
 自分たちとて、助けたかったのだ、何も出来ない女が簡単に言うな!と夢の中で怒鳴るも女は首を横に振る。

「……ここ・・のエースを死なせないでください」

 切実に願うそれは違和感があった。夢を見続けて一ヶ月以上。多分、それは近いのかもしれない。
 皆で話し合い、サッチとティーチから目を離さないこと。サッチが悪魔の実を手に入れたのならば、回収することにしようと。どのタイミングで手に入れたのか、夢の中ではハッキリはしていなかった。敵船から奪ったのか、どこかから流れてきたのかは分からずじまいだ。この船のルールには悪魔の実は見つけた人が食べていい、というものがある。
 何人かが先回りして、その実を手に入れるか、偽物を作るのはどうだ?と色々な意見を出していく。確か、悪魔の実図鑑あっただろ、『ヤミヤミの実』だったか、と話をしていく。
 夢が本当に現実になるかは不明であるが、あのリアルな絶望感が夢だとは思えないのだ、皆。まずはサッチの死の回避とヤミヤミの実を葬れれば、その先にある戦争もオヤジや末っ子の死はないだろうと思う。

「オヤジに報告するよぃ」

「おれも行こう」

「おれも」

 マルコと同じに古参であるジョズとビスタが手をあげる。イゾウも古参ではあるが、三人はそれよりも長い。他の隊長たちも任せたといい解散となった。
 何人かはサッチとティーチから目を離さないようしようと出ていった。
 三人は隊長たちとの話し合いをオヤジにするとして、夢の最後に出てくる女に関してはどうするか考えた。

「エースを助けてほしいと言っていたな」

「だけど見たことはないな。ナースでもないようだし」

「………夢で、墓があっただろい」

「あぁ…」

「あれはオヤジとエースの墓だったよな……」

「夢では赤髪が建ててくれ……まさか、赤髪のところの女か?」

「いや、だとしてもなんでエースを知っているんだ?」

「赤髪のクルーには女いなかっただろ」

「まったくわからねぇよぃ」

 やれやれと首に手をやりながら、オヤジの部屋に向かった。
 ある程度話をすると、オヤジは頷いた。しばらくはサッチは船から出さないように手配をして。無論、ティーチに監視を付けるようにした。そして、女の事も調べる事にしたのだった。


 白ひげ海賊団二番隊隊長であるポートガス・D・エースは、白ひげ海賊団の中でも二十歳と若く、船員たちからは末っ子として可愛がられている。元々は弟がいる兄気質ではあるものの、船員たちは己よりもずっと年上が多く、はじめの頃は反発していた。今となっては頼りに出来る仲間だと思っている。
 エースには兄弟がいる。今は二人となった兄弟であるが、昔、弟には姉がいたらしい。と言っても弟が生まれた頃に亡くなっているとジジイが言っていた。どうやらエースとは同じ年だったらしいが、死んだ人間なんぞには興味などない。エースが大事にしている身内は今は弟唯一人しかおらず、他は仲間たちくらいである。
 だが、最近、夢を見るのだ。誰かは知らない女と兄弟と幼い頃から一緒に過ごしている夢を見る。しかも成長するにつれその女に対して、己がやたらベタベタしているのだ。夢だというのに抱きしめた感触がやたらリアルであるから、欲求不満なのか?と思ってしまっている。しかし、陸に上がった時にそういう店には何故か足が向かない。初体験など当の昔に済ませているというのに。
 エースは寝起きのたびに、なんなんだと頭を掻いた。朝の現象としてはいつも通りだが、なんとも情けない気分になる。見知らぬ女は誰なのかと確かめたくも、いつも顔は見えないままなのだ。腕を掴み、柔らかい声が「エース」と呼ぶ。表情は見えないのに、彼女はいつも笑っているのを感じているのだ。
 島に上陸した際に、似てるヤツがいないかと探すこともあるが見つかった試しはない。身を起こすと、顔を洗いに部屋から出た。

「おぅ、エース、おはよう」

「あぁ、はよ」

「なんだ、朝から疲れた顔しやがって」

「ん〜〜…あーー、なんだか変な夢ばっか見てよぅ」

 ふあぁ〜と欠伸をするエースに耳を傾けた船員は何人いただろうか。

「夢?」

「あぁ……まぁ、大したことねぇけどな」

 誰かがどんな夢だった?と訊いてきたが、女の夢というのが何故か言うのを憚れる。若ぇな!と馬鹿にされそうな気もしているからだ。

「あ〜〜、忘れちまった」

 にっ!と笑い、飯だ飯だ!と食堂へと向かえば同じ隊のティーチが「エース隊長じゃねぇか」と話しかけてきたから、エースも空いている隣の席に挨拶をしながら腰を降ろした。
 今日も変わらない一日が始まろうとしていた。エースはいつも通りに皿に盛られた肉を掴み、齧り付いたのだった。

(………エース、気をつけて…)

 何かの気配に振り向くも、何もいない。誰かがいたような気がして、傍らのティーチに話しかけた。

「今、なんか言ったか?」

「いや、何も言ってねぇぜ。しかし今日のチェリーパイもうめぇな!」

「ほんと、好きだな、チェリーパイ」

「ゼハハハハハ、エース隊長も食うといい」

「おれは肉のほうが好きなんだよ」

 気の所為かと思い、ドリンクを飲み干すと今度は飯を掻き込んだのだった。
 今日はナワバリで暴れている阿呆な海賊たちを落とす予定だと、いつもより多めに口にした。明日にはまた美味い飯が食えるだろうと思って。




 その日は凪の帯カームベルトにある訳ではないが、風が吹かずモビー・ディック号は偉大なる航路グランドラインで動かずに海の真ん中にいた。
 エースは二番隊を率いて最近ナワバリを荒らす莫迦な海賊を絞めに、サッチは四番隊を率いて、買い出しとともに今夜は上陸している。
 彼らを除いた隊長たちは、今朝のエースの様子に「アイツも同じ夢見ているのか?」と疑問を抱くも、その後ティーチと並んで飯を食う姿は違和感だらけだった。警戒している様子もなかった。
 オヤジにも報告はしている。そんな中、肌がピリピリと慄く感じに何人かが警戒する。覇気か?!どこからだ?!異変を察した何人かが、オヤジの部屋へとなだれ込んだ。

「来たか、息子ども」

 オヤジは傍らの愛刀「村雲」を手に持ち、部屋の中心にあるモノを見つめている。なんだ、これは…と思っていると、それはだんだんと人の形を成していく。
 その姿に、何人かがハッとする。それは夢に現れる女の姿と似ているからだ。
 今朝の夢で、とうとう見せた顔が目の前にあることに混乱しつつも、彼女・・は何故か安全だとマルコやジョズたちは知っているのだ。


「グララララ、ここを誰の船だと思ってやがる」

「ま、待ってくれ、オヤジ!!」

「そ、ソイツと話させてくれ!」

 白ひげが相手になると言わんばかりの態勢であったが、マルコたちは焦ってしまう。なんだ、会ったことでもあるのか?と不信がるも、彼は『村雲』を下げた。
 息子たちの声はきちんと聞くものだと思っていると、マルコが彼女・・に話しかけた。
 相手はまさか話しかけられるとは思ってはいなかったらしい。少しだけ驚いた顔を見せた。幽霊というものなんだろうか、偉大なる航路はある意味なんでもありだから、幽霊が話せていても問題はない。
 七武海のゲッコー・モリアはゾンビを作っては従えているし、部下に幽霊人間がいるとかという噂もある。
 幽霊かは分からない彼女に、マルコは話しかけた。

「お前さんが俺らに夢を見せてきたのか?」

『…………』

 コクリ、と彼女は頷いて見せた。
 あんな胸くそ悪い夢をなんの為に見せやがると思うも、彼女が口を開いた。ただ声が出ないのか唇を読むしか出来ない。

「『警告』だと……?」

 白ひげが読唇術で目の前の女の言った事に、片眉をあげる。

「あの、夢が本当に起きるのか?」

「サッチが、ティーチにに殺される…」

「エースも、オヤジも……か?」

 女は沈痛な面持ちをすると、パクパクと口を開いた。

「『おねがいです……エースを死なせたくないのです……』」

 彼女の願いは夢の通り、ひたすらエースの死なせたくないというばかりだ。サッチではなく、オヤジでもない……エースの死だけを危惧している。

「夢では、『ここ・・のエースは死なせたくない』だったが、ここ・・とはどういう意味だよぃ」

 マルコが訊ねると、白ひげは少し思案する態度を見せた。どこかで聞いたことがある遠いお伽噺のような話。
 昔、船に乗せた女は八百年に生まれた二十六歳だと抜かしていた事があった。その時は特に気にはしなかったが、悪魔の実で時を進む力があってもおかしくはない。
 もしかしたら目の前の女もまたそういう類いなのかもしれないが、女は触れる事も話す事も出来ずにいる。どんな力が作用しているのかさえ不明だ。
 女はマルコからの質問に、困ったような顔をした。どこかで見たことがあるような仕草に、疑問を浮かべる。

「『……私はこの世界には存在しませんが……別の世界で存在しておりました』」

「は?別の、世界……??」

 意味が分からないとばかりにみんな彼女を見つめる。白ひげは「続けろ」と促した。少しだけ戸惑いながらも、彼女は口を開いた。

「『言葉の通りです……ここではない世界……もうひとつの世界、いえ、ひとつではなく、色々ありますが』」

 彼女の言っていることがよく分からない。もうひとつの世界?ひとつではない世界?どういう意味なんだ?

「それは、いわゆる平行世界というヤツか?小娘」

『!!』

 白ひげの言葉に上手く説明出来ずにいた、女はこくこくを頷いた。
 マルコたちはオヤジを見る。さすが、オヤジだ!と思っていると、白ひげはなるほどと顎に手をやった。

「どっかのお伽噺だと思っていりゃ、まさか本当にあるとはな」

『…………………………』

「ぁん?『禁忌タブー』だと?」

 彼女が困った顔をして口を開けば、白ひげが怪訝そうな顔をした。何人かも唇を読んだのか戸惑った顔をしている。なんて言ったんだ?と訊いてみた。

「いや、どうやら、その平行世界に干渉するのは禁忌タブーらしいんだ…」

 禁忌タブー。彼女は危険を犯してまで、何故そんな事をするのだろうか。しかしマルコたちは夢で見ている。彼女はエースを助けたいといつも嘆いていたのだ。それほどにエースを助けたいのだと分かる。

『……………………………………』

 また口を開き、先ほどとは違い何かを訴えている。急にどうした?と思いきや、「吹っ切れやがった」と誰かが呟く。
 白ひげも潔いと思い、彼女が言いたい事を息子たちの前で話していく。途中途中で胸くそ悪くなったりもした。
 どうやら、彼女は色々な世界を彷徨っていたらしい。本来ならば違う世界には行けるはずもないし、干渉は出来ないという。
 今回干渉出来た事自体、本人も驚いたという。
 色々な世界、始まりは彼女がまだ生きていた世界だったという。偉大なる航路グランドラインがあり、四つの海に分かれている大海賊時代と呼ばれている世界はどこも共通らしい。
 同じ世界、同じ人物が存在するも、蝶の羽ばたきバタフライエフェクト、ほんの少し違いだけで世界は変わるという。彼女はエースとは一緒に生きる事もあれば、彼女が先に死に、エースとも何度も何度も死に別れてきたという…今回も彼女・・は既に死んだ世界だった。
 彼女はただエースに生きてもらいたいという願いだけで存在している。つまり、エースはどうやっても二十歳で死ぬ運命であるという。海賊になっても、七武海になっても、賞金稼ぎでも、海軍に所属しても…ありとあらゆる世界のエースは、海軍であれ処刑されたのだ、海賊王の血筋というだけで。
 エースが海賊王の実子だというのは、ほぼ初耳であった何人か驚いた声をあげるも、白ひげがくだらねぇ、人は皆、海の子だ!と一蹴する。海賊王、ゴールド・ロジャーは白ひげ海賊団とは敵対関係であったものの、船長同士が酒盛りするくらいの仲でもあった。
 白ひげ海賊団二番隊隊長としてではなく、海賊王の息子だから処刑されるというのもエースに対してバカにし、自分たちに対してもバカにしている。だが、それはエースが捕まれば起きる謂わば未来の話である。きっかけさえ、潰せれば問題はない筈だ。

「『きっかけは裏切り者のせいでもありますが、気をつけて下さい。様々な世界を見てきました……エースの処刑はどんな事があろうと起きることなのです』」

 ではサッチが殺されるのも決まっている事なのか!と誰かが叫んだ。

「『彼は生きながらえる事もあります……ただ、ヤミヤミの実だけは奪われてしまうと……』」

「なんだ、」

 口を閉じた彼女に白ひげは促した。マルコたちも知っているとはいえ、口にするのは憚られる。

「おれが死んでしまうのか、くだらねぇな!おれは白ひげだぞ!」

 ガァン!と薙刀の柄を床に叩きつける。覇気が恐ろしいくらいだが、彼女には関係ないのか平然としている。

「小娘、テメェを認識出来るヤツはいるのか?」

「『………………一人だけおります』」

 エースか?と訊くも、首は横に振られた。

「『彼は私を知りません。…………私の肉親だけが私が見えるようです』」

「ソイツはテメェが何をしているのか分かっているのか?」

 認識しているのは肉親のみ。彼女は禁忌タブーだといったこの事を知っているのか、そして、彼女は自分を知らないエースをそれほどに助けたいのか、彼女は何者なのか。

「『…………私は、ただエースに生きていて欲しいのです』」

 例え、それで世界が変わろうとも、エースが生きることを許される世界をみたいのです……。
 誰かが彼女の唇を読み取った時、覇気に似た空気はパチンと消えた。

『…………新月の夜にお気をつけて』

 今まで聞こえなかった声が耳に残る。あ?となりながら周りをみるも、彼女がいた気配は跡形もなく消えた。

「新月の夜……」

「いつだ?!」

「調べろ!」

「サッチたちはまだか?二番隊から報告は?」

 何人かは部屋を出て様子を見にいく、白ひげは薙刀を置くと、ソファに腰を下ろす。

「とんでもねぇ女がいたもんだな、グラララララ」

「オヤジ、笑い事じゃねぇよい」

「そうだぜ、オヤジ。女の言葉を信じるかどうかは別として、警戒はしておいた方がいい」

「あぁ、みすみすおれの船で息子を殺されてたまるか!注意だけはしておけ」

 白ひげは息子たちに警告は貰ってんだ、失敗するなよ!と声をかける。古参の息子たちを残し、何人かは対処手配の為に戻っていく。
 マルコが白ひげに『平行世界』とはなにかと訊ねた。聞き慣れないそれには分からない事ばかりだ。

「あぁん?おれも昔話、いや、お伽噺程度にしか知らねぇよ」

 白ひげとて世界の全てを知るはずもない。誰かに聞いた気がするただのお伽噺だった。それはロジャーだった気もするが、笑い飛ばしたものだ、ラフテルやひとつなぎの大秘宝ワンピースのように。
 自分がいる世界を『現行世界』だとすると、それこそ、枝分かれしたような色々な世界が存在するというそれが『平行世界』
 あの女が言ったように、ほんの少し選択で変わる世界があるというのだ。『異世界』とも違うのは世界はそっくりそのままだという。同じ人間が存在し、それが『現行世界』の自分と同じ人生を歩んでいるかは別だ。それは彼女の言っていた。白ひげ海賊団に入らなかったエースもいたのだと。
 干渉が出来ない世界に干渉してきた時点で、この世界もどうなるかは分からない。白ひげにとって重要なのは、既に見限ろうとするティーチからサッチを、家族を守ることである。あの女の思惑がどうであれ、エースも守る対象であるのは間違いではない。



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